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深まる疑惑
#15
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「美菜さんもご存知のとおり、兄さんは仕事に関しての手腕は勿論、会社のトップとして人の上に立つ資質も、充分に兼ね備えた、経営者になるべくして生まれてきたような人です。その点においては残念ですが、僕なんて足元にも及びません。
ですが、そんな兄さんにはある欠点がありまして。といっても、恋愛に限ってですが、メンタル面が非常に脆《もろ》いところです。
これにはある理由があるのですが、鋼のハートの僕なんかとは違って、例えるなら、薄いガラス並みです。
美菜さんも思い当たるところがあるのではないですか?」
要さんに代わって謝罪させていただきたいと言ってきた隼さんの、一見、何も関連の無さそうなこの話に、首を傾《かし》げながらも耳を傾けていた私は、急にそんなことを問われても……。
「……」
確かに思い当たることはあれど、いくら弟の隼さん相手だとしても、デリケートなことだし、それを口にすることは躊躇われた。
「美菜さんは本当にお優しい方だ。兄さんのことを気遣って頂きありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。
六年前に亡くなった美優さんのこともあり、元々メンタル面の弱い兄さんのことなので、EDにでもなっているんだろうとは思っていましたし。譲さんにも、カマをかけて確認済みですし」
――なんだ、知ってたんだ。
――それにしても、譲先生、いくら身内相手だからって、口が軽すぎです! 私にもペラペラ喋ってたし。
――譲先生、要さんにバレちゃったら、今度こそメスで大事なアレをピーされちゃいますよ。
そんな呑気なことを思っていた私は、
「なんだ、美優さんのことはご存知だったのですねぇ……。なら話は速い。
失礼ですが、美菜さんにとって、兄さんが初めての男性だったのではないですか?」
畳についていない立てた方の膝に、肘をついた手で、顎を擦りつつ、なにやら独りごちていた隼さんに、唐突にそんなことを問われてしまい。
「////」
いつものごとく真っ赤になってしまった私は、口で答えるまでもなく、隼さんに筒抜け状態だ。
けれど、私が恥ずかしいなんて思ってる暇もなく、隼さんの話は留まることなく続いていく。
「あぁ、やはりそうでしたか……。兄さんにとって、きっと都合が良かったんだと思います。色恋に疎い美菜さんのことをその気にさせることぐらい容易《たやす》いことだったでしょうから――」
この、隼さんの放った、失礼極まりない、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて……。
――えっ!?ちょっと待って!どういうこと?
「……あの、それは、どういう」
隼さんに"待った"をかけ、異議を唱えようとした私の言葉は、
「――というのは言葉が悪かったですね、失礼しました」
と、相変わらず迫力満点の隼さんによって、事も無げにさらっとかわされてしまい。
ご丁寧にも、
「僕はただ、兄さんのリハビリには、美菜さんのように素直で従順な方がピッタリだった、ということを言いたかっただけです」
なんて言って、言い直されても、やっぱり貶《けな》されているようにしか聞こえないのだけれど……。
それからは、何を言っても無駄だと悟った私は、おとなしく聞き役に徹することにした。
「兄さんは小さい頃から"神童"なんて呼ばれてたほど、聡明で大人びた子供だったようです。それ故に、小学生になってすぐは周りの同級生には馴染めなくて。でも、一つ違いの静香さんにだけは、よくなついていたようです。
きっと、初恋だったのでしょうねぇ。あの我が儘な兄さんが、静香さんに対しては、従順でしたからね」
……あんな綺麗な人が初恋の相手だったんだ……。
……あの要さんが静香さんにだけは従順だったなんて……。
――でも、そんなの子供の頃のことでしょ?そこまで遡る必要ないと思うんですけど……。
――てか、もうこんな話、聞きたくないんですけど……。
――どうせ、聞きたくない、なんて言ったところで、無視されちゃうんでしょうけど……。
「それで、静香さんが高校を卒業して音大に進学するタイミングで、家族には内緒で交際が始まって。一年もしないうちに、静香さんと音大の講師との不倫が発覚して。それでも兄さんは、『別れたくない』と言ってたらしいのですが……。
そんなときに静香さんには留学の話が舞い込んできて、静香さんは迷うことなく兄さんを捨てて、自分の夢を選んだという訳です。
EDのきっかけは美優さんだったかもしれませんが、元々兄さんの女性不信は美優さんではなく、静香さんの所為だったのです。兄さんにとって、それほど静香さんは特別な存在だったんですよ。
だから今回、静香さんと再会して、きっと、兄さん自身も戸惑ってるんですよ。というのも実は、僕も今日、静香さんからお聞きしたばかりなのですが……。
十数年前に静香さんに一方的に別れを告げられて以来、もう二度と会いたくないと思っていたであろう兄さんは、つい先日、西園寺社長との会食で再会した静香さんから、『やり直したい』と言われて、気持ちがぐらりと揺らいでしまったんだと思います。
簡単に手に入ったものより、"逃がした魚は大きい"と言いますしね……。
ですので、今日は静香さんの登場により、冷静さを欠いたために、美菜さんにまで気を配る余裕がなかったのだと思います。
美菜さんには大変申し訳ないのですが、そういう理由があったのです」
おとなしく聞き役に徹していた筈の私は、隼さんの長たらしい昔話と、"衝撃的な事実"によって、完全に思考停止状態に陥ってしまったのだけれど、隼さんの話はまだ終わらない。
ですが、そんな兄さんにはある欠点がありまして。といっても、恋愛に限ってですが、メンタル面が非常に脆《もろ》いところです。
これにはある理由があるのですが、鋼のハートの僕なんかとは違って、例えるなら、薄いガラス並みです。
美菜さんも思い当たるところがあるのではないですか?」
要さんに代わって謝罪させていただきたいと言ってきた隼さんの、一見、何も関連の無さそうなこの話に、首を傾《かし》げながらも耳を傾けていた私は、急にそんなことを問われても……。
「……」
確かに思い当たることはあれど、いくら弟の隼さん相手だとしても、デリケートなことだし、それを口にすることは躊躇われた。
「美菜さんは本当にお優しい方だ。兄さんのことを気遣って頂きありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。
六年前に亡くなった美優さんのこともあり、元々メンタル面の弱い兄さんのことなので、EDにでもなっているんだろうとは思っていましたし。譲さんにも、カマをかけて確認済みですし」
――なんだ、知ってたんだ。
――それにしても、譲先生、いくら身内相手だからって、口が軽すぎです! 私にもペラペラ喋ってたし。
――譲先生、要さんにバレちゃったら、今度こそメスで大事なアレをピーされちゃいますよ。
そんな呑気なことを思っていた私は、
「なんだ、美優さんのことはご存知だったのですねぇ……。なら話は速い。
失礼ですが、美菜さんにとって、兄さんが初めての男性だったのではないですか?」
畳についていない立てた方の膝に、肘をついた手で、顎を擦りつつ、なにやら独りごちていた隼さんに、唐突にそんなことを問われてしまい。
「////」
いつものごとく真っ赤になってしまった私は、口で答えるまでもなく、隼さんに筒抜け状態だ。
けれど、私が恥ずかしいなんて思ってる暇もなく、隼さんの話は留まることなく続いていく。
「あぁ、やはりそうでしたか……。兄さんにとって、きっと都合が良かったんだと思います。色恋に疎い美菜さんのことをその気にさせることぐらい容易《たやす》いことだったでしょうから――」
この、隼さんの放った、失礼極まりない、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて……。
――えっ!?ちょっと待って!どういうこと?
「……あの、それは、どういう」
隼さんに"待った"をかけ、異議を唱えようとした私の言葉は、
「――というのは言葉が悪かったですね、失礼しました」
と、相変わらず迫力満点の隼さんによって、事も無げにさらっとかわされてしまい。
ご丁寧にも、
「僕はただ、兄さんのリハビリには、美菜さんのように素直で従順な方がピッタリだった、ということを言いたかっただけです」
なんて言って、言い直されても、やっぱり貶《けな》されているようにしか聞こえないのだけれど……。
それからは、何を言っても無駄だと悟った私は、おとなしく聞き役に徹することにした。
「兄さんは小さい頃から"神童"なんて呼ばれてたほど、聡明で大人びた子供だったようです。それ故に、小学生になってすぐは周りの同級生には馴染めなくて。でも、一つ違いの静香さんにだけは、よくなついていたようです。
きっと、初恋だったのでしょうねぇ。あの我が儘な兄さんが、静香さんに対しては、従順でしたからね」
……あんな綺麗な人が初恋の相手だったんだ……。
……あの要さんが静香さんにだけは従順だったなんて……。
――でも、そんなの子供の頃のことでしょ?そこまで遡る必要ないと思うんですけど……。
――てか、もうこんな話、聞きたくないんですけど……。
――どうせ、聞きたくない、なんて言ったところで、無視されちゃうんでしょうけど……。
「それで、静香さんが高校を卒業して音大に進学するタイミングで、家族には内緒で交際が始まって。一年もしないうちに、静香さんと音大の講師との不倫が発覚して。それでも兄さんは、『別れたくない』と言ってたらしいのですが……。
そんなときに静香さんには留学の話が舞い込んできて、静香さんは迷うことなく兄さんを捨てて、自分の夢を選んだという訳です。
EDのきっかけは美優さんだったかもしれませんが、元々兄さんの女性不信は美優さんではなく、静香さんの所為だったのです。兄さんにとって、それほど静香さんは特別な存在だったんですよ。
だから今回、静香さんと再会して、きっと、兄さん自身も戸惑ってるんですよ。というのも実は、僕も今日、静香さんからお聞きしたばかりなのですが……。
十数年前に静香さんに一方的に別れを告げられて以来、もう二度と会いたくないと思っていたであろう兄さんは、つい先日、西園寺社長との会食で再会した静香さんから、『やり直したい』と言われて、気持ちがぐらりと揺らいでしまったんだと思います。
簡単に手に入ったものより、"逃がした魚は大きい"と言いますしね……。
ですので、今日は静香さんの登場により、冷静さを欠いたために、美菜さんにまで気を配る余裕がなかったのだと思います。
美菜さんには大変申し訳ないのですが、そういう理由があったのです」
おとなしく聞き役に徹していた筈の私は、隼さんの長たらしい昔話と、"衝撃的な事実"によって、完全に思考停止状態に陥ってしまったのだけれど、隼さんの話はまだ終わらない。
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