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1章

草原の脅威4

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 草原は輝く天井の鉱石に照らされていた。背の高い草がそよぎ、その音は穏やかに俺の耳を撫でる。

 先程までの暗さはどこか遠い記憶となった。洞窟の奥から漂う風は、出入り口があることを教えてくれる。

 俺は隊列の後半グループで警戒しながらも前の方を見た。先頭のリュセラ、その次の凛音も周りを見ながら気を配って進んでいる。

 歩みは順調だった。隠れやすい草原であることだけが不安の種だ。
 
「なあ、アライさん。どうして悲劇教団に入ったんだ?」

 隊列の中間に居る俺は、悲劇教団のアライに話しかけた。捕虜ではないが、彼は一応敵であるので警戒として俺が見張ることとなった。

 アライとはミントの話や調味料について話をした。そのお礼にと、多少の調味料を百均製の調味料ボトルに入れて差し上げたりもした。

「得だったからだな、給料良いし。誰かを始末しろなんて後ろ暗い仕事も無い、上役は違うらしいが」

「人を悲しませるのが、仕事なんだよな?」

「そうだな、魔力を集めて販売して賃金を得る。魔力は生活をするためのエネルギーとして国民も使う」

「それって、辛くないか?」

「確かに辛いな。王国にはひいきにされるが、国民達には嫌われる」

「やめる気はないか? アライさんの趣味なら、料理だって出来るだろう」

「今は無いな。誇りも慈悲もないが、稼げるから」

 非道だとは思った。俺もリュセラも魔力を奪われたし、やっていることは小悪党なのに。国には認められているし、人の役には立っている。だが、人として許されることではない。

「どうしてそこまで?」

「金が無いのさ。その点は教団のみんなも同じだろう。身寄りもないしな」

「そうだったのか……。すまなかった」

「誰でも事情があるさ。俺の家族は魔王との戦いで……」

 彼らの世界でも戦争があったのだ。生きるものが、ある程度文化を持つようになるには、争いは避けられない。平和な時代の俺が立ち入ることではなかった。

「家業の悪徳貴族が立ち行かなくなって」

「悪徳なのかよ……」

「税金を上げるくらいだったが。住人からしたらたまったもんじゃないしな。没落してから知った」

「とられる側の気持ちが分かって、まだ搾取するのか?」

 庶民としての俺の怒りを告げると、アライは穏やかな表情になる。反省はしているみたいだ。

「その内やめるさ。帰る家はねえけどよ、悠人の言うように、料理屋をやりたくてな。仕事ってそう言うもんだろ」

「良いとは言えないが、言っても無駄だろうか?」

「そうだな。けれど教団の仕事は劇場の運営だ」

「劇場?」

「面白くない映画を上映するんだ」

「売れないよな?」

「見た奴に金をやるのさ。やな気持ちを感じれば魔力を取れるから」

 悪人だと思っていたが、むしろボランティアなのか。

「思ったより、悪行じゃないな……」

「よほど因縁がなければ、人を攻撃しない方針なんだ」

「ではなぜ、リュセラを襲ったんだ?」

「嫌がらせ、らしいぞ」

「適当すぎない?!」

「司教様のご指示だから。俺には見当も付かないな」

「関係ない人にとっては助けになるのか。俺はやられたけどな」

「悪いな。捕まったらヤバそうだったからつい」

 彼らはやっぱり小悪党なのだろう。でも俺もやられたとは言え、死ぬほどの苦しみでない。

 他の人は被害に遭わないなら、俺の分は許すしかないか。ダンジョン内では命取りなのだが。

 丘を超えて草原を進んでいく。俺も警戒して見ていたが、モンスターは現れていない。確かにこの集団を見ればモンスターも寄り付かないだろう。それにリュセラもセレストも強さの底が知れない。

 だが、前の列が停止した。前が止まれば、隊列全体が停止してしまう。

「何が有ったリュセラ?」

 大声で俺が叫ぶとリュセラが振り向かずに答える。

「何だあれは? ちょっと待っていてくれ、触って……。様子を見てくる!」

 先頭のリュセラが隊列を離れて草原に入っていってしまった。

 不安げな先頭の人たちを見かねて、俺は有ることに気がつく。

「凛音が居ない?」

 俺は前を見ていたのだから、前の列の凛音も目に入る筈なのに。

「アライさん、大変だ!」

 振り向くとアライは消えていた。
 先頭の人々に声をかけるために俺は前に向けて叫んだ。だがそこには誰も居ない。

 せめて周りの人々を保護しないとと目をやれば、誰も居なかった。

 最後尾に目を向けるとセレストだけがしゃがみこんで頭を抱えている。

 俺は慌ててセレストに駆け寄った。

「何が有った?!」

 セレストは顔を上げて俺を見た。

「ハチミツを下さい……」

「本当に何が有った!?」

 ハチミツとお茶を出した俺はセレストに手渡すと、すごい勢いでお茶にハチミツを入れて飲んだ。

「魔物よ。悠人、気付けになる好きなものを使いなさい!」

 言われた通りに俺は鞄からシナモンの小瓶を取り出した。

「まさか、他のみんなも……」

「あのリュセラがこの程度でやられるわけないでしょ!」

 確かにそうだが、凛音は一般人。不安に駆られた俺は草原に揺れる草へと目を向けた。そこから飛び出してきたのは……。

「ウサギ?」

 現実の世界でもいる、柔らかそうな毛並みのウサギだ。白い体毛が動く度にフワフワと揺れる。
 
 俺はそこから目が離せない。目が釘付けだ。触りたい衝動に前へ踏み出すと、セレストに服の裾を捕まれた。彼女は器用にお茶を飲んでから、声を出した。

「触れずの加護!」

 俺たちの周りに白い壁が生じると、周りを囲った。寄ってきたウサギが壁に当たると、ガラスの窓のように弾き返す。

「かわいそうじゃないか? 触って来ても良いか?」

「ダメ。惑わす魔法がかかっているから、危険よ」

 俺はウサギを凝視したが、無害に見えてしまう。セレストの言う通り魔法なのだ。手に持ったシナモンのフタを開けて匂いを嗅いだ。落ち着きはしないが、衝動は収まった。

「追い払って!」

 セレストが声を上げると、ゴールドボーイとトラバサミが駆けつけた。そしてウサギを払いのけてくれる。居なくなると触りたい衝動は落ち着いた。

 だが、皆いなくなってしまった。

 彼らが無事なのかすら分からない。
 助けねば。攻撃はされていないなら連れ去られたのだろう。自ら行ったっぽいのだが。
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