女神なのに命取られそうです。

羽鳥紘

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1巻

1-2

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「彼女はアザリア、君の世話係を命じている。まずはゆっくり休むといい」
「ウィスタリア宮廷術師長のアザリアと申します。どうぞなんなりとお命じ下さい、女神様」

 そう言って私の前に膝をついたのは、赤茶色の髪をお下げにした、私より少し年下くらいの女の子だった。瞳はややピンクに近い紫色。小柄で華奢きゃしゃで、はかなげな雰囲気がある。服は清潔感のあるリネンのブラウスで、麻のベストとキュロットは揃いのデザイン。襟元にはボルドーのリボンタイ。制服なのか、他の人々もみんな同じような格好をしていた。
 命じろ――と言われても、何を言えばいいのやら。私は単に、自分の状況を聞きたいだけなんだけれど。
 もごもごと口ごもっていると、サイアスが横から彼女に命じた。

「女神を部屋にお連れしろ。夜はうたげだ、万事とどこおりのないように」
「かしこまりました」

 さすが王様、物腰は柔らかいけれど、命じる姿は威厳に溢れている。新米社会人の私としては、どっちかっていうとこのアザリアって子の方に親近感を覚えちゃうなあ。

「さあ女神様、こちらへ。お部屋にご案内いたします」

 アザリアがうながすと、ササッと跪いていた人達が道をあける。うわ、なんだか壮観。
 毅然きぜんとしてその間を歩くアザリアの後を、私はおどおどしながらついていった。これじゃアザリアが女神みたい。
 それにしても召喚とか女神とか……やっぱりまだ夢を見てるみたいだ。
 ちらりとサイアスの方を振り返ると、彼は穏やかに微笑みながらこちらを見ていた。
 途端に、頬に触れた手の温かさを思い出して、また顔が熱くなる。今朝夢を見た時には、こんな感覚なかった。あの手の感触も、体温も、確かにサイアスが言った通り、夢だとは思えない。
 私はほんとに、異世界にいるんだ――


     * * *


「こちらです、女神様」

 アザリアに案内されて、広い廊下を進んでいく。
 床はピカピカで、鏡のように私達の姿を映していた。歩く度にコツンコツンと澄んだ足音がして、それが私とアザリアの二人分響いている。
 天井はあるけれど硝子ガラスのように透き通っていて、青い空に白い鳥が群れをなして飛んでいくのが見えた。
 ときおり曲がり角があったけれど、アザリアは迷うことなく進んでいく。
 でもまだ何一つ状況の掴めていない私は、進むにつれてなんだか不安になってきた。

「あ、あの!」

 思い切って声をかけると、アザリアはすぐに振り返り、その場に膝をついて頭を垂れた。

「何でございましょうか、女神様」

 彼女の対応に面食らい、言おうとしていたことを忘れてしまう。さっきのサイアスのように、冗談めかした雰囲気もない。こ、こんな時は「苦しゅうない」とか言えばいいのだろうか? いやそれじゃ時代劇だし。ああ、もう、何が何だか。

「あの、頭を上げて! ちょっと、聞きたいことがあるだけだから、とにかく立って?」

 このままじゃ話しにくいので、必死にそううながす。
 ようやく立ち上がったアザリアを見て……私はまた、何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
 まるでお人形さんのような可愛らしさ。異国のお姫様と言われても驚かない。膝をつかなければいけないのは、私の方じゃないかって気がしてくる。

「どうかなさいましたか?」
「あ、ううん! あのね……」

 アザリアの不思議そうな声で、やっと私は我に返った。

「なんか突然のことで、頭が混乱しちゃってて」
「無理もありません。突然のご無礼、お許し下さい」
「あの……これから私、どうなるの? なんか、すごい魔物と戦わなきゃいけないとかなの?」

 すまなそうに頭を下げるアザリアを責める気にはならないものの、すっかり今朝の夢がトラウマになっている。
 しかしアザリアは「とんでもない」という風に頭を振った。

「そんな恐ろしい生物はこのウィスタリアには存在しませんし、万が一にもそういった事態は起こり得ません。まずは女神就任の儀まで、お部屋でご自由におくつろぎ下さい」
「女神就任の儀……? それは、いつあるの? 何をするの?」
「七日後にり行われる予定です。その神々こうごうしいお姿を、民にお見せいただけたらと」

 こ、神々しいって。サイアスやアザリアの方がよっぽど神々しいと思うんだけど。
 それにしても、七日後……一週間か。
 今日本では、私が急にいなくなったことになってるのかな。一週間も帰れなかったら、お母さん達心配するだろうな。職場にも迷惑掛かるし……いや、そもそも私、帰れるの?
 いやそりゃ異世界召喚は夢に見るほど憧れてたけど……さすがに二度と家族に会えなくなるとか、そんな覚悟まではしていない。それはやっぱり親不孝すぎる。

「もう元の世界に戻ることはできないの?」

 恐る恐る聞いてみると、アザリアは私の不安を拭うように、ふわりとした笑みを見せた。

「そんなことはございません。女神就任の儀まではウィスタリアに滞在していただくことになりますが、それが終わりましたら、ご自由に行き来して下さって結構です」
「でも、一週間も帰れなかったら家族に心配かけちゃう。できれば今、せめて無事なことだけでも伝えられないかな」
「向こうの世界とこちらの世界に時間的な関わりはないのです。女神様がお戻りになった時には、こちらの世界に来た直後の瞬間からまた時間が流れることでしょう」
「本当!?」
「はい。ですから、そんな不安そうなお顔をなさらないで下さい」

 うん、そうとわかればせっかくの異世界だ。楽しまなきゃ損というものである。
 でもそうなると、別の不安が首をもたげた。

「けど、本当に私なんかが女神なの? 間違いじゃなくて?」
「何をおっしゃるのです、女神は貴女あなた様以外にあり得ません。最高位術師の召喚術によって導かれた者が女神――それは絶対なのです」

 最高位術師……あの黒ずくめの人かぁ。結局、一言も口をきいてくれなかったし、私を見ようともしなかったけど。

「その最高位術師さんには、きらわれている気がするんだけど……」
「嫌うも嫌わないも、そのような感情を女神様にいだくなど恐れ多いことでございます。決してそんなことはございません。どうかお気になさらぬよう。シエンにはきつく言っておきますので、どうか非礼をお許し下さい」
「ううん、そんな、別に怒ってるわけじゃないから!」

 深刻な顔で頭を下げるアザリアに、両手をヒラヒラと振って見せる。そんなことされたら余計嫌われてしまいそうだしね。
 とにかくこの重くなった空気をなんとかするためにも、私は別の話題を探した。

「えーと……それにしても、みなさん日本語お上手ですね?」
「ニホンゴ……ああ、言語体系の相違があるにもかかわらず、わたし達が意思疎通できることに関しての疑問でしょうか」

 そんな、日本人の私ですらよくわからない難しい言い回しを、日本人に見えないアザリアがスラスラとしゃべる。

「言語の垣根を越え、呼び寄せた者との意思疎通を可能にするのも召喚術の力の一端なのです」
「へぇ……召喚術ってすごいんだね。っていうか、サイアスは王様だし、アザリアもお姫様みたいに綺麗で可愛いし、ますます自信なくなっちゃうよ……」
「滅相もございません。女神様はわたしなどよりもずっとお美しくあられます。どうか自信を持ってお臨み下さいませ」

 美しいって、そんな馬鹿な。毎日必死にメイクで誤魔化しているというのに。こんなお人形のように可愛い子に言われると、もはや嫌味なんじゃないかとすら思う。
 それとも、あれだろうか……。もしかして、異世界に来て、私は絶世の美女になっていたりするのだろうか。

「さあ、そろそろ参りましょうか。お部屋はすぐそこですよ。どうぞ」

 まだ色々気になることはあるものの、かなり長く立ち話してしまっているのもあり、ひとまず部屋に向かうことにした。
 それからすぐのこと。
 通された部屋を見て、私は思わず「わぁ……」と微妙な歓声を上げてしまった。
 部屋自体はすごい。うちのリビングより広いし、めちゃくちゃ豪華だ。
 ……でも。そう、豪華すぎるのだ。装飾がもう、キラッキラ。
 大理石みたいなつるつるした床に絨毯じゅうたんが敷かれ、机や椅子、化粧台ドレッサー、ベッドといった家具が置かれている。その絨毯とベッドのシーツには細かな金の刺繍がほどこされ、机やベッド、化粧台の細工も金。天井は一面絵画で、ごてごてしたシャンデリアが吊り下がっている。
 いかにも偉い人の部屋って感じはするけれども……どっちかというと成金趣味の悪人の部屋、という方がしっくりくるかも。とりあえず、落ちつかないことは確か。

「お気に召しませんでしたか……?」

 私の態度で察したのだろう。アザリアが不安そうに問いかけてくる。私は慌てて胸の前で手を振った。

「う、ううん! ただ、ちょっと落ちつかないかなーって」

 慌ててフォローしてみたけど、誤魔化そうとしたのがバレたのだろう。アザリアは小さく首を横に振った。

「申し訳ありませんでした。女神様は、どのような部屋がお好みですか?」
「えっと……ふ、普通でいいです」
「恐れながら、女神様のおっしゃる『普通』とはどのようなものでしょう」

 確かに、この世界ではこれが普通なのかもしれない。それに、一口に『普通』と言っても色々あるだろう。
 説明しかねて、私は曖昧あいまいに濁すことにした。

「別に、この部屋でも大丈夫だよ」

 しかしアザリアは納得してくれなかったらしい。

「いえ、それではわたしがサイアス様に怒られてしまいます。どうか、遠慮なくお申しつけ下さいませ」

 有無を言わさぬ口調で詰め寄られ、私は「うーん」と考え込んだ。

「もっと、シンプルで、可愛いのが好きかなぁ」

 アザリアの気迫に押されて正直に答えると、アザリアは途端にぱっと笑った。

「そうですか! 恐れながら、わたしも可愛いものが大好きです。では、わたしの好きなようにお部屋を可愛らしくしてもよろしいでしょうか?」

 わ、なんか初めてアザリアのを見た気がする。
 ちょっと嬉しくなって、私はすぐに頷いた。可愛くて上品なアザリアなら、きっとセンスも抜群に違いない。
 するとアザリアは「わかりました」と頷いて、すっと両手を前に突き出した。


『ウィスタリアの光よ、風よ、大地よ、我が血をもっなんじらに命ず!』

 アザリアがそう歌い上げるように叫ぶと、ふわりと家具が浮き上がる。
 途端に、アザリアから赤い光の帯がいくつも立ち上り、部屋が真っ赤に染まった。眩しさに思わずぎゅっと目を閉じる。
 そして目を開けた時には、金刺繍きんししゅう絨毯じゅうたんやシーツはピンク色に、机と椅子は白を基調にしたものになり、ゴテゴテした細工は可愛らしい動物の細工に変わっていた。
 ウサギのような、猫のような、熊のような、どれとも違うよくわかんない動物だけど、彫られた目には愛嬌があってとっても可愛い。そしてベッドには天蓋がついていて、カーテンは大きなリボンで留められていた。

「すごい、可愛い……!」

 子ども部屋みたいで、友達を呼ぶには恥ずかしいけど……でも私、こういうの好き。こんな少女チックな部屋、ほんとはちょっと憧れてたんだ。
 歓声を上げた私を見て、アザリアが手を下ろしほっと息をつく。

「気に入っていただけて良かった。女神様、どうぞ奥もご覧下さい」

 そう言うアザリアについて部屋を歩き、左の壁にある扉に近付く。
 その扉をアザリアが開けると、つるつるとした床の部屋があった。そして床と同じ素材でできた台の上には、お料理で使うボウルみたいな器が載っている。
 中を覗くと、底に魔法陣の刻印があった。アザリアが手をかざせば刻印は淡く光り、同時にそこから水が湧いて器を満たしていく。なるほど洗面台というわけか。
 水はこんこんと湧き続け、すぐに器から溢れたけれど、足元を見ても全く濡れていなかった。溢れ出た水はどういうわけか途中で消えている。でも器に手を入れたら水の感触がして手が濡れた。

「ど、どういう仕掛けなの?」
「……? それは術の基本概念が、でしょうか、それとも使用している魔法陣についてのことですか?」

 そう切り返されて、言葉を失う。
 そっか、これ魔法なんだもんね……。地球人の私からすると、どんな仕掛けなんだろうって思っちゃうけど。
 不思議そうなアザリアに「なんでもない」と首を振って見せると、彼女はさらに奥の扉に手をかける。
 中にある大きな石桶の傍には手桶と椅子があり、説明がなくてもお風呂場だというのは見てわかった。

「こちらは浴室になります。……少し殺風景ですね」

 つぶやいて、アザリアはまた手を伸ばすと、呪文のようなものを口にした。すると石桶は白く丸みをおびたデザインに変わり、四つの足に支えられた、いわゆる猫足バスへと変化する。

「うわあ、可愛い!」
「今、お湯を張りますね」

 喜ぶ私を見てアザリアも嬉しそうに笑いながら、さっきと同じようにバスタブにお湯を満たした。

「よろしければ湯あみをしておくつろぎ下さいませ。その間に、わたしはお着替えを用意して参ります」
「ありがとう!」

 アザリアは一旦きびすを返したが、思い出したようにまたこちらに向き直り、

「それから、これを」

 と、両手を私に差し出した。その手の上には何もない。
 不思議に思って首を傾げると、赤い光と共に私の通勤かばんが現れた。

「これは女神様のお荷物ですよね?」
「う、うん」

 受け取ろうとすると、突然鞄の中から聞き覚えのあるアラーム音が鳴り響いた。驚いたのだろう、アザリアが鞄を取り落としそうになり、私は慌ててそれを受け止めた。

「も、申し訳ありません!」

 可哀想なくらい恐縮するアザリアに「気にしないで」と首を振り、鞄の中からスマホを取り出す。
 予想はしていたけど、圏外。アラーム音は着信ではなく、今日の予定をしらせるものだった。電池も残りわずか。まあ、昨夜これで小説読みながら寝ちゃったし、充電もしてないから当然か。

「石に魔力を宿して道具として使っていらっしゃるのですね。このような魔具は見たことがございません」

 興奮を隠せない様子でアザリアが感嘆の声を上げる。そんな彼女には申し訳ないけど、スマホは魔法じゃなくて、現代科学のすいである。しかも私が作ったわけじゃないし。

「ううん、そうじゃなくて、これは……」

 否定しようとしたけれど、どうやって説明したらいいんだか。考えあぐねている間に、アザリアがさらに手から何かを出して、私の手の平にのせた。まるでルビーみたいな、手で包めるサイズの綺麗な赤い石だ。

「わたしの力の一端が込められております。それに触れてわたしの名を呼べば、離れていても女神様のお声が届きます。女神様の持つ不思議な石と比べたら粗末なものですが……ご用の時はその石でお呼び下さい」

 それだけ言い残すと、アザリアはぺこりと一礼し、洗面室の扉を閉めて出ていった。
 それから私はしばらくの間、バスタブから溢れる水をぼうっと見ていたけど、ふと思いついて鞄の中を探り、ポーチからコンパクトを取り出した。
 小さな鏡に映るのは……荒れた肌を無理やりファンデで隠した、見慣れた私の顔。おまけに染めた髪の根元が少し黒くなってる。

「あーあ、期待して損しちゃった」

 もしかして、絶世の美女になってるかもって思ったのになぁ。これじゃ、こっちの世界でもメイクしなきゃ恥ずかしくて人に会えないよ……。異世界に来てまで、こんなリアルな悩み持ちたくないのに。ポーチの中にはクレンジングコットンや簡単なメイク道具があるけど、一週間も保たないなぁ。
 とりあえずコットンでメイクを落とし、洗面所に戻って服を脱ぐ。
 ……脱ぎながら思ったけど……下着の替え、どうしよう。この世界に下着はあるのかしら。小説とかで異世界トリップした女の子は、このあたりどうしていたんだろう? 
 と、そんなことばかり考えていても仕方ない。後でアザリアに相談してみることにして、バスタブに足を入れた。んー、いい湯加減。そして憧れの猫足バス!
 お風呂のお湯は綺麗に澄んでいて、底には洗面ボウルと同じような魔法陣の刻印がある。
 ……魔法かぁ。女神だっていうからには、もしかしたら私には、とてつもない力が備わっているのかもしれない。今まで気がついてなかっただけで、アザリアがやったような魔法、実は私にも使えたりして……。〝絶世の美女〟は駄目だったけど、もしかしてすんごい魔力があるってことなのかも!
 きょろきょろと周りを見回す。もちろん、お風呂場だから私の他には誰もいない。……よし。
 コホン、と咳払いして、さっきのアザリアみたいに両手を前に伸ばしてみる。

「ええと、なんだっけ。ウィスタリアのお湯よ、私の意のままになれー!」

 ……なんちゃって。
 何も起こるわけないよね……と頭を掻いた瞬間。
 ばんっと大きな音がして、突然浴室の扉が開いた。

「女神殿、入浴中に失礼する。オレはウィスタリアの騎士アッシュ。以後お見知りおきを!」

 そう叫んでひざまずく見知らぬ殿方に、私は――手動で手桶のお湯をぶちまけた。


     * * *


「申し訳ありません、女神様。大変失礼いたしました!」

 アザリアが持ってきてくれたタオルで体を包み、私は未だ呆然としていた。
 そんな私に対し、本当に申し訳なさそうにアザリアが平謝りしている。
 何度目かのびでようやく我に返った私は、とにかく彼女に謝るのをやめさせて体を拭き始めた。手伝うという申し出も丁重に断り、洗面室の外に出てもらって、その間に即効でメイクを完成させる。

「この世界って、もしかして男女の区別とかないの?」

 洗面室を出ると、私は思わずそう尋ねてしまった。だってさっきの人が、あんまりナチュラルに風呂場に侵入してきたもんだから。お風呂場だと知らなかったのかもと思ったけれど、よく考えたら「入浴中に失礼」って言っていたし、どう考えても故意だ。
 私の問いかけに、アザリアはひどく恐縮して答える。

「いえ、決してそのようなことは……。ただ、アッシュ様は少し、その……融通の利かないところがありまして。本日の女神召喚の儀には立ち会っておりませんでしたが、そのこと自体この世界の常識ではあり得ないことなんです。それを仕事があるからと外し、戻ったら戻ったで一刻も早く女神様にご挨拶申し上げねばと……」

 なんという猪突猛進ちょとつもうしん
 湯気で視界が利かなかったのとびっくりして余裕がなかったのとで全然どういう人なのかわからなかったけど、きっと熱血タイプなんだろうなあ……

「それより女神様、早くお召し物を。風邪をひいてしまわれますし、アッシュ様も着替えに戻られただけですので、いつまた押し掛けてくるかしれません」

 アザリアがそんなことを言うので、慌てた私は着替えようとして、アザリアが持っている服を見た。そして――噴き出してしまった。
 真っ白なその服は首回りが大きく開き、胸元にある大きなリボンは落ち感のあるシルク。スカートにはチュールが幾重にも贅沢に使われており、パニエまで用意されていた。同じチュールを使用したリボンの髪留めもある。
 これはまるで、そう……日本で言うところのゴスロリ。それにこの世界独特のものであろう、ファンタジーなデザインも加わっていて、いわゆるコスプレの衣装みたいになっている。もし自分の世界でこれを着て歩いたら、ご近所の人達にひそひそ言われることは間違いない……

「女神様は可愛いものがお好きというのを聞いて、あれからデザインを考えて作ったんです。お気に召しませんでしたか……?」

 いや、文句無しに可愛い。可愛いことには間違いない。そして私は可愛いものが大好きだ。
 問題はといえば、だ。

「すごーく可愛いけど……、でも、私に似合うかなあ……」
「もちろんです。女神様に似合うように作ったのですもの」

 そう言えばさっきも作ったって言ってたけど、この短時間で? いくらなんでもそれは速すぎる。もしかして、これも魔法の力で作ったのかな。

「さあ、着てみて下さいな」

 衣装を持ってアザリアがかすので、おそるおそるスカートに足を入れてみた。あとは突っ立っているだけでアザリアが着せてくれ、背中の編みあげリボンも結んでくれる。

「……ねえ、アザリア。女神って一体何をすればいいのかな」

 手持ち無沙汰だったので、私は聞き損ねていたことをアザリアに聞いてみた。
 ドラゴンとは戦わなくていいっぽいけど、行儀作法を習ったりとか、術の練習をしたりとか、そういうのはありそうだ。
 だけど、アザリアの答えは意外なものだった。

「何も」
「え? 何もって、何もしなくていいの?」
「ええ。女神様はその存在こそが神聖なもの。そこにいて下さるだけでいいのです」

 リボンを結び終えたアザリアが、髪留めを持って私の正面に来る。
 冗談かと思ったけれど、やっぱり彼女の瞳にからかうような色はなく。かぁぁ、と顔が熱くなる。
 さっきは〝神々こうごうしい〟で、今度は〝神聖〟? 大した取り柄もなく、顔も十人並み。肌荒れはひどいし、仕事もろくにできないこの私が……神聖??

「ああ、よくお似合いです、女神様! ウィスタリアの女神に相応ふさわしい装いです」

 うっとりとアザリアが胸の前で手を組むが、私はものすごく不安になった。

「あの……鏡ってある?」
「ああ、失礼いたしました」

 慌ててアザリアは手を解くと、その手を上下に広げた。赤い光の文字が上下に走ったかと思うと、途端にその光が弾けて鏡が現れ、白いゴスロリ衣装をまとったハタチ過ぎの女性が映る。……私だ。

「うう……なんか私、痛い子みたい……」

 直視できずに目を逸らすと、視界の端でアザリアの顔が曇ったのが見えた。

「やはりお気に召しませんでしたか……?」
「う、ううん! 服はとても可愛いし、こういう格好、実はちょっと憧れてたの。でも……」

 ごにょごにょとつぶやく私の言葉は、バンッと扉が開く音にかき消された。

「女神殿、先ほどは失礼を」

 入ってきたのは、黒髪に濃い青の瞳をした、サイアスに負けず劣らずの美男子だった。一瞬見惚みとれかけたが、その台詞せりふと声にハッとして、私は咄嗟とっさにアザリアの後ろに隠れた。

「あ、あ、あなた、さっきの……」
「アッシュと申します。今日これより、あなたの剣となり盾となってあなたをお守りする身。お見知りおきを」
「お守りするって……」

 というかむしろ、この人によって身の危険を感じたような……

「アッシュ様、ここは女神様の私室にあらせられます。入室の際にはもう少しご配慮を……」
「だが女神を守るのがオレの仕事だ。傍におらねば守れまい」

 ああ、なんか、この人の脳味噌はきっと鉄か何かでできている。
 見た目は精悍せいかんな顔立ちでかっこよく、物腰も落ち着いていて、どちらかといえばクールな感じなんだけど……とんでもなく頭が固そう。

「ごめんね、アザリア。止めたんだけど呪縛の術を無理やり破られちゃって」


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