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番外編

ギスギス夫婦②

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艶のあるワインレッドのドレスを無理なく纏い、綺麗に髪を結い上げ、私でさえ名前を把握している上級貴族たちと楽しそうに談笑している。
あらわになった首許にはうるさくならない程度のネックレスが。
細い手首、薬指にも。
美麗なデザインの宝飾品たちはキラキラと輝いて、そこまで主張が激しくないのに彼女の美しさを絶妙に引き立てていた。

ああいうのを本物というのだろう。
もちろんイルゼのことではない。宝飾品のことだ。

自分の手元を見る。比べるまでもなく別物に見えた。
イルゼの身に着けたアクセサリーはキラキラと見惚れるような輝きを放っているのに、私の指輪はなんだかギラギラしている。
もらった時はあんなに素敵に見えたはずなのに、イルゼのものと比べると霞んで見えてしまった。

「ますますお綺麗になられて」
「ええ本当。どんどん遠くに行ってしまうわ」
「旦那様も素敵よね」
「従者だった方でしょう? 私、失礼な話だけれどあんなに麗しい方だと気付かなかったのよ」
「ふふ、実は私も。あの方、目立たないように気配を消すのがお上手でしたもの」
「ご結婚されてからさらに輝きを増されたのは旦那様のおかげかしらね」
「お二人で並ばれたときのお幸せそうなお顔といったら」
「それにさすがというか、お二人とも最新鋭のデザインを見事に着こなしてますわ」
「素敵よねぇ」
「あっ、あんなの!」

すっかり会話に置いて行かれていることに気付いて無理やり割り込む。
二人は不快そうに眉を顰めた。

「真っ赤なドレスなんて下品だわ。それに従者と結婚だなんてみっともない。手近で間に合わせただけじゃない。どれだけお相手探しに苦労したんだか」

イルゼばかり褒められるのは面白くない。
学生時代は私の方がずっとモテていた。イルゼなんて、怖いだの生意気だの言われて男子は近寄りもしなかったのに。

「……そりゃあなたが着たら下品でしょうけど。あの方のお顔立ちにはよく似合っているわ」
「それにお相手探しに苦労? 笑えるわ。並みいる貴族たちからの結婚申し込みを片っ端から切り捨てていった方なのに」
「あの日のパーティは爽快でしたわよね」
「本当。高慢ちきな古参貴族たちの動揺する様といったら」

クスクスと笑って、ご婦人たちがおかしそうに肩を叩き合う。

そんな話、私は知らない。
ムッとして黙り込む。

こうやって自分たちの知る話題だけで盛り上がって、他の子に気遣わない仲間意識も女子の嫌いなところだ。

「……ご存知ですかぁ? 私、イルゼさんとお友達なんですよぉ」

だけどイルゼのことなら絶対私の方が詳しい。
だって三年間も同じ学校に通っていたのだ。

今年に入ってからようやく社交界デビューして、何度か参加して分かったこと。

イルゼの名前には価値がある。

家柄以上に、手広くやっているらしい商売が女性向けのものばかりのため、社交界では有名なのだ。
だから彼女たちもまるで知り合いみたいに話すのだろう。
私がイルゼの友人だと知れば、うらやましがるに違いない。

「はぁ? あなたが彼女と?」
「おかしなことを。私達があなたのしてきたことを知らないとでも?」

二人が強張った顔をして、何故か険悪な空気が漂い始める。

「レイラ様、キャロル様」

凛とした声が、一触即発の空気に割り込んだ。
私への視線が反れて、二人が嬉しそうな顔で声のしたほうを見る。

「イルゼ様!」

二人の声が弾んで、いつの間にか近付いてきていたイルゼがそれに応えるように微笑んだ。

「お久し振りです。お元気そうで安心しましたわ」
「あ、いえ、ごめんなさい。イルゼ様なんて昔の呼び方」
「気になさらないで。そのままの方が嬉しいわ」
「まぁ。いつもその寛大さに甘えてしまいます」
「寛大なつもりはないわ。二人はお友達だもの。名前で呼び合うのが普通でしょう?」
「うふふ、嬉しいわ」
「イルゼ様、病気の際にはお見舞いの品をありがとうございました」
「気に入っていただけたかしら。うちの開発した商品ですの。もし良ければ継続して送らせていただくわ」
「そんな、きちんと購入させていただきます。本当に素晴らしいものでしたもの」
「ではお友達割引きで。いつも本当にありがとう」
「なにをいただいたの? 私も気になるわ」

堂々たる態度で話の輪に加わって、あっという間に主役の座をかっさらっていく。
また私への嫌がらせだろうか。
卒業してからもこんなふうに邪魔してくるなんて、嫌な人だ。

どうせこの会話が終わったら私に意地悪なことを言ってくるんだ。
ずっとそうだった。
私が憎くて羨ましくて仕方ないのだろう。

トリスタンと別れなくちゃいけなくなったのは私のせいじゃないのに。
トリスタンが勝手に私を好きになっちゃっただけなのに。

私に非なんてない。
すぐにでも言い返せるように、イルゼを睨むようにして身構えた。
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