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新婚早々、昼食は夫ではなく義母ととる私。
朝十時から夕方四時まで館の外に出てはいけないという馬鹿馬鹿しい主張を取り合えずは受け入れたふりをするにしても、私が一緒にいたいのは夫のエディであって義母ティルダではない。

腹立たしさと、鬱陶しいティルダへの爆速で募る嫌悪感を巧みに隠し、私は笑顔で昼食に臨もうとしていた。

ところが。
恐ろしい事件が待ち受けていたのだ。

「待って!」

私が口を潤そうとした刹那、ティルダはけたたましい金切り声をあげた。

「!?」

まるで私がありえない行動を取ったかのような勢いだったことから、さすがに私の手も止まる。

ほら、虫とか。
食事に入っていてはいけない何かが、義母の角度からは見えたのかもしれないから。

併し、違った。

「大事なノーラには安全な食事をとってもらわなくちゃね。私が確かめてあげる」
「……」

え?
なに?

ノルドマン伯爵家の料理人は日常的に毒を入れるって言うわけ?

と、私が困惑している僅かの隙に、ティルダは私に配膳された器全ての中身の臭いを嗅いで料理や飲み物に舌の先をちろりとあてた。

「……」

気持ちが悪い。

唖然としていた私は抗議や口答えと呼ばれるあらゆる行為を忘れ、奇妙な生き物に遭遇した気持ちで義母ティルダに釘付けになっていた。

やがて〝毒見〟を終えたティルダは満面の笑みを私に向けて言った。

「さあ、ママが確かめてあげましたからね。ノーラ、どうぞ」
「……」

いや、どうぞじゃないでしょ。
馬鹿にしてるの?

「……お義母様」
「いいのよ!気にしないで!」

さも特別な施しをしてあげたという態度で、ティルダは私に的外れな厚意を示す。

「お母様にしてもらっていたこと全部、これからは私がやってあげるからね。可愛いノーラのためだもの、私、なんだってやれちゃうわ」
「……」

本気で言っていそうな満面の笑みには、愉快というより歓喜が込められている。
指し示しているのが私の母なのかティルダの母親のことなのか定かではないが、それは些末な問題だ。

嫌悪感はより深刻で現実的なものになり、私は頭の片隅ではまさかエディもこの行き過ぎた溺愛を受けて育ったのだろうかという邪念が生まれた。

……マザコン……。

「うっ」
「まあっ、どうしたの!?」

吐気を堪えきれず声が洩れてしまった私は咄嗟に口を押さえた。

「いいえ、なんでもありませんわ。お義母様。私、結婚式からずっと忙しくて、疲れがとれなくて。食欲がありません」
「まあ!」
「今日は、昼食を抜いて部屋で休みますわ」
「あらそう?」

わりと簡単に騙せる相手であることが、ティルダのいいところ。
一応は私を大切に思っているらしいというのもまた、扱い様によっては便利な一面だった。

「じゃあ、お昼寝にしましょうか?勿体ないけど」
「はい。ごめんなさい、お義母様」
「あ、待って!舞い上がっていたらうっかり忘れていたわ」
「……」

今度は何?

「跡継ぎを産むのに、ノーラには健康でいてもらわなくちゃいけないでしょう?こ・れ・よ!」

ティルダが小さな鉄の小瓶を取り出し、さかさまにして、薄茶色の粉を私の料理にだけ振りかけ始めた。

「…………」
「これをかけたらきっと食欲不振も治るはず!疲れも吹き飛ぶわよ!」
「……あ、ええと……」
「騙されたと思って、一口食べてみて!ほら、ノーラ!!」

母がすすめられたハーブティーがまともな代物だったのか、私は猛烈に気になった。
それより義母の正気を疑った。

何度も姉から言われた嫌味な一言。

正気?

あれを今、義母に問いかけてやりたい。
というか絶対正気ではない。

私はいつも正気だったけど。

もしかして、溺愛する息子が結婚したのを実は心底嫌がっていて、妻の私に激しく嫉妬していて、歓迎するふりで本心では私を虐め抜いてやろうと思っているとか?
だとしたら始終ご機嫌な態度をとり続けているのだから凄い演技力だ。

とりあえず回避したい。
料理には絶対に口を付けたくない。

「ふわぁぁあ」

私は体力の限界を渾身の演技で義母ティルダに見せつけ、欠伸と伸びをしてから首を回し、その勢いでがくりと項垂れ、狸寝入りを決め込んだ。

「あら、寝ちゃったの?そんなに疲れていたのかしら」

ティルダはまんまと騙され、そう独り言ちてからは黙々と昼食をとり始めた。
私の口に無理矢理スプーンでも突っ込もうものなら、寝惚けたふりで殴ってやろうかとも思っていたが、幸いにもそうはならなかった。

一人で食事を終えたティルダはまた独り言を洩らす。

「あんまり勝手なことをやりすぎると、エディも怒るかしらね……」

エディが気色悪い母親とどれだけ結託しているかによって私も怒る。
そんな自分の本心に気づきながら尚も気絶したふりを続けていると、ティルダは私にブランケットをかけて消えた。

「……」

しばらく寝たふりを続け、薄目を開けて辺りを警戒し、安全を確かめたあとで私はブランケットを丸めて床に叩きつけた。
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