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「リ、リナさん!? 身体は大丈夫なんですかっ?!」
心配そうなトールに、リナは安心させるように笑顔を見せた。
「私は大丈夫よ。だけどもう時間がないの。……トール、私のお願いも聞いてくれる?」
「えっ……」
どうやら眠っていると思っていたリナはいつの間にか意識を取り戻し、ヴァルナルとトールの会話を聞いていたらしい。
「あら、ヴァルナルのお願いは聞いて、私のお願いはダメ……なんて言わないわよね?」
「は、はいっ、もちろんです」
トールは嫌な予感がしながらも、リナの願いを聞くと約束する。リナは笑顔のままなのに、ついその威圧に押されてしまったのだ。
「ありがとう。じゃあ──」
常に優しい微笑みを浮かべていたリナの顔が、今まで見たことがないような真剣な表情に変化した。
「──トールはティナを連れてここから逃げて。ティナには<睡眠>と<軽量>の魔法を掛けているの。抱っこしてもしばらくは重くないと思うわ」
「えっ?! で、でも、リナさんは……? リナさんは一緒に行かないんですか?!」
「私はヴァルナルの妻であり相棒なの。ヴァルナルを助けられるのは私だけよ。だから最後まで彼と共にいるわ」
リナは笑顔でそう言うと、魔法で眠っているティナを抱き上げ、ぎゅっと強く抱き締める。
「ティナ……一緒にいられない私たちを許してね……。誰よりもあなたの幸せを願ってる……愛してるわ」
リナはティナの頬にそっと優しくキスをした。慈しむように、忘れないようにと。
「一瞬だけ結界の一部を開くから、出来るだけ遠くに逃げるのよ」
リナはテントの裏の、死角になっているところへトールを連れていくと、結界に触れながら呪文を詠唱する。
すると、リナが触れた部分の結界に、小さな穴が出来た。ちょうど子供が通れるぐらいの大きさだ。
「すごい……!」
トールはリナの巧みな魔力操作に驚いた。
こんなに強固な結界を、一部だけとはいえ解除できるリナは、かなり優秀な魔法使いのようだ。
「トール、ティナをお願いね」
リナはそう言うと、抱いていたティナをそっとトールに渡す。
<軽量>の魔法を掛けていると言っていた通り、ティナはとても軽く、ほとんど重さを感じない。
「──わかりました」
トールはぐっと力を込めてリナに返事をした。それはトールの、絶対にティナを守ると言う決意の表れだ。
リナはそんなトールを見て嬉しそうな笑顔になると、ティナごとトールを抱きしめた。
「ありがとう、トール。ティナをよろしくね。それと後もう一つだけ。……これから何があっても絶対、生きることを諦めないで。お願いよ。貴方と出会えて本当に嬉しかったわ。──大好きよ」
「──っ?!」
トールは目を見開いて驚いた、と同時に、自分を包み込む温かい体温がそっと離れていく気配を感じる。
消えていく体温を寂しく思いながらトールが顔を上げると、いつもと変わらず、同じように微笑むリナの姿があった。
リナの微笑む表情は亡くなった母とよく似ていて、慈愛に満ちた瞳から深い愛情が伝わってくる。
トールは胸の奥から込み上げてくるものをぐっと堪えると、リナに向かって頭を下げ、ティナを連れて駆け出した。
ヴァルナルとリナの願いはただ一つ──ティナを守ることだ。二人の願いを叶えるためにも、一刻も早くここから逃げるべきだとトールは判断したのだ。
──だけどそれは言い訳で、本当はこれ以上リナと一緒にいると、泣き出してしまいそうだったから。
だから一時の別れだとしても、挨拶をしたくなかったのだ──この別れが永遠になってしまいそうで。
それは自分を翻弄する運命への、ささやかな抵抗であった。
心配そうなトールに、リナは安心させるように笑顔を見せた。
「私は大丈夫よ。だけどもう時間がないの。……トール、私のお願いも聞いてくれる?」
「えっ……」
どうやら眠っていると思っていたリナはいつの間にか意識を取り戻し、ヴァルナルとトールの会話を聞いていたらしい。
「あら、ヴァルナルのお願いは聞いて、私のお願いはダメ……なんて言わないわよね?」
「は、はいっ、もちろんです」
トールは嫌な予感がしながらも、リナの願いを聞くと約束する。リナは笑顔のままなのに、ついその威圧に押されてしまったのだ。
「ありがとう。じゃあ──」
常に優しい微笑みを浮かべていたリナの顔が、今まで見たことがないような真剣な表情に変化した。
「──トールはティナを連れてここから逃げて。ティナには<睡眠>と<軽量>の魔法を掛けているの。抱っこしてもしばらくは重くないと思うわ」
「えっ?! で、でも、リナさんは……? リナさんは一緒に行かないんですか?!」
「私はヴァルナルの妻であり相棒なの。ヴァルナルを助けられるのは私だけよ。だから最後まで彼と共にいるわ」
リナは笑顔でそう言うと、魔法で眠っているティナを抱き上げ、ぎゅっと強く抱き締める。
「ティナ……一緒にいられない私たちを許してね……。誰よりもあなたの幸せを願ってる……愛してるわ」
リナはティナの頬にそっと優しくキスをした。慈しむように、忘れないようにと。
「一瞬だけ結界の一部を開くから、出来るだけ遠くに逃げるのよ」
リナはテントの裏の、死角になっているところへトールを連れていくと、結界に触れながら呪文を詠唱する。
すると、リナが触れた部分の結界に、小さな穴が出来た。ちょうど子供が通れるぐらいの大きさだ。
「すごい……!」
トールはリナの巧みな魔力操作に驚いた。
こんなに強固な結界を、一部だけとはいえ解除できるリナは、かなり優秀な魔法使いのようだ。
「トール、ティナをお願いね」
リナはそう言うと、抱いていたティナをそっとトールに渡す。
<軽量>の魔法を掛けていると言っていた通り、ティナはとても軽く、ほとんど重さを感じない。
「──わかりました」
トールはぐっと力を込めてリナに返事をした。それはトールの、絶対にティナを守ると言う決意の表れだ。
リナはそんなトールを見て嬉しそうな笑顔になると、ティナごとトールを抱きしめた。
「ありがとう、トール。ティナをよろしくね。それと後もう一つだけ。……これから何があっても絶対、生きることを諦めないで。お願いよ。貴方と出会えて本当に嬉しかったわ。──大好きよ」
「──っ?!」
トールは目を見開いて驚いた、と同時に、自分を包み込む温かい体温がそっと離れていく気配を感じる。
消えていく体温を寂しく思いながらトールが顔を上げると、いつもと変わらず、同じように微笑むリナの姿があった。
リナの微笑む表情は亡くなった母とよく似ていて、慈愛に満ちた瞳から深い愛情が伝わってくる。
トールは胸の奥から込み上げてくるものをぐっと堪えると、リナに向かって頭を下げ、ティナを連れて駆け出した。
ヴァルナルとリナの願いはただ一つ──ティナを守ることだ。二人の願いを叶えるためにも、一刻も早くここから逃げるべきだとトールは判断したのだ。
──だけどそれは言い訳で、本当はこれ以上リナと一緒にいると、泣き出してしまいそうだったから。
だから一時の別れだとしても、挨拶をしたくなかったのだ──この別れが永遠になってしまいそうで。
それは自分を翻弄する運命への、ささやかな抵抗であった。
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