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北畠家の忍び

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 永禄九年(1566年)九月 京  妙覚寺

 源太郎の部屋に猿が入って来た。
 しかし源太郎は慌てる事なく、小姓達も慌てない。やがて猿は書状を源太郎に渡すと去っていった。

 猿は源太郎が以前作成したオートマトン。猿使いの術を使う佐助にねだられ造った物だ。

 源太郎が書状を受け取り一読する。

「佐助殿はなんと?」

 宇佐山城と二条城の縄張りの打ち合わせに来ていた竹中半兵衛と明智光秀が聞いてきた。
 宇佐山城は、淡海の海(琵琶湖)を臨む宇佐山に築城する予定の城で、京に近く坂本の町への抑えの城だ。二条城は、かっての平安京の大内裏だった場所を含む、堀川通り西側に堅固な城を築いている。

「あゝ、領内で活動する他国の間諜の動きと処理の報告だな」

 源太郎が少し笑いながら言う。
 佐助が書状を自分で持ってこず、猿に任せにしている事に苦笑いだ。
 佐助には結局三体の猿型オートマトンを造らされた。そのせいで佐助が報告の為だけに動くことは殆んどない。

「それで間諜の動きは?」
「各国漏れなく送って来てるね。武田・上杉・三好・北条・今川・朝倉・徳川・織田とまあ盛りだくさんだな。変わった所では、播磨の小寺からも来てるね」

 源太郎が呆れたように言う。
 小寺家は備前国の吉備津神社の御札売りを全国に派遣する事で、情報の収集を行なっているようだった。

「織田殿までですか……、それは処理に困りますね」
「まぁ、重要な場所へは二重三重の結界を張ってあるから大丈夫だけどね」
「三ツ者、軒猿、風魔、伊賀に甲賀ですか、某の所でも侍女として潜り込んだ武田の間諜を二人ほど処理しましたが、殿のお側に近付く事が出来ない故、某や明智殿を標的にしたのでしょうな」
「まぁそれも徒労に終わるでしょうが」

 半兵衛や十兵衛の周りや家族には、伊賀や甲賀からの身辺警護が付いている。

「各国の間諜が持ち帰る情報は、精々我が領内の町や湊の賑わいと、税の仕組みや僅かな農業技術でしょう」
「半兵衛殿の言う通りでしょうな。それにしても馬泥棒が多いですな」

 十兵衛が半兵衛から書状を受け取り眺めている。

「馬に関しては特に厳重に警備してあるし、ちょっとした細工もあるから、近づく事も出来ないみたいだな」

 北畠家の重要施設には、忍びを含む兵士による警備とは別に、犬型オートマトンを配備してある。
 嗅覚センサーと聴覚センサーに加え、暗闇でも見通せる赤外線暗視スコープを備えている。
 さらにその戦闘力は、訓練された軍用犬をはるかに凌ぎ、いかに忍びの腕が立とうが、手も足も出なかった。
 源太郎は自分用にも造るつもりだが、忙しくてなかなか暇が出来なかった。

「間諜の事は置いといて、十兵衛と半兵衛で坂本に城と城下町を建設する為の縄張りは、今のうちから考えておいてくれ」
「「はっ!」」




 
 豊かに栄える桑名の町、一人の男が一軒の家に入って行った。

「どうであった?」

 家の中には、数人の男が集まっていた。

「駄目だ。近づく事も出来ん」
「そこまで厳重に警備するということは、重要な場所なのであろう。なんとしても潜入しなければ、我等の立場が危うい」

 彼等は武田の間諜。三ツ者と呼ばれる諜報活動に定評のある忍び集団だ。
 だが、彼等は北畠領内で拠点を設ける事も出来ない状態だった。この家も先日借りたばかりだ。
 拠点を設ける毎に潰され、なんの成果も出せないでいる男達は焦っていた。
 職人や農民を拐おうと試みたが全て潰され、今や三ツ者としての組織を維持することが、難しくなる程の人数が二度と帰ってこなかった。

「誰だ!」

 男が棒手裏剣を投げる。

「なっ!」

 男が投げた棒手裏剣を軽く受け止められる。

「猿  !?」

 そこに居たのは一匹の猿だった。

 コロコロッ

 猿が何かを男達のもとに転がした。

 バシュ!  部屋の中が白い煙で充満する。

「「うっ!」」

 バタバタと男達が倒れる。やがて煙が治ると扉を開けて佐助が入って来た。
 猿が佐助の肩に飛び乗る。

「ご苦労さん。じゃあ運んじゃおうか」

 男達はそのまま何処かへ運び出されて行った。





 永禄九年(1566年)十月 甲斐国  躑躅ヶ崎館

「桑名でまた拠点が潰され、三ツ者が消えました」

 報告を聞いているのは、勿論この館の主人、武田徳栄軒信玄その人だった。

「それで何か手に入れたのか」
「……いえ、重要な施設や人に近付く事も難しく、歩き巫女さえ自由に移動すること儘ならないとの事」
「追加の人員を送れ。何としても北畠の繁栄の秘密を掴むのだ」
「……御館様、申し上げます。既に追加で送れる人員が居ません。このままでは三ツ者が居なくなる勢いで人員が失われています」
「なんと……、むうっ、仕方あるまい。北畠だけに目を向ける訳にはいかんからな」

 苦々しげに信玄が言う。
 武田信玄には最大のライバル上杉輝虎がいる。さらに三国同盟が崩れた今川、北条がいる、今川から独立した徳川もいる。これ以上諜報の手足をもがれる訳にはいかなかった。




 永禄九年(1566年)十月 越後国  春日山城

「それで軒猿の報告はどうであった」

 関東管領  上杉輝虎が宿老直江景綱に聞く。

「街道は広く平らに整備され、関所は取り払われ、人と物の流れが活発になり、銭も物も溢れているそうです」 
「民の様子はどうか」
「北畠領内の農民、職人、商人から河原者まで、豊かで笑顔が絶えぬ暮らしを送っているとの事です」

 静かに考え込む輝虎。

「軍事に付いてはどうか?」

 直江景綱が首を横に振る。

「重要施設には近付く事叶いません。同じく重要人物を拐おうにも近付くどころか、特定する事も出来ない状態ですな。武田の三ツ者も同様、軒猿の損耗が激しく、他への影響が出る恐れが有ります」

 輝虎の眉間の皺が深くなる。

「寺社仏閣に対しては?」
「左中将殿と織田殿の長島の一向宗討伐は知られていますが、北畠領内では、武力を持たず、仏の教えと修行に生きる分には、例え一向宗といえども信仰を許されるそうです」

 目を瞑り聞いていた輝虎がカッと目を開ける。

「やはり義は考えるもなく左中将殿にあるな」
「本願寺からの要請ですか」
「朝倉と共に北畠を討てと要請して来ておる。足利義秋殿も同じ内容の書状を寄越しておる」
「義秋殿は無位無官の身で、よくその様な書状を寄越しますな」

 直江景綱が呆れた顔をする。

「それで、どうなされますか」
「決まっておる。無視しておけば良い。だいたい、武田と北条で我等は動けん」
「まぁそうでしょうな」
「引き続き北畠領内を探るように」

 仏の教えから懸け離れた本願寺、血筋だけで将軍に成れると考え、非の無い北畠家を追い落とそうとする傲慢な馬鹿。
 北畠家や織田家は、戦さで乱取りを許さないと言う。これも両家の豊かさの表れだろう。
 輝虎は道義的にも、上杉家の利益を考えても、北畠家とは交易を通して、仲良くするベきだと考えていた。

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