20 / 57
ランカ男爵の後悔③
しおりを挟む
「ええ、そうですね。それ以外方法はありませんもの……。ビビは貴族ではなく平民に嫁がせた方がよいでしょう。貴族社会にこの子の存在があると、いつまで経っても噂が収まりませんので」
夫妻の言葉に蹲っていたビビはハッと我に返り、二人へと詰め寄った。
「そんな! 嫌です、お父様、お義母様! 私はエーミール様のことを……」
「ふざけたことをぬかさないで頂戴! お前が分不相応にも侯爵家の子息、しかも婚約者持ちの殿方に擦り寄ったせいでこんなことになっているのよ? お前は当家を危うい立場に追い込んだくせに謝ることもできないわけ!?」
「そ、そんな、ひどい……」
「まあ! そのすぐに被害者ぶるところ、お前の母親そっくり! ねえ、あなた?」
妻から触れられたくない話を振られ、男爵は思わず目を逸らしてしまった。
「その昔、あなたの愛人は何を血迷ったのかこの邸にいきなり押しかけたのよね? しかもわたくしが妊娠している時に! 涙を流しながら戯言をほざいていたわ。確か『旦那様が本当に愛しているのはアタシなんです!』だったかしら。ねえ、あなた?」
男爵は怖くて妻の顔もまともに見られない。
妻は愛人の女を今も深く恨んでいるのだ。
妊娠と出産の時の恨みは一生、と聞くがまさにその通り。
心身共に不安定な時期に、夫の愛人風情に煩わされたことを今も深く根に持っている。
「わたくしが追い返すと目に涙を浮かべて『ひどい、ひどい』と騒いでいた淫売の顔にそっくりだこと! ああ、嫌だ……薄汚い淫売の血がしっかりと受け継がれているわね?」
憎々し気にそう言い放つ妻の声に焦った男爵は、慌てて使用人にビビを部屋に閉じ込めるよう命じた。
すぐさま侍女がビビを羽交い絞めにし、引きずるように連れていく。
ビビの姿が見えなくなった後、男爵は媚びるような目で妻を見た。
「わ、わたしが愛しているのはお前だけだよ……。愛人なんてただの遊びじゃないか?」
白々しい男爵の言い分に、夫人はフンッと鼻で笑う。
「どうだか。あの子を引き取ったのも、愛人の女が忘れられないからではなくて?」
「いや、それは違う! 私がビビを引き取ったのは、見目がいいから名家の子息に見初められるかと思って……。いい家と縁繋ぎになればこの家にも利益があるから……」
「結果的には利益どころか大損でしかありませんでしたけどね?」
「うう……その通りだ。すまない、あんな娘を引き取るんじゃなかった……」
「全くですよ! わたくしは最初から反対したじゃありませんか? いくら見目がよくても馬鹿じゃ害にしかならないって!」
「馬鹿な方が可愛いかと思って……すまない」
「馬鹿なだけなら可愛いものですが、母親そっくりで慎みがないですわ。おまけに他人の伴侶を盗ろうとする卑しい泥棒根性が、いい結果を生み出すわけないじゃありませんか!」
「す、すまない……本当に」
「謝らなくて結構! そんな暇があるならこの件の対処を急いでくださいな! もちろんビビの嫁入り先も早急に決めてくださいませ。ああ、嫁入り先が見つからないといって修道院に行かせるのは止めてくださいましね?」
「え? 駄目なのか? 嫁入り先のない貴族令嬢が修道院に行くのはよくあるじゃないか?」
「修道院は監獄ではありません。割とすぐに脱走できてしまうのですよ。ビビの性格上、隙あらば脱走し、コンラッド侯爵令息に接触する未来が容易に想像できてしまいます。そうなれば……侯爵閣下によって当家がお取り潰しになるやもしれません。それでもいいのですか?」
「……ビビは辺境の地へ嫁に出そう。王都に戻ってこれないくらい遠くへと」
「あら、伝手はあるのですか?」
「ああ、取引先の下請けで林業を営んでいる家がある。そこの息子が嫁を探していると聞いたことがあるからな。そこに話を持っていこうと思う」
「では、数日中に話を纏めてくださいな。噂が社交界に出回るよりも前に嫁に出してしまいましょう。わたくしは嫁入り道具を準備しておきますので」
そう言うなりさっさとその場から離れてしまった妻の背中を、男爵は寂しそうに眺めていた。
「……旦那様、言っておきますが自業自得ですからね?」
家令がジト目を向けてくるのを男爵は直視できない。
逃げるように執務室に向かい、謝罪の手紙をしたため、詫びの品を見繕っていると外はもう真っ暗になっていた。
「はあ……何でこんなことに……。あんな娘を引き取るんじゃなかった。いや、むしろあんな女に手を出すんじゃなかった……」
過去の自分の所業を悔やみ、男爵は頭を抱えた。
見た目がよく、頭の悪い町娘に手を出した結果出来たのがビビだ。
貴族が平民に手を出すなんて大抵がお遊びでしかない。だがそれを理解していないビビの母親は、自分が本妻よりも愛されていると勝手に思い込み暴走した。
よりにもよって妊娠中の妻のもとへ突撃するなんて……。
その行為に引いた男爵はビビの母親を遠ざけ、二度と会わなかった。
そうして十数年経った頃にその女が亡くなったと聞かされ、残された娘の容姿が良かったので、政略結婚に使えると思ったがこのざまだ。
「馬鹿な女の方が可愛いと思ったのだが、害悪でしかなかったのだなあ……」
ビビは母親に加え、父親の物事を深く考えない性質も受け継いでしまったようだ。
だから婚約者持ちの高位貴族に擦り寄り、その婚約を壊すなんていうとんでもないことをやらかした。
後悔しても仕方ない、と男爵は気を持ち直し、ビビの嫁入り予定先へと書状をしたためるのであった。
夫妻の言葉に蹲っていたビビはハッと我に返り、二人へと詰め寄った。
「そんな! 嫌です、お父様、お義母様! 私はエーミール様のことを……」
「ふざけたことをぬかさないで頂戴! お前が分不相応にも侯爵家の子息、しかも婚約者持ちの殿方に擦り寄ったせいでこんなことになっているのよ? お前は当家を危うい立場に追い込んだくせに謝ることもできないわけ!?」
「そ、そんな、ひどい……」
「まあ! そのすぐに被害者ぶるところ、お前の母親そっくり! ねえ、あなた?」
妻から触れられたくない話を振られ、男爵は思わず目を逸らしてしまった。
「その昔、あなたの愛人は何を血迷ったのかこの邸にいきなり押しかけたのよね? しかもわたくしが妊娠している時に! 涙を流しながら戯言をほざいていたわ。確か『旦那様が本当に愛しているのはアタシなんです!』だったかしら。ねえ、あなた?」
男爵は怖くて妻の顔もまともに見られない。
妻は愛人の女を今も深く恨んでいるのだ。
妊娠と出産の時の恨みは一生、と聞くがまさにその通り。
心身共に不安定な時期に、夫の愛人風情に煩わされたことを今も深く根に持っている。
「わたくしが追い返すと目に涙を浮かべて『ひどい、ひどい』と騒いでいた淫売の顔にそっくりだこと! ああ、嫌だ……薄汚い淫売の血がしっかりと受け継がれているわね?」
憎々し気にそう言い放つ妻の声に焦った男爵は、慌てて使用人にビビを部屋に閉じ込めるよう命じた。
すぐさま侍女がビビを羽交い絞めにし、引きずるように連れていく。
ビビの姿が見えなくなった後、男爵は媚びるような目で妻を見た。
「わ、わたしが愛しているのはお前だけだよ……。愛人なんてただの遊びじゃないか?」
白々しい男爵の言い分に、夫人はフンッと鼻で笑う。
「どうだか。あの子を引き取ったのも、愛人の女が忘れられないからではなくて?」
「いや、それは違う! 私がビビを引き取ったのは、見目がいいから名家の子息に見初められるかと思って……。いい家と縁繋ぎになればこの家にも利益があるから……」
「結果的には利益どころか大損でしかありませんでしたけどね?」
「うう……その通りだ。すまない、あんな娘を引き取るんじゃなかった……」
「全くですよ! わたくしは最初から反対したじゃありませんか? いくら見目がよくても馬鹿じゃ害にしかならないって!」
「馬鹿な方が可愛いかと思って……すまない」
「馬鹿なだけなら可愛いものですが、母親そっくりで慎みがないですわ。おまけに他人の伴侶を盗ろうとする卑しい泥棒根性が、いい結果を生み出すわけないじゃありませんか!」
「す、すまない……本当に」
「謝らなくて結構! そんな暇があるならこの件の対処を急いでくださいな! もちろんビビの嫁入り先も早急に決めてくださいませ。ああ、嫁入り先が見つからないといって修道院に行かせるのは止めてくださいましね?」
「え? 駄目なのか? 嫁入り先のない貴族令嬢が修道院に行くのはよくあるじゃないか?」
「修道院は監獄ではありません。割とすぐに脱走できてしまうのですよ。ビビの性格上、隙あらば脱走し、コンラッド侯爵令息に接触する未来が容易に想像できてしまいます。そうなれば……侯爵閣下によって当家がお取り潰しになるやもしれません。それでもいいのですか?」
「……ビビは辺境の地へ嫁に出そう。王都に戻ってこれないくらい遠くへと」
「あら、伝手はあるのですか?」
「ああ、取引先の下請けで林業を営んでいる家がある。そこの息子が嫁を探していると聞いたことがあるからな。そこに話を持っていこうと思う」
「では、数日中に話を纏めてくださいな。噂が社交界に出回るよりも前に嫁に出してしまいましょう。わたくしは嫁入り道具を準備しておきますので」
そう言うなりさっさとその場から離れてしまった妻の背中を、男爵は寂しそうに眺めていた。
「……旦那様、言っておきますが自業自得ですからね?」
家令がジト目を向けてくるのを男爵は直視できない。
逃げるように執務室に向かい、謝罪の手紙をしたため、詫びの品を見繕っていると外はもう真っ暗になっていた。
「はあ……何でこんなことに……。あんな娘を引き取るんじゃなかった。いや、むしろあんな女に手を出すんじゃなかった……」
過去の自分の所業を悔やみ、男爵は頭を抱えた。
見た目がよく、頭の悪い町娘に手を出した結果出来たのがビビだ。
貴族が平民に手を出すなんて大抵がお遊びでしかない。だがそれを理解していないビビの母親は、自分が本妻よりも愛されていると勝手に思い込み暴走した。
よりにもよって妊娠中の妻のもとへ突撃するなんて……。
その行為に引いた男爵はビビの母親を遠ざけ、二度と会わなかった。
そうして十数年経った頃にその女が亡くなったと聞かされ、残された娘の容姿が良かったので、政略結婚に使えると思ったがこのざまだ。
「馬鹿な女の方が可愛いと思ったのだが、害悪でしかなかったのだなあ……」
ビビは母親に加え、父親の物事を深く考えない性質も受け継いでしまったようだ。
だから婚約者持ちの高位貴族に擦り寄り、その婚約を壊すなんていうとんでもないことをやらかした。
後悔しても仕方ない、と男爵は気を持ち直し、ビビの嫁入り予定先へと書状をしたためるのであった。
852
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果
あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」
ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。
婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。
当然ながら、アリスはそれを拒否。
他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。
『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。
その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。
彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。
『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。
「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」
濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。
······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。
復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。
※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください)
※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。
※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。
※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる