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四章
モラハラ再びと、決心11
しおりを挟む「ご、ごめん。……勝手に」
「違うって。そうじゃなくて……。すみません、僕、驚いて」
彼は頭を軽く振った。
「気に入らないとか、そんなんじゃないんです。ただあのとき、なにも言ってくれなかったから」
再開した日に、先輩の話を聞かせて、と言われたときのことだろう。わたしは今度は素直に打ち明けた。
「あの……前働いてたお店が閉店しちゃって、それで、しばらく休んでたの。でもやっぱり、仕事、したいなって思って……」
ただ、夫にいろいろと言われたことまではどうしても言えなかった。まるでわたしが、ダメ人間だと告白しているみたいだから。
「先に、ひと声かけるほうがよかったね。急に、ほんと、ごめん」
「ほんと、びっくりした。だって絶対……」
彼は言葉を区切って、少し考えてから、ふっと微笑んだ。
「でも、先輩らしいですね。なんか」
「ど、どこが……」
「なんか、いろいろ気を遣って、結局空回りしてるとこ」
「な……!」
ぐっ、と言葉に詰まる。図星だったから。
そういえば昔から、そうだ。なんども空回りしてはいろいろ後悔したり、自分に呆れたりしていた。わたしは、深く座席にもたれかかった。
「そうかな……」
しょんぼりと窓の外を見つめるわたしを彼はミラー越しにまだくすくす笑って見ている。
「都合が悪かったら、不採用にしてくれて構わないから」
思わずこちらも口を尖らせてしまった。
「え! そんなことしませんよ。黒田くん、Blueの店長ね。彼が採用って決めてたら僕はそれに従いますから」
彼は驚いたように言う。
「せっかく先輩がウチに来てくれるのに、断るわけないでしょ」
彼は再びミラー越しに笑う。その、流すような視線にドギマギしてしまう。
「それは、あ、ありがとうございます……」
「こちらこそ、ありがとうございます」
信号待ちでふたり、また瞳を合わせてぷっと吹き出してしまった。これまでの数日で、緊張しささくれていた気持ちがふ、と柔らかくなる。窓の外に目をやったわたしは久しぶりに、ため息ではない、満足した息を漏らした。
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