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本編
52:餌の名はエディ・クラーク(1)
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その日、エディ・クラークは王太子ヘンリーから呼び出しを受けていた。
最近、何故か王の公務のほとんどを彼が請け負っていると聞いている。
きっと何か重要なポストに任命されるのだろう。ようやく優秀な自分が評価してもらえたのだ。
勝手にそう思い込んでいるエディは、霞んだ短い金髪を風に靡かせながら王宮の回廊を闊歩していた。
すると、前方に忌まわしい黒髪の女と彼女に寄り添うガタイのいい男の姿が見えた。
(…最悪だ)
エディは舌打ちした。
早くどこかへ行けと願いながら、彼らに追いつかない速度で廊下を歩く。
前を歩く彼らと同様に廊下の突き当たりで右に曲がり、さらにその先の突き当たりを左に曲がり、そのまま真っ直ぐ進む。
そして、その先の王太子にある執務室の前に到着した瞬間、その部屋に入ろうとする彼らにエディは思わず叫んでしまった。
「お前らも一緒かーいっ!」
彼の大きな声に驚き、シャロンは振り返った。
「あら、クラーク様。ごきげんよう」
「『ごきげんよう』じゃねーよ!何してるんだよ!そこは王太子殿下の部屋だぞ!」
「ええ、そうですが…」
「お前ごときが立ち入るなど許されるわけがないだろう!衛兵を呼ぶぞ!」
「えーっと、そうは言われましても…。王太子殿下からお呼び出しいただきましたので帰るわけには…」
「嘘をつくな!お前ごときが…」
エディがさらに暴言を吐こうとしたとき、我慢の限界に来たアルフレッドはシャロンの前に立った。
鬼の形相の騎士団長が腰の剣に手をかけている。
エディは直感的に「殺られる」と感じた。
「か、烏公爵…」
「烏公爵じゃない。ウィンターソン公爵だ。いい加減覚えろ」
「ひぃ!」
アルフレッドの迫力にエディは尻餅をついてしまった。
シャロンは威嚇する夫の袖の嘘を掴み、首を横に振る。
「旦那様。せっかくの餌なんですから、あまり怯えさせないでください」
「そうだったな。すまない」
妻に諌められたアルフレッドは剣から手を離した。
それを確認したシャロンは、エディの前に立つと彼に手を差し出す。
「立てますか?」
「馬鹿にするなよ!お前の手なんか…かりな…い…?」
ちょうど太陽の光がシャロンを後ろから照らしているせいか、何故だか彼女がいつもより美しく見えたエディは思わずその青の瞳を見開いた。
少し前かがみになりながら自分に手を差し伸べてくる彼女は、濃紺のワンピースのボタンを1番上までキッチリと締めているのにどこか色気がある。
そういえば、いつも見下ろしてばかりで、シャロンのことを見上げるのは初めてだった。
まじまじと見ると、シャロンという女はとても美しい。
エディは、ぼーっと目の前の嫌いなはずの女を眺めていた。
「クラーク様?」
首を傾げたシャロンの長く艶やかな髪が、彼女の肩から落ちて静かに揺れる。
大きな黄金の瞳に自分が映り、艶やかな血色の良い唇が自分の名を呼ぶ。
その光景に意識を飛ばしていたエディは、無意識に彼女の手を取った。
「…あ、あの…ありがとう」
「いえ」
頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯いてお礼をいうエディ。
そんな彼を無視して、シャロンはアルフレッドから手渡されたハンカチで念入りに手を拭いた。
それほどまでに過去、エディが犯した罪は重いらしい。
「顔赤いですけど、体調でも悪いのですか?」
「だ、大丈夫だ」
「そうですか、残念です」
シャロンの『残念』が聞こえていないエディには、自分の体調を訪ねてくる彼女が優しく微笑んでいるように見えた。
いつも能面の彼女が、何故だか今日はとても可愛く見える。
(もしかして、これが恋…)
エディはハッと気がついた。
エディ・クラーク、18歳。
過去のいじめの事を都合よく忘れたこの男は、この瞬間、図々しくもシャロンに恋をした。
彼のシャロンを見る目が変わったことに気づいたアルフレッドは、濃度の高い殺気を漂わせながら一言呟く。
「厚顔無恥」
その言葉にエディはピクリと反応した。
「何かおっしゃいましたかね、おっさん」
「おい、口の聞き方には気をつけろよ。小僧」
先程まで怯えていたくせに、恋のライバルと認識した途端にアルフレッドに対してメンチを切るエディ。
もうシャロンは既に夫であるアルフレッドのものなのだが、余裕のない彼は負けじとエディを睨み返す。
厚顔無恥とは誰のことを言うのだろうか。
シャロンは歳の差20のくだらない喧嘩を横目で見てため息をついた。
最近、何故か王の公務のほとんどを彼が請け負っていると聞いている。
きっと何か重要なポストに任命されるのだろう。ようやく優秀な自分が評価してもらえたのだ。
勝手にそう思い込んでいるエディは、霞んだ短い金髪を風に靡かせながら王宮の回廊を闊歩していた。
すると、前方に忌まわしい黒髪の女と彼女に寄り添うガタイのいい男の姿が見えた。
(…最悪だ)
エディは舌打ちした。
早くどこかへ行けと願いながら、彼らに追いつかない速度で廊下を歩く。
前を歩く彼らと同様に廊下の突き当たりで右に曲がり、さらにその先の突き当たりを左に曲がり、そのまま真っ直ぐ進む。
そして、その先の王太子にある執務室の前に到着した瞬間、その部屋に入ろうとする彼らにエディは思わず叫んでしまった。
「お前らも一緒かーいっ!」
彼の大きな声に驚き、シャロンは振り返った。
「あら、クラーク様。ごきげんよう」
「『ごきげんよう』じゃねーよ!何してるんだよ!そこは王太子殿下の部屋だぞ!」
「ええ、そうですが…」
「お前ごときが立ち入るなど許されるわけがないだろう!衛兵を呼ぶぞ!」
「えーっと、そうは言われましても…。王太子殿下からお呼び出しいただきましたので帰るわけには…」
「嘘をつくな!お前ごときが…」
エディがさらに暴言を吐こうとしたとき、我慢の限界に来たアルフレッドはシャロンの前に立った。
鬼の形相の騎士団長が腰の剣に手をかけている。
エディは直感的に「殺られる」と感じた。
「か、烏公爵…」
「烏公爵じゃない。ウィンターソン公爵だ。いい加減覚えろ」
「ひぃ!」
アルフレッドの迫力にエディは尻餅をついてしまった。
シャロンは威嚇する夫の袖の嘘を掴み、首を横に振る。
「旦那様。せっかくの餌なんですから、あまり怯えさせないでください」
「そうだったな。すまない」
妻に諌められたアルフレッドは剣から手を離した。
それを確認したシャロンは、エディの前に立つと彼に手を差し出す。
「立てますか?」
「馬鹿にするなよ!お前の手なんか…かりな…い…?」
ちょうど太陽の光がシャロンを後ろから照らしているせいか、何故だか彼女がいつもより美しく見えたエディは思わずその青の瞳を見開いた。
少し前かがみになりながら自分に手を差し伸べてくる彼女は、濃紺のワンピースのボタンを1番上までキッチリと締めているのにどこか色気がある。
そういえば、いつも見下ろしてばかりで、シャロンのことを見上げるのは初めてだった。
まじまじと見ると、シャロンという女はとても美しい。
エディは、ぼーっと目の前の嫌いなはずの女を眺めていた。
「クラーク様?」
首を傾げたシャロンの長く艶やかな髪が、彼女の肩から落ちて静かに揺れる。
大きな黄金の瞳に自分が映り、艶やかな血色の良い唇が自分の名を呼ぶ。
その光景に意識を飛ばしていたエディは、無意識に彼女の手を取った。
「…あ、あの…ありがとう」
「いえ」
頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯いてお礼をいうエディ。
そんな彼を無視して、シャロンはアルフレッドから手渡されたハンカチで念入りに手を拭いた。
それほどまでに過去、エディが犯した罪は重いらしい。
「顔赤いですけど、体調でも悪いのですか?」
「だ、大丈夫だ」
「そうですか、残念です」
シャロンの『残念』が聞こえていないエディには、自分の体調を訪ねてくる彼女が優しく微笑んでいるように見えた。
いつも能面の彼女が、何故だか今日はとても可愛く見える。
(もしかして、これが恋…)
エディはハッと気がついた。
エディ・クラーク、18歳。
過去のいじめの事を都合よく忘れたこの男は、この瞬間、図々しくもシャロンに恋をした。
彼のシャロンを見る目が変わったことに気づいたアルフレッドは、濃度の高い殺気を漂わせながら一言呟く。
「厚顔無恥」
その言葉にエディはピクリと反応した。
「何かおっしゃいましたかね、おっさん」
「おい、口の聞き方には気をつけろよ。小僧」
先程まで怯えていたくせに、恋のライバルと認識した途端にアルフレッドに対してメンチを切るエディ。
もうシャロンは既に夫であるアルフレッドのものなのだが、余裕のない彼は負けじとエディを睨み返す。
厚顔無恥とは誰のことを言うのだろうか。
シャロンは歳の差20のくだらない喧嘩を横目で見てため息をついた。
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