約束してね。恋をするって

いずみ

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第二章 それぞれの嫉妬

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 授業に戻る気にはなれず、皐月はそのまま校舎を飛び出して中庭へと降りた。庭の奥の方には木立が広がって、中にはいくつかベンチが置いてある。昼時になれば、生徒がよくお弁当を食べている場所だ。



 その小道を皐月はとぼとぼと歩いて、一つのベンチに腰を下ろした。

「はあ……」

 あんなこと、言うつもりじゃなかった。

 皐月とて、藍のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、思いのままにくるくると表情を変える藍は同性からみても魅力的でかわいく、好ましい友人だとすら思っていた。

 きっと陽介も、そう思っただろう。皐月や諒に対するように。



 けれど、今の陽介はそれ以上に藍に惹かれているように見える。先ほどの陽介の表情を思い出すと、皐月の胸がずきりと痛んだ。

 陽介に彼女がいたことはない。だから自分が一番陽介に近い位置にいると思っていたし、周りからもそう言われてそのつもりでいた。

 その位置が、藍の登場で揺らいでいる。だから、心にもないあんなことを陽介に言ってしまった。皐月は、それを激しく後悔していた。



(嫌われちゃったかな)

「陽介の、ばか」

「サボりみっけ」

 小さく呟いた皐月の耳に、場違いに明るい声が聞こえた。



「諒」

「めずらしいな。陽介と、けんか?」

「見てたの?」

「あんなところで大声出してれば、嫌でも見えるさ」

 諒に言われて、皐月は、か、と頬を染めた。



 さっきは頭に血が上った状態だったが、冷静に考えればあたりにはたくさんの生徒がいた。

 今更ながらに恥ずかしくなって、皐月は頬を両手で隠す。



「うわあ、そうよね。みっともないことしちゃったなあ」

「しかもさ、あれだけ言われても、陽介鈍感だから皐月が何であんなこと言ったのか、まっっっったく気づいてないと思うぞ」

 諒は、どかりと皐月のとなりに腰を下ろす。皐月は肩を落として大きなため息をついた。



「気づかれたくないもん、そんなの。……私、嫌われちゃったよね」

 色素の薄い柔らかな皐月の髪を、諒がひと房ひっぱる。

「ばーか。そんなことで陽介はお前のこと嫌ったりしないよ」

「本当に?」

 ちら、と皐月はすがるように諒を見上げる。



「本当に。むしろあいつのことだから、あんなこと言ったお前の事の方を心配しているぞ」

 それを聞いて、皐月は瞬いた。

「陽介……私のことなんて、心配してくれるかな?」

「あたりまえだろ」

 確かに陽介なら、友達の様子がおかしければ心から心配するだろう。それは皐月もよく知っている。けれど、それがいざ自分の事になると、とたんに自信が持てなくなってしまう。



「陽介は、皐月の事もちゃんと好きだよ」

 微笑む諒に、皐月は思い切り顔をしかめる。

「『も』、ね」

「あいつの好きは、万物平等だよ。そこで落ち込む必要はないさ」

 諒の骨ばった手が、優しく皐月の頭をなでた。慰められていることを感じて、ようやく皐月は口元を緩める。



「愚痴ってごめんね。あーあ。なんで諒にはあっさりとバレてるのに、肝心の陽介は気づかないのかなあ」

「それは……ほら。俺は敏感だから、わずかな変化にも気づくことができるんだよ」

「誰が敏感? ふふ。でも、ありがと、諒」

「あとでちゃんと、陽介に謝っておけよ」

「うん。ねえ、諒」

「ん?」

 皐月は、しっかりと体を起こして前を向いた。



「私、陽介にちゃんと告白する」

 諒が、こころもち皐月から離れて姿勢を正す。



「そっか」

「このまま陽介が藍ちゃんとつき合っちゃったら、きっと私後悔するもん。たとえそうなったとしても、陽介には私の本当の気持ちを知っていてほしい」

「そうだな」

 しばらく黙っていた皐月は、ちらりと不安げな顔で諒を見た。



「フラれたら、私の事放っておいてね。多分、しばらくは立ち直れないだろうから」

「放っておいていいのか?」

「うん。諒にまで迷惑かけたくない」

 諒は、笑みを作った。



「かけろよ、迷惑。友達だろ?」

「友達だからよ」

「友達だから、一緒に泣いてやるよ」

「諒も泣くの?」

「そりゃもう、おいおいと。皐月より派手に泣いてやる」

「それじゃ、私が泣けないじゃない」

 そう言って笑うと、皐月は伸びをしながら立ち上がった。大きく息を吐くと、いつもの笑顔に戻って諒を振り返る。



「自販いこ? さぼりにつき合わせちゃったお礼に、ジュースでもおごるわ」

「やりい。じゃ、俺コーラ」

「おっけ。あ、私たち上履きだ。先生にみつからないようにしないと」

 諒も立ち上がると、先ほどより少しばかり足取りの軽くなった皐月のあとを、ゆっくりとついて行った。

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