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失った物と得た物

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勤務先に戻った僕に突きつけられたのは、親の力で生きていた者が逆らった為に、失った現実だった。
「お前、一体、何やったの?」
病院に着くなり、更衣室で、待っていた黒壁が開口一番、僕に告げた。
「お前が、危ない橋渡る奴だとは、思っていなかったよ」
黒壁は、コーヒーを持ってくると、耳打ちした。
「このまま、帰っちゃえよ」
「そうしたいけど」
黒壁曰く、もう、僕のデスクはないとの事。院長より、解雇が皆に伝えられたという事だった。
「こんなに、早く親父が手を回すとは・・・」
両親は、本気だ。莉子の身の回りを調べ、僕を思い通りに操ろうとしている。
「院長を怒らせたのか?」
「いや・・・怒ったのは、院長ではなくてね」
僕は、着ていたユニホームを脱ぎ捨てた。
「まぁ・・・そう言う訳だから、世話になったよ」
僕は、黒壁の肩を叩いた。
「お前・・・また、あの子のリハビリ続けてたのか?」
「どこまで、できるか、試したかったし・・・興味があった」
「いい子だけどさ・・・荷が重いだろう」
「そんな事、考えた事なかった」
「力になるからさ。何かあったら、言えよ」
僕は、黒壁に軽く挨拶をして、病院を後にした。親父達は、本気だ。きっと、カードは、止められているだろう。僕は、マンションに行くと簡単な荷物だけをバックに詰めて、街を出る事にした。家には、戻らない。そう決めていた。携帯の着信が七海からの電話である事を知らせた。勿論、出る訳がない。
「どこに行こうか?」
車は、マンションの駐車場に置いてきた。電車と地下鉄を乗り継いで、やはり、来てしまったのは、藤井先生のスタジオだった。
「あら?ここに真っ直ぐ来るとは、どういう事かしら?」
先生とは、莉子を救急搬送した日以来だ。
「病院には、行っていないの?」
「旦那がついているから」
「聞いていないの?」
藤井先生が、困った顔をした。
「莉子のお父さんが連絡をくれてね。ちょっと、困った展開になったそうよ」
「何かあったの?」
「手術自体は、問題なかったらしいけど」
藤井先生は、僕に、病院に行くように告げた。話は、こうだ。手術は、問題なく終了し、意識は、戻った。だが、記憶が退行しており、夫の顔を覚えていなかったそうだ。夫の架は、あまりにも、莉子が怖がる物だから、病院に顔を出す事もできず、会社にいるとの話だった。
「人格障害の話もあったそうね」
藤井先生は知っていた。
「夫の架さんといる時だけ、興奮して手のつけられない時があったそうよ」
「感情が抑えられないのは、硬膜下血腫の後遺症だし、僕の前では、そんな事はなかった」
「それはね・・・」
藤井先生は、言った。
「莉子に問題があるのではなく、架さんに問題があるの」
僕は、ハッとした。
「きっと、私達の知らない何かがあるのよ」
僕らには、伝えられない事情を莉子は、抱えていた。
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