上 下
171 / 427
深まる疑惑

#15

しおりを挟む
「美菜さんもご存知のとおり、兄さんは仕事に関しての手腕は勿論、会社のトップとして人の上に立つ資質も、充分に兼ね備えた、経営者になるべくして生まれてきたような人です。その点においては残念ですが、僕なんて足元にも及びません。

ですが、そんな兄さんにはある欠点がありまして。といっても、恋愛に限ってですが、メンタル面が非常に脆《もろ》いところです。

これにはある理由があるのですが、鋼のハートの僕なんかとは違って、例えるなら、薄いガラス並みです。

美菜さんも思い当たるところがあるのではないですか?」


要さんに代わって謝罪させていただきたいと言ってきた隼さんの、一見、何も関連の無さそうなこの話に、首を傾《かし》げながらも耳を傾けていた私は、急にそんなことを問われても……。


「……」


確かに思い当たることはあれど、いくら弟の隼さん相手だとしても、デリケートなことだし、それを口にすることは躊躇われた。


「美菜さんは本当にお優しい方だ。兄さんのことを気遣って頂きありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。

六年前に亡くなった美優さんのこともあり、元々メンタル面の弱い兄さんのことなので、EDにでもなっているんだろうとは思っていましたし。譲さんにも、カマをかけて確認済みですし」


――なんだ、知ってたんだ。


――それにしても、譲先生、いくら身内相手だからって、口が軽すぎです! 私にもペラペラ喋ってたし。


――譲先生、要さんにバレちゃったら、今度こそメスで大事なアレをピーされちゃいますよ。


そんな呑気なことを思っていた私は、


「なんだ、美優さんのことはご存知だったのですねぇ……。なら話は速い。

失礼ですが、美菜さんにとって、兄さんが初めての男性だったのではないですか?」


畳についていない立てた方の膝に、肘をついた手で、顎を擦りつつ、なにやら独りごちていた隼さんに、唐突にそんなことを問われてしまい。


「////」


いつものごとく真っ赤になってしまった私は、口で答えるまでもなく、隼さんに筒抜け状態だ。


けれど、私が恥ずかしいなんて思ってる暇もなく、隼さんの話は留まることなく続いていく。


「あぁ、やはりそうでしたか……。兄さんにとって、きっと都合が良かったんだと思います。色恋に疎い美菜さんのことをその気にさせることぐらい容易《たやす》いことだったでしょうから――」


この、隼さんの放った、失礼極まりない、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて……。


――えっ!?ちょっと待って!どういうこと?


「……あの、それは、どういう」


隼さんに"待った"をかけ、異議を唱えようとした私の言葉は、


「――というのは言葉が悪かったですね、失礼しました」


と、相変わらず迫力満点の隼さんによって、事も無げにさらっとかわされてしまい。


ご丁寧にも、


「僕はただ、兄さんのリハビリには、美菜さんのように素直で従順な方がピッタリだった、ということを言いたかっただけです」


なんて言って、言い直されても、やっぱり貶《けな》されているようにしか聞こえないのだけれど……。


それからは、何を言っても無駄だと悟った私は、おとなしく聞き役に徹することにした。


「兄さんは小さい頃から"神童"なんて呼ばれてたほど、聡明で大人びた子供だったようです。それ故に、小学生になってすぐは周りの同級生には馴染めなくて。でも、一つ違いの静香さんにだけは、よくなついていたようです。

きっと、初恋だったのでしょうねぇ。あの我が儘な兄さんが、静香さんに対しては、従順でしたからね」


……あんな綺麗な人が初恋の相手だったんだ……。


……あの要さんが静香さんにだけは従順だったなんて……。


――でも、そんなの子供の頃のことでしょ?そこまで遡る必要ないと思うんですけど……。


――てか、もうこんな話、聞きたくないんですけど……。


――どうせ、聞きたくない、なんて言ったところで、無視されちゃうんでしょうけど……。


「それで、静香さんが高校を卒業して音大に進学するタイミングで、家族には内緒で交際が始まって。一年もしないうちに、静香さんと音大の講師との不倫が発覚して。それでも兄さんは、『別れたくない』と言ってたらしいのですが……。

そんなときに静香さんには留学の話が舞い込んできて、静香さんは迷うことなく兄さんを捨てて、自分の夢を選んだという訳です。

EDのきっかけは美優さんだったかもしれませんが、元々兄さんの女性不信は美優さんではなく、静香さんの所為だったのです。兄さんにとって、それほど静香さんは特別な存在だったんですよ。

だから今回、静香さんと再会して、きっと、兄さん自身も戸惑ってるんですよ。というのも実は、僕も今日、静香さんからお聞きしたばかりなのですが……。

十数年前に静香さんに一方的に別れを告げられて以来、もう二度と会いたくないと思っていたであろう兄さんは、つい先日、西園寺社長との会食で再会した静香さんから、『やり直したい』と言われて、気持ちがぐらりと揺らいでしまったんだと思います。

簡単に手に入ったものより、"逃がした魚は大きい"と言いますしね……。

ですので、今日は静香さんの登場により、冷静さを欠いたために、美菜さんにまで気を配る余裕がなかったのだと思います。

美菜さんには大変申し訳ないのですが、そういう理由があったのです」


おとなしく聞き役に徹していた筈の私は、隼さんの長たらしい昔話と、"衝撃的な事実"によって、完全に思考停止状態に陥ってしまったのだけれど、隼さんの話はまだ終わらない。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:485

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:172

鬼上司と秘密の同居

BL / 連載中 24h.ポイント:3,558pt お気に入り:586

【R-18】SとMのおとし合い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:246

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:44,333pt お気に入り:5,335

処理中です...