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 * * * * * *




 トールはひたすら森の中を走り続けた。リナに言われた通り、出来るだけ暗殺者たちから離れるために。

 滲む視界の中、木の枝に身体を傷つけられるのも構わず、トールはティナを抱きながら森の中を突き進んでいく。

 追跡する者がいないか神経を張り巡らせながら走っていたトールは、追手がいないことを確認すると、隠れられそうな場所を見つけ、身を潜ませた。

 大勢いた暗殺者たちから、こうしてトールが逃げられたのは、ヴァルナルとリナが命をかけて戦ってくれているからだろう。
 リナがヴァルナルの元へ残った理由の半分はきっと、暗殺者を足止めするためなのだと今ならわかる。

 トールは足を止めると、自分の身体が鉛のように重いことを自覚した。
 ティナが軽い分負担は少ないが、それでもずっと走り続けたことで、身体中にかなりの疲労が溜まっていたのだ。

 同じ年頃の子供たちより身体能力に優れていると自負していたトールだったが、まだまだ小さい身体には体力が付いておらず、両足はガクガクと震えている。
 一旦休まないとこれ以上走ることは出来ないだろう。

「──っ、くそっ! くそ……っ!! ……っ、ぐ……っ!!」

 トールは叫びたい衝動を何とか抑え込む。
 不甲斐ない自分が悔しくて悔しくて、涙がとめどなく溢れてくる。

 ──もっと自分に力があったら、ヴァルナルやリナを助けられただろうか──?
 自分を逃がすために協力してくれた商団の人たちだって、巻き込まずに済んだのでは──……?

 一度考え出すと、次から次へと後悔の念が湧いて来て、トールの心を蝕んでいく。
 いくらトールが大人びていても、まだ年端もいかない子供なのだ。

 そんなトールが心に負った傷は計り知れないほど深かく──その精神は崩壊する一歩手前のところであった。

 そして絶望という名の穴にトールが落ちそうになった時、ティナが身動ぐ気配がして、トールの意識が引き戻される。

「……ぁ……ティナ……」

 自分の腕の中で眠る愛しい存在が、トールの心を現実に引き留めた。

 そしてヴァルナルとリナ、それぞれと交わした約束が闇を照らす光となって、見失い掛けた道を指し示す。

 ──そうだ、自分は何としてでも生きなければならないのだ──ティナを守るために。

 生きる意味を見つけたトールは安堵したからか、それともティナの少し高い体温を感じて緊張が解けたのか、急激に睡魔に襲われてしまう。

(……少しだけ眠ろう……。そして起きたら、その時は──……)

 ──もう二度と絶望なんかしない、と心に強く誓いながら、トールは眠りについたのだった。
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