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第二章 扉をひらく鍵穴を探して
その容貌に背向する過去
しおりを挟むデートの待ち合わせに指定されたのは、郊外のファミレス。 建物を囲むように植えられた木々が、所々で色を変え始めてきている。 夏も終りに差し掛かっていると感じた。
店の前にスペースをとった駐車場に停められている車は2台だけ。 約束の五時を少し過ぎてしまったが、この時間に客は少ない筈だから、少しくらい長居しても店員にお冷や攻勢を受けなくて済みそうだ。
「あれから二週間も経った。 久し振りに会うのだし、透とゆっくりと話をしよう」
彼から指定されていた通り、店の裏口から離れた一番奥まった所に車を停め、助手席とそのダッシュボードの上をチェックしてから車から降りた。
店の前に植わった生け垣の横を通り、入り口のある反対側へ。 店内に入り彼の姿がないか探す。
さっき歩いてきた駐車場に面したテーブルに、白地に水色のストライプが入ったサマーセーターで彼が日差しを眩しそうに受けていた。
「わざわざこんな席に座ら無くても良いのに」
私はシェードを下ろしながら言う。
「だって此処だと彩香様……彩が来るのが見えるからさ」
少しモジモジして答える彼。
(本当に可愛い私の……ド・レ・イ)
ふざけて頭でそう反芻してみる。 この前の断片が過り、背中がゾクッとする。
私はアイスラテを、彼はアイスティーをオーダーした。
ウエートレスがチラリと私を見て、フンという顔をしたがいつもの事なのでしておいた。
「……コレ見て欲しい物が入っているから……」
小声で彼がテーブルの下から、かっちりした黒い紙袋を手渡して来た。 中は何? と中を覗こうすると、後でね、と意味ありげに言う透の声は湿り気を含んでいた。
それから少し沈黙の後に、表情を硬くし、いつもより低い声で、彼が自分の生い立ちを話し始めた。
母親が家族を有する男と不倫の末に孕んだのが自分で、顔も覚える間もなく赤ん坊の頃に引き離され親戚に預けられた。
それは『親も兄弟もいない』と付き合い出した時に聞いてから、私からは話題にしないよう気をつけていた事柄だった。
少ない金額でも母親が送金していた内は、それなりに扱われたが、それが途絶え母が消息を絶った頃からは親戚中たらい回しにされ、厄介者と疎んじられて中学に上がるときには進んで施設に入った。
空調設備も無く、冬は薄い布団に腹を空かせ包まる毎日だったが、追い出される心配をしなくて済むだけ天国だった、と面白くもない本の粗筋を読み上げるように彼は語った。
普通の家庭に育った私には思い及ばず考えてもみることさえ無かったこと。 そういうことが今もこの国で有り得るのだ、と自分の疎さを思った。
「僕は誰にも望まれないで産まれた。 生きる価値が無い人間なのさ」
いつも明るて、何処かしら自信に満ちていた彼がそんなこと言うなんてショックで。 健気で愛おしくて、切なくて。 複雑な思いが交錯して、私は収拾のつかない心持ちになり相槌も打てず切り出す言葉が選べずで。 涙だけがこぼれ落ちた。
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