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第10章 日常の出来事

ママの傘

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 最近、雨がちの日が続いていた。もう梅雨に入ったようだ。傘を持っていく日が多くなっていた。
 玄関の傘立てにはまだ理恵の傘が立ててある。使う人がいなくなってうっすらと埃をかぶっていた。もういい加減に片付けねばならないだろう。

「ん?」

傘立てを見たが、今日は理恵の傘が見当たらなかった。昨日まではあったと思うが・・・。その代わり結奈の傘が残されていた。

(結奈が持っていったのか?)

結奈が持つには理恵の傘は大きい。重くてくたびれるかもしれない。それでも結奈が理恵の傘を持っていったのはなぜ?・・・私はそう疑問を感じながらも職場に向かった。

その日はずっと雨だった。うっとうしく降る雨が気分を暗くしていた。湿気でまとわりつく衣類も不快に感じる。1日中、気分が乗らないままに私は仕事を終えた。
帰り道も相変わらずの雨だった。濡れた傘が一層重く感じる。それで私はふと思った

(結奈はあんな大人用の思い傘で大変だったんじゃないか・・・)

 
 家に着くと、傘立てに理恵の傘が濡れたまま挿してあった。雨で洗われたせいなのか、くすんで見えたその傘が色鮮やかに見えた。
リビングに入ると結奈がソファに座って本を読んでいた。

「ママの傘を持っていったの?」
「うん。そうだよ。」
「どうしてだい?」 
「ママの傘がかわいそうだったの。」

確かに理恵の傘はしまわれることもなく、誰かに使われることもなく、傘立てで埃をかぶっていた。それが結奈にはかわいそうに見えたのだろう。だが私はそれで反省した。

(もう持ち主のいなくなった傘だ。いつまでも理恵のことを引きずって片付けられなかった。でもいつまでもそのままにしてはいけない。ちゃんと片付けてやらねば・・・)

「結奈。ママのものはきちんと片付けるよ。でも必要な物は置いておく。結奈が大きくなったら使うかもしれないから。」

私はそう言った。

「片付けるの? ママの傘、気に入っていたんだけどな。でも結奈がもっと大きくなるまでしまっといて。」

結奈は納得してくれた。

理恵のものはいずれは古くなるか、壊れるかでこの家から無くなるだろう。だが理恵のことをいつまでも覚えていればそんなものは必要ないのかもしれない。窓の外の雨を見ながら私はそう思っていた。

その日、結奈は日記にこう書いた。

『ママの傘を借りたよ。傘立てさびしそうだったから。結奈にはちょっと重くて大きかったけど、ママと一緒に傘を差している気がした・・・』

そういえば結奈の小さい頃、理恵は結奈を抱いてこの傘をさしていたっけ・・・。その思い出が記憶の底からよみがえってきた。

『ママの傘を使ってくれたのね。ママも結奈と一緒に傘を差している気分になったわ・・・』

私はママの言葉を日記に書いた。梅雨の雨はまだ降り続いていた。
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