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第2話

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 起死回生の一言が欲しい。
 けれどそんなものが簡単に思いつくわけもなく、私は必死に言い募るしかなかった。

「私は王子妃教育だって受けておりませんし、姉のような聡明さも小狡さもしたたかさもありません。それで殿下とやっていけるわけがありません!」

「高位貴族であり、口うるさくなく、私に従う人間であればよい」

 そんなことを言う人間に従いたくないからこんなに必死に抗っているのです。

 駄目だ。
 殿下を相手にしていると口から出てはいけないものが出てしまいそうになる。
 私は殿下の長い腕越しに、標的を変えた。

「お姉様! お姉様は婚約破棄されるようなことなど何もしていないではありませんか! 事実を明らかにもせず一方的な婚約破棄を受け入れるだなんて、公爵家の娘がそれでよいのですか?」

「シェイラ。相手はラルカス第二王子殿下よ? それも、殿下を一生支え続ける奴隷……いえ伴侶となる人間を選ぶのですから、殿下のご意思は尊重してしかるべきですわ」

「ほう、珍しく殊勝だな。やっとここにきて心を改めたわけだが、遅すぎたな。しかし今奴隷と言ったか?」

「いいえ? 気のせいですわ」

 殿下。そんなところにだけ気付いても遅すぎるのです。
 既にお姉様にしてやられているのですから。

「殿下のご意思も尊重すべきだとは思います。ですが殿下のやらかし具合は並みの貴族とは次元が違いすぎますし、数が多すぎますし、私にはとても対応しきれないというか、ええとあのあの、私などでは殿下についていけないと……!」

「ついてこなくともよい。妃として城におればよい」

 ますます殿下を嫌いになる。
 話せば話すほど嫌いになる。
 留まるところを知らない。

 呆然と言葉をなくす私に、お姉様はふっと微笑みかけた。

「そんなに先のことまで懸念する必要はないのよ。たとえ婚約者にはなっても、王子妃になるかどうかは誰にもわからないんだから」

「まあ、そうだな。私に、より相応しい縁がこの先現れないとも限らないな」

 殿下がアホで助かりましたけれど、お姉様は「ラルカス殿下が王族のままでいる保証なんてどこにもないんだから」、と言ったのです。
 ラルカス殿下は権力を悪用するばかりで、権力を保持しているがゆえの義務は果たそうとする気がまったくない、ただのクズ、と言って差し支えない。
 そんな人が第一王子を狙っているとなれば、いつ排斥されてもおかしくはない。

 ますますそんな人の婚約者に誰がなりたいと思うだろうか。

「と……、とにかく、私はお姉様のように賢くはありませんし、ただ愚直に生きているだけですもの。殿下をお支えするには明らかに力不足ですわ」

「あらシェイラ。私とて、差し出がましいながらも殿下には何度も諫言を申し上げてきましたけれど、私の言葉など一度として聞き入れていただけたことはありませんもの。私にも無理ですわ」

「長年苦労したお姉様の言葉が届かないのであれば、それよりも若輩である私の言葉など、なお無意味です! 殿下の尊くも小さなお耳に届くはずもありません」

「単純で愚鈍なでんか……いえ、素直な殿下には、同じく素直で御しやすいシェイラがとても合っているかと存じますわ。きっと似た者同士の方が言葉も通じやすいことでしょう」

 さりげなく妹も愚弄していくスタイル。

「今単純で愚鈍と言ったよな? 何やら先程から言葉の選択が下手だな」

 文脈は汲み取れないながら、簡単な単語にだけは敏感に反応する殿下にも、お姉様はにっこりと笑みを返した。

「そんな恐れ多い。愚妹のことがそのように聞こえただけですわ」

 言ったけどね。

 揺らがぬ笑顔一つで押し通すのがお姉様のすごい怖いところ。

「おい。お前たちに言っておくが、あまり思い上がるなよ。どちらも互いを私に相応しいなどと言い合っておるが、私からすればどちらも公爵家の人間だから仕方なく据えただけなのだからな」

 ふん、と口を歪めて冷笑したラルカス殿下に、お姉様と私の頬がぴきり、と引きつった。


 あまり思い上がるなよ! クソ殿下!!


 沸きあがった言葉を思い切り飲み込む。
 そして気が付いた。
 そうだ、怒ることなどないではないか。

 私は腹に力をこめ、笑顔と共に殿下に向かってキリッと告げた。

「殿下に同意いたしますわ。我がリスターク公爵家には殿下に相応しい者はおりません!」

 どやっっ! と言い切った私に、殿下は一瞬面食らったような顔をしたものの、思案するように顎に手を当てた。

「まあ、確かにな。そこに甘んじず、よりふさわしい妃を求めたいところではあるが」

 さすがにお姉様も言い返してはこなかった。
 互いの目的は一致しているのだ。
 敵対するのではなく、協力しあってこの場を切り抜ける方がいいに決まっている。
 むしろ頭のキレるお姉様を味方につけなければ、私がこの場から逃れられる術はない。

「そうですわ。優しさを持ち、前に出ず影から支えてくれて、殿下のこともきちんと敬えるような――」

 言いながら、私はぐるりと周囲を取り巻く人々を見渡した。
 男性たちは気まずげに目をそらし、令嬢たちははっとしたように扇で顔を隠した。

 私の視線を追うようにラルカス殿下の視線もふらりとさまよい始めた時だ。
 慌てたように一つの声が上がった。

「殿下、お取込み中に申し訳ありません。発言をお許しいただけるでしょうか」
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