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二十八話 とあるマンションにて
しおりを挟むマンションの室内にはソファと本棚くらいしか置かれていない。生活するための空間でないここは、堤と康一、佐竹の三人が共用しているマンションだ。復讐を果たした今、不要となったものではあるが、高校卒業から表向きの交流を断っていた三人にとっては、絆であり繋がりであったここを処分するのは憚られ、いまだに定例を行っている。
堤はソファに突っ伏して、頭を抱えていた。
「最悪だ……。俺、お前と同じ性癖だった……」
絶望を口にする堤に、康一は眉を上げた。
「いらっしゃい?」
「いらっしゃい、じゃねーよっ!」
ガバッと起き上がり、歯を剥いて叫ぶ。本当に心外だ。
「マジで最悪だ……。俺は真人間だと思ってたのに……」
これまで好きな子は大切にしたいタイプだと思っていたのに。すべて奪い去って、自分のことだけを見つめさせて、閉じ込めて置きたいだなんて。優しくしたい感情と一緒に、酷くしたい欲求が沸いてくる。
「珍しい。堤がそう言うの」
「何の話だ?」
ぼやっとした顔で首をかしげる佐竹に、堤は「解らないやつは黙ってろ」と悪態を吐く。
「堤は×××したり××したい相手が出来たってことだろ」
「口に出すな! ヤメろ!」
クッションを投げつけるが、康一はパッとそれを受け取って手元に置く。イライラしながら佐竹が淹れたコーヒーを一気に飲み干した。
「まあ、そう言う感情は多少なりともあるもんだろ?」
「佐竹は絶対にないな」
「ない」
康一と堤の二人に否定され、佐竹は首をかしげた。本来、ヤクザになど向かない温厚な性格の佐竹は、そんな邪な考えなど抱かないだろうと堤は思う。大切に大切にして、雨からも守るような男じゃないか。
「佐竹は恋人に首輪を着けて、閉じ込めて置くタイプじゃないだろう」
康一の言葉に、思わず月郎の姿で想像しゾクリとする。戯れに提案したら悪い遊びに乗りそうな月郎だが、本心は解らない。優しく抱くと動揺し、痛いのが苦手なようだ。暴力のなかで生きてきただろうに、端々に見える態度は不思議だった。これまでの経験がそうさせるのだとしたら、嫉妬で狂いそうだ。
「まあ……。瑞希には、自由でいて欲しいな」
「でしょ? 堤も悩んでないで、やってみれば? 手始めに身近にある手錠から」
康一はそう言うが、自身の性癖を恋人に晒せるようになったのは、寛之に出会ってからだ。それまでは自身の異常性を自覚し、内に閉じ込めていた。今は簡単に口にするのだから、良い関係でいるのだろう。
「アイツに手錠は絶対にかけない」
キッパリ言いきった堤に、二人とも目を瞬かせる。どんな理由でも、月郎に手錠はかけるつもりはない。
「まあ――そう言えば、行重さんに何の話だったんだ?」
康一の問いかけに、堤は佐倉の言葉を思い出した。
『高飛びすんなら、パスポートくらいは用意してやる』
あの時は動揺してよく考えなかった。今にして思えば、悪くない話かも知れない。月郎を連れて海外に逃げて、一緒に暮らす。さすがに柏原組も、海外にまでヒットマンを送らないだろう。
「なあ、もしもの話だけどさ」
「ん?」
「もし俺が、どこか遠い場所に行って、二度と日本に帰ってこなかったら、どう思う?」
堤の言葉を、康一も佐竹も茶化したりしなかった。「そうだな」と呟いて、少し考える素振りを見せる。
「お前がそれで良いなら、俺は良いよ。寂しくはなるけどな」
「僕も、お前を尊重するよ」
二人とも反対はしないらしい。逃げるように消えようとするのを、二人は否定しない。それがありがたかった。
「行くのか?」
「さぁ、解らん。ただ、最悪は……」
月郎の考えは解らない。堤が一緒に逃げようと言ったら、来てくれるだろうか。そんな重たい感情を向けたら、どんな顔をするか解らない。
「あ、そう言えばお前、瑞希に聞いたが久保田と一緒に居るって?」
「……」
「――、おいあんま言うなよ。絶対に外で漏らすな」
「え? ああ……。ん? 何だよ? 康一。その顔」
佐竹の様子に、康一がため息を吐く。
「今の話で堤の相手が確定したじゃない」
「ん? 誰だ?」
康一は察したようだが、佐竹は気づいていないようだ。堤も敢えて説明する気はない。
「取り敢えず僕の要望は、お前が死ななきゃ良いよ。どこかでお前が生きてればそれで良い」
「――ありがとうな」
良い友人を持ったものだ。愚直に正しさを言われたら、意固地になってしまいそうだった。
(お陰で、考える余裕が出来た)
堤だって、逃亡したいとは思っていない。仕事や土地に未練はないが、すべて捨てられるほど情がないわけではない。友人たちは生きていれば良いと言う。
月郎を一人で行かせることも出来る。だが、堤は月郎がどこかで生きていれば良いというわけじゃない。生きて、傍にいて欲しい。
自覚すればするほどに、自身の重たい感情に怖くもなる。人の一生を狂わせるほどの恋をするのは精神的にもよろしくない。頭では理解しているのに、手放すことは考えられなかった。
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