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第18章 おじさんとじいさん
第227話
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昼下がり、店の裏手で焙煎を終え、木陰に腰掛けて煙草をくゆらせていたときのことだった。
広場のほうから、ぱちん、と小さな光が弾けるような音がした。
聞き慣れない音だったが、嫌な気配ではない。興味半分に覗きに行くと、じいさんが丸太に腰を下ろし、子どもと向き合っていた。
その子はこの村の農家の息子で、いつも泥だらけの靴で走り回ってるやつだ。
普段は元気なのに、今はしゅんと肩を落としている。
「読めないんだってさ」
隣で見ていた女の子が小声で言った。
「村の大人たちは字を教えてくれるけど、なかなか覚えられなくて……」
じいさんは頷き、ふむふむと声を出しながら、持っていた杖の先で地面をつついた。
すると、土の上にゆっくりと、光の軌跡が浮かび上がる。
それは、見たこともない文字だった。
円を中心に複数の線が伸び、それが互いに結びついて音符のように並んでいた。
「これは“ひ”じゃ。火の“ひ”」
「へえぇ……」
「光るじゃろ。そして──ほれ、音もつく」
そう言ってじいさんが指を鳴らすと、その光の文字から、ふわりと温かい音が広がった。
ちりん、と鈴の音に似た響き。
子どもは目を丸くした。
「字なのに、音がする!」
「そうじゃ。これは古い魔法文字じゃ。光と音で記憶に刻む仕組みになっておる。書いては消し、書いては響く。文字に馴染めぬ者にこそ、よく効く」
「……魔法、なんだ」
「覚え方の魔法じゃよ」
そう言って、じいさんは次々と文字を描いた。
「これは“み”。水の“み”」
ひらりと描かれた光の符号が、しずくの落ちる音とともに響いた。
「これは“つ”。月の“つ”。冷たい音がするじゃろう」
「ほんとだ、ちょっとさびしい音……」
「文字というのはな、本来、声の跡なんじゃ。書くとは、音をなぞること。だから、耳に残る方法があってもよかろう」
「……楽しい!」
少年の顔に、ようやく笑顔が戻った。
地面は光で彩られ、まるで魔法陣のようだったが、使われているのは読み書きの基本、たった数個の音と意味だけだ。
「字を覚えるのが苦手な子は、目じゃなく、耳で覚えるといい。指で描きながら、音を感じる。それだけで、勝手に頭に入ってくる」
「うん!」
「じゃ、今度は自分で書いてみるのじゃ」
じいさんが杖を渡すと、少年は慎重に光を描きはじめた。
最初はぎこちなかったが、すぐに線が滑らかになり、音がきちんと鳴り始めた。
「やった!音が鳴った!」
「その通り。ほら、もう書けたじゃろう」
「うん!これは“ひ”!」
「正解じゃ。もうひとつ、覚えてみるか?」
「うん、もっと!」
その様子を見ていた他の子どもたちが、次々と集まってきた。
「わたしもやってみたい!」
「俺にも杖貸してー!」
「まてまて、順番じゃ。焦らずにひとつずつだ」
じいさんは笑いながら、あちこちに文字を描き始めた。
広場の一角が、淡い光に照らされ、音で満ちた不思議な空間に変わっていく。
それは魔法陣でもなければ、儀式でもない。
ただ、文字を“覚える”という行為が、喜びに満ちたものとして成立していた。
俺はその様子を、遠巻きに見ていた。
子どもたちの目が、光る文字を追いかけ、耳が音に集中し、手が見よう見まねで真似をする。
正しいかどうかは関係ない。まずは、面白がること。
「……覚える楽しさのほうが、先じゃ」
煙草をくゆらせながら、じいさんはぽつりと呟いた。
「正しさは後からついてくる。好きになれば、勝手に身につく。大人はそれを忘れがちじゃ」
「……道理だな」
「お主も、焙煎の理屈より先に、香りに惚れたのでは?」
「まあ、そうだな」
「ならば子どもも、同じことじゃよ」
文字の光は夕暮れに溶けていったが、子どもたちの記憶には、きっと鮮やかに残る。
教わったのは、魔法の文字ではない。
“学ぶことが楽しい”という、ただそれだけのことだった。
広場のほうから、ぱちん、と小さな光が弾けるような音がした。
聞き慣れない音だったが、嫌な気配ではない。興味半分に覗きに行くと、じいさんが丸太に腰を下ろし、子どもと向き合っていた。
その子はこの村の農家の息子で、いつも泥だらけの靴で走り回ってるやつだ。
普段は元気なのに、今はしゅんと肩を落としている。
「読めないんだってさ」
隣で見ていた女の子が小声で言った。
「村の大人たちは字を教えてくれるけど、なかなか覚えられなくて……」
じいさんは頷き、ふむふむと声を出しながら、持っていた杖の先で地面をつついた。
すると、土の上にゆっくりと、光の軌跡が浮かび上がる。
それは、見たこともない文字だった。
円を中心に複数の線が伸び、それが互いに結びついて音符のように並んでいた。
「これは“ひ”じゃ。火の“ひ”」
「へえぇ……」
「光るじゃろ。そして──ほれ、音もつく」
そう言ってじいさんが指を鳴らすと、その光の文字から、ふわりと温かい音が広がった。
ちりん、と鈴の音に似た響き。
子どもは目を丸くした。
「字なのに、音がする!」
「そうじゃ。これは古い魔法文字じゃ。光と音で記憶に刻む仕組みになっておる。書いては消し、書いては響く。文字に馴染めぬ者にこそ、よく効く」
「……魔法、なんだ」
「覚え方の魔法じゃよ」
そう言って、じいさんは次々と文字を描いた。
「これは“み”。水の“み”」
ひらりと描かれた光の符号が、しずくの落ちる音とともに響いた。
「これは“つ”。月の“つ”。冷たい音がするじゃろう」
「ほんとだ、ちょっとさびしい音……」
「文字というのはな、本来、声の跡なんじゃ。書くとは、音をなぞること。だから、耳に残る方法があってもよかろう」
「……楽しい!」
少年の顔に、ようやく笑顔が戻った。
地面は光で彩られ、まるで魔法陣のようだったが、使われているのは読み書きの基本、たった数個の音と意味だけだ。
「字を覚えるのが苦手な子は、目じゃなく、耳で覚えるといい。指で描きながら、音を感じる。それだけで、勝手に頭に入ってくる」
「うん!」
「じゃ、今度は自分で書いてみるのじゃ」
じいさんが杖を渡すと、少年は慎重に光を描きはじめた。
最初はぎこちなかったが、すぐに線が滑らかになり、音がきちんと鳴り始めた。
「やった!音が鳴った!」
「その通り。ほら、もう書けたじゃろう」
「うん!これは“ひ”!」
「正解じゃ。もうひとつ、覚えてみるか?」
「うん、もっと!」
その様子を見ていた他の子どもたちが、次々と集まってきた。
「わたしもやってみたい!」
「俺にも杖貸してー!」
「まてまて、順番じゃ。焦らずにひとつずつだ」
じいさんは笑いながら、あちこちに文字を描き始めた。
広場の一角が、淡い光に照らされ、音で満ちた不思議な空間に変わっていく。
それは魔法陣でもなければ、儀式でもない。
ただ、文字を“覚える”という行為が、喜びに満ちたものとして成立していた。
俺はその様子を、遠巻きに見ていた。
子どもたちの目が、光る文字を追いかけ、耳が音に集中し、手が見よう見まねで真似をする。
正しいかどうかは関係ない。まずは、面白がること。
「……覚える楽しさのほうが、先じゃ」
煙草をくゆらせながら、じいさんはぽつりと呟いた。
「正しさは後からついてくる。好きになれば、勝手に身につく。大人はそれを忘れがちじゃ」
「……道理だな」
「お主も、焙煎の理屈より先に、香りに惚れたのでは?」
「まあ、そうだな」
「ならば子どもも、同じことじゃよ」
文字の光は夕暮れに溶けていったが、子どもたちの記憶には、きっと鮮やかに残る。
教わったのは、魔法の文字ではない。
“学ぶことが楽しい”という、ただそれだけのことだった。
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