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第七章『灼ける焼ける妬ける』

第二十九話『白馬の王子様』

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「雷鳴——!!」

   破壊的な爆発音と共に吹き荒れる猛風。辰と皐月に覆い被さり、雫は猛風に曝されながら激闘の渦の中にいた雷鳴の名前を叫んだ。

   嫌な、予感がした。音だけで拾っていた接戦した攻防、それを丸っ切り覆す音がした。全てを飲み込む破壊の音。大切な友人を、辰の身を焼いたあの驚異的な兵器の音が。

   雷鳴が、あの兵器を視野に入れていない訳がない。人一倍慎重者で、誰よりも友達想いいで、何より一度目を許してしまった雷鳴が二度目を許す筈がない。

   そう信じて、信じることで自身の平静を保って、霧も、白煙も、森を焼く炎さえも消えた世界で雫は顔を上げて——、

「———」

   紫紺の瞳に映った景色は、言葉を失うほど想像を絶していた。

   木々が焼け、森全域まで広まったと思う火の手、あの身を焦がす朱い世界も雫の想像を絶する景色だったが、鎮火し、あちこち焼け焦げた目の前の世界もまた雫の想像の域を出た。

   歪な木々が並ぶ林道、そこに立ち並ぶ木々は見る影もなく、隔てる物のなくなった焼野原で元は木だったモノが煙を燻らせている。

   それが、朱い世界の先に見た景色で、腹に空いた大穴から血を垂れ流す雷鳴を見ることになった、絶望だった。

「……らい、めい……」

   焼け焦げた世界で、その上で、横倒しになっている影があった。

   この場では例外、一つしかない漆黒色とは異なる色で倒れた炭ではないモノ。雫の直ぐ真下、腹の中心に大穴を空けて血を垂れ流す辰と同一の——雷鳴が地面に倒れていた。

「いや、いやぁ……こ、こんなのって……」

   きっと、この人なら殺戮者を倒してくれると信じていた。万全を期すあのしっかりモノを、その信念を宿した性格を信じていた。

——戦う誰かがいなくなるから、次の標的が自分になってしまうから、信じていた。

   だから、だから、なんで、なんで、どうして。

「——ぶはっ!   誰かさんを守るために自ら矢面に立った男は倒れ、弱く、脆い、折れ掛けそうな心の中でも立っていた女も倒れ、そんな中でも己の心を通し戦った男も倒れた」

   嫌、嫌、止めて。聞きたくない。その先を言わないで。
それを言われたら、私は、皆を、自分を——。

「皮肉なモノだよなぁ。——怖いから、傷つきたくないから、そんな自分よがりな理由で立ち上がらなかったドクサレ女の為によぉ!」

「いやぁぁあああ——!!」

   危機的状況に陥れば、そのモノの本性は知れる。

   大体の人間は、裏の顔を出さない為に表に偽善の皮を被る。弱い自分を隠す為に強い自分を演じ、周りから嫌われない様に周りから好かれる仮想の自分を演じる。

   表と相反するモノが、その者の裏に抱える弱さに直結するのだ。

「ぶはははっ。傑作だなぁ、おい。自分が何よりも大事、自分を守るためなら友達が傷つくことも厭わず、自分はその後ろでびくびくと震えているだけ」

「やめて……」

   足音が、迫ってくる。焼けた世界で、皆がいなくなったから、次の標的を見据えた殺戮者が自分の元へと向かって来ている。

「いい機会だから、お前のような奴をなんて言うか教えてやるよ。——寄生虫だ」

「もう、やめて……」

   舐めるように、啜るように、デタラメな言葉を並べて、この心を絶望色で染めようと殺戮者が嗤い、ありもしない裏側を表側に引きずり出そうとして来る。

「お前は、今もこの場にいない誰かを待ってる。きっと助けてくれる、あの人なら、此処で倒れている奴らとは違う、きっと、きっと役に立つってよぉ!」

「違う! 違う違う違う違うっ! 私はそんなんじゃ……ひっ」

   声高に声を上げ、怒りに上げようとした顔が勢いよく正面から掴まれる。

   いつの間にか直ぐ目の前で足を止めていた殺戮者、掴まれた顔が引き寄せられ、赤と黒の左右違う瞳と目が合って、

「——なら、どうしてお前の手は止まってるんだぁ~?」

   悪趣味なほど顔を歪ませ、悪辣に嗤った目の前の顔に告げられる。

   決定的な言葉、言葉と行動との矛盾、裏側が引きずり出される。どれだけ自分が弱いか、どれだけ自分が醜いか、どれだけ自分が他力本願なのか、どれだけ自分が他人に『寄生』しているのか。

——下ろした目線の先、自分の手から癒しの光が消えているのを見て、自分に絶望した。

「こんなの、私……皆を、利用して……いや、いやぁ、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ——!!」

   目端に涙が浮かび、悲痛に歪んで行く顔に溢れた涙が伝っていく。

   色の消えた瞳が此処じゃない何処かを映し、自責の念だけを残し、抜け殻のようにその体から力が抜けて、自己を損失していく。

   自己嫌悪に焼かれ、自分に絶望し、何とも度し難い、自らの醜い部分に自分自身が蝕まれる本末転倒っぷり。あぁ、これも、また——、

「実に良い絶望だ! この世で最も醜い、許しがたい絶望の完成だぁ~」

   口の中で糸を引かせながら、邪悪に悪魔が嗤う。

   そんな目先の世界でさえ、もう雫の視界には映らない。何処までも、何処までも、自分が気持ち悪くて、醜くて、情けなくて仕方がないと、暗い部屋の中で自分を叱咤する。

   だって、今もまだ、望んでしまっている。誰かが助けてくれる、この暗闇に手を差し伸べてくれる、そんなどうしようもない自分は望んでしまう。

   それを望む相手は決まって、たった一人の男の子だ。

「くろ、と」

「あん? だれだ……あぁ、俺を謀ってくれたあのクソガキの名前かぁ。だけどよぉ、お友達がこーんなにやられてもまだ来ねぇ奴だぜ? 来るわけねぇだろ」

「くろと、くろと、くろと、黒兎!」

「うるせぇな、しつけぇぞ。殺されてぇのか?」

「黒兎、黒兎、黒兎黒兎!」

「あぁ、くそ……」

「助けて、黒兎——っ!」

   涙と鼻水で濡れた悲痛な顔で、醜い裏側を表側に曝け出して、助けを叫ぶ。

   みっともなく、どうしようもなく、そんな一人の悲劇のヒロインの額に銃口が被さる。突きつけられ、尚をも助けを懇願する少女を殺戮者が嘲笑って、

「——すまない。名前の主ではないけれど、僕が君を助けるよ」

   声がした。

   途端、命を散らす筈だった雫の体が軽くなって、否、顔を掴まれていた力が急に抜けて——いつの間にか、その体は暖かい香りに支えられていた。

   金の髪を目の高さで揺らす奥、穏やかで、暖かな緑の瞳が雫を見下ろす。

「遅れてすまない。君の友人は、僕の仲間がきっと助けて見せる」

「———」

   目が、離せない。鼓膜を、声が反芻する。止まったと錯覚する世界の中でキラキラと何もかもが煌めいて見える。

——どくんどくん。

   困惑が抜けない。

——どくんどくん。

   胸が煩く高鳴っている。

——どくんどくん。

   何もかもが上書きされて移ろって行く。

——どくんどくん。

   鼓動が止んでくれない。

「貴方の、名前は?」

   これを、この気持ちを、人はなんと言うのだっただろうか。

「僕は、大巳凛。君達と同じように別の世界から来た、転生者だよ」

   そう、この気持ちを人は、一目惚れと言うのだ。

   この瞬間、そう名乗った人物、大巳凛に雫は恋をした。

   助けてくれた王子様と恋をしたお姫様。

——この場に、二人を邪魔するモノは何処にもいない。

   いない。
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