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第1話
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ハメられた、と思った。
「ルイーゼ=リスターク! お前の所業は聞いている。よってルイーゼとの婚約は解消し、新たにシェイラと婚約を結ぶことにした」
学院の広場の中央に立ち、高々と宣言したのは第二王子であるラルカス殿下。
戸惑うざわめきが広場を囲む中、私の向かいに立つお姉様がにやりと笑うのが見えた。
けれど、くすくすと笑うその声は周囲のざわめきに掻き消されて聞こえない。
全てはお姉様が仕組んだことだ。
そのことにラルカス殿下は気が付かない。
「お待ちください、殿下! 私の話を聞いてください!」
私は焦りと腹立ちで唇を噛みしめ、慌てて殿下に向かって声を上げた。
けれど、それはすぐに殿下の厳しい声に遮られた。
「ルイーゼの話など聞くに値しない。私が決意を翻すことは万が一にもありえんからな」
それは絶望の言葉だった。
殿下は唇を歪めて笑った。
「ルイーゼ、お前は私にあれこれうるさいことを言うばかりで、うんざりしていたのだ。そこに数々の悪行を訴えられれば、私に迷う余地はよもやない。あと少しで妃の座に収まれたものを、ここにきて本性を現すとはな。愚かな女だ」
「どうぞ、妹と末永くお幸せに……」
そう言って嫣然と微笑んだのは私の姉、ルイーゼ。
お姉様は自らの悪い噂を流し、婚約者の座から降りたのだ。
私を生贄に差し出すことによって。
完全に嵌められた。
私は殿下の長い腕に庇われたまま、懸命に声を張り上げた。
「違います! 殿下、私はお姉様に虐められたことなどありません! 噂など根も葉もないのです!」
「シェイラ。姉を庇う必要はない。お前は黙って姉の代わりに公爵家の令嬢としての役目を果たせばいいのだ」
絶対イヤ。
悲愴な顔になりつつ唇を噛みしめる私に、殿下は嘲笑うようにくいっと顎をお姉様に向けた。
「あの意地の悪い、狡猾な女の事だぞ? どれも否定できるような話ではないだろうが。そもそも火のないところに煙は立たぬという。ルイーゼに非がなければそんな噂など立つわけもないのだ」
「お姉様が自ら噂を流しただけです! 私は虐められてなどいません」
意地が悪いのと狡猾なのは否定しない。
「そんなことをしてルイーゼになんの得があるというのだ」
まさに今! ものすごくにやにやしてますよ! 殿下の婚約者から解放されて、喜びにあふれてますよ!
振り返って! 殿下、うしろ!
私の必死な目線に気が付いたのか、訝しげに殿下が振り返ると、お姉様は殊勝な顔に戻って俯いた。
絶対笑い堪えてるじゃないですか。
肩が震えてますよ、お姉様!
「ふん。さすがの悪女も婚約者から下ろされこたえているようだな。そうして己の行いを反省するがいい。もうこの決定は覆らないがな」
お姉様が泣いていると思ったのだろう。
殿下はいい気味だとばかりに嘲笑ったけれど、お姉様の思うツボすぎて私は焦りを抑えられなかった。
「待ってください! 陛下は?! 陛下の了承を得なければ、勝手に婚約者をすげかえるなんて」
「問題ない。これは公爵家と国家のつながりのためだからな。姉だろうが妹だろうが、国としてはどちらでも関係がない」
こういうところだよ、ラルカス殿下が嫌いなところは。
人を人とも思ってない。
性格は悪いし、勉強から逃げ回って遊んでばかりいるから頭も悪いし、裏の人間たちと繋がってるし、兄である第一王子の失脚を目論んでるし、それもみんなにほぼバレてるし、女癖も悪くて婚約者がいても女をとっかえひっかえしてるし、およそいいところが皆無なんですもの。
いや、いいところはある。
王家であるがゆえの、見た目。
顔だけが取り柄。
でもこの先に破滅の道しかないとわかっているラルカス殿下と結婚するには顔だけじゃメリットが足りません。
メリットとデメリットの比重がデメリットに傾きすぎているのです。天秤が一方だけ地面にめり込んでいるのです。
誰も殿下の婚約者なんてイヤなんです!
私だってイヤ!!!
……とは言えない私は目まぐるしく思考を巡らせた。
なんとか最悪の事態から逃れなければならない。
どうすれば。何を言えば……!
「ルイーゼ=リスターク! お前の所業は聞いている。よってルイーゼとの婚約は解消し、新たにシェイラと婚約を結ぶことにした」
学院の広場の中央に立ち、高々と宣言したのは第二王子であるラルカス殿下。
戸惑うざわめきが広場を囲む中、私の向かいに立つお姉様がにやりと笑うのが見えた。
けれど、くすくすと笑うその声は周囲のざわめきに掻き消されて聞こえない。
全てはお姉様が仕組んだことだ。
そのことにラルカス殿下は気が付かない。
「お待ちください、殿下! 私の話を聞いてください!」
私は焦りと腹立ちで唇を噛みしめ、慌てて殿下に向かって声を上げた。
けれど、それはすぐに殿下の厳しい声に遮られた。
「ルイーゼの話など聞くに値しない。私が決意を翻すことは万が一にもありえんからな」
それは絶望の言葉だった。
殿下は唇を歪めて笑った。
「ルイーゼ、お前は私にあれこれうるさいことを言うばかりで、うんざりしていたのだ。そこに数々の悪行を訴えられれば、私に迷う余地はよもやない。あと少しで妃の座に収まれたものを、ここにきて本性を現すとはな。愚かな女だ」
「どうぞ、妹と末永くお幸せに……」
そう言って嫣然と微笑んだのは私の姉、ルイーゼ。
お姉様は自らの悪い噂を流し、婚約者の座から降りたのだ。
私を生贄に差し出すことによって。
完全に嵌められた。
私は殿下の長い腕に庇われたまま、懸命に声を張り上げた。
「違います! 殿下、私はお姉様に虐められたことなどありません! 噂など根も葉もないのです!」
「シェイラ。姉を庇う必要はない。お前は黙って姉の代わりに公爵家の令嬢としての役目を果たせばいいのだ」
絶対イヤ。
悲愴な顔になりつつ唇を噛みしめる私に、殿下は嘲笑うようにくいっと顎をお姉様に向けた。
「あの意地の悪い、狡猾な女の事だぞ? どれも否定できるような話ではないだろうが。そもそも火のないところに煙は立たぬという。ルイーゼに非がなければそんな噂など立つわけもないのだ」
「お姉様が自ら噂を流しただけです! 私は虐められてなどいません」
意地が悪いのと狡猾なのは否定しない。
「そんなことをしてルイーゼになんの得があるというのだ」
まさに今! ものすごくにやにやしてますよ! 殿下の婚約者から解放されて、喜びにあふれてますよ!
振り返って! 殿下、うしろ!
私の必死な目線に気が付いたのか、訝しげに殿下が振り返ると、お姉様は殊勝な顔に戻って俯いた。
絶対笑い堪えてるじゃないですか。
肩が震えてますよ、お姉様!
「ふん。さすがの悪女も婚約者から下ろされこたえているようだな。そうして己の行いを反省するがいい。もうこの決定は覆らないがな」
お姉様が泣いていると思ったのだろう。
殿下はいい気味だとばかりに嘲笑ったけれど、お姉様の思うツボすぎて私は焦りを抑えられなかった。
「待ってください! 陛下は?! 陛下の了承を得なければ、勝手に婚約者をすげかえるなんて」
「問題ない。これは公爵家と国家のつながりのためだからな。姉だろうが妹だろうが、国としてはどちらでも関係がない」
こういうところだよ、ラルカス殿下が嫌いなところは。
人を人とも思ってない。
性格は悪いし、勉強から逃げ回って遊んでばかりいるから頭も悪いし、裏の人間たちと繋がってるし、兄である第一王子の失脚を目論んでるし、それもみんなにほぼバレてるし、女癖も悪くて婚約者がいても女をとっかえひっかえしてるし、およそいいところが皆無なんですもの。
いや、いいところはある。
王家であるがゆえの、見た目。
顔だけが取り柄。
でもこの先に破滅の道しかないとわかっているラルカス殿下と結婚するには顔だけじゃメリットが足りません。
メリットとデメリットの比重がデメリットに傾きすぎているのです。天秤が一方だけ地面にめり込んでいるのです。
誰も殿下の婚約者なんてイヤなんです!
私だってイヤ!!!
……とは言えない私は目まぐるしく思考を巡らせた。
なんとか最悪の事態から逃れなければならない。
どうすれば。何を言えば……!
応援ありがとうございます!
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