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第二幕

30.私と一緒に国を出ませんか?

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 回廊を抜けて、神殿へ戻る。祭壇の中央には、美しい銀色の聖杯が輝いていた。かなり高い位置だけど、精霊の剣の使い手であるエルフリーデなら簡単に届く。魔法の痕跡を残さないようお願いしたから、物理的な方法で置いたはず。

「あら、聖杯はあそこにございますわ。見落とされたのではなくて?」

 精霊達が本物の聖杯の上に集う。それこそが証拠だった。私には精霊そのものは見えなくても、強い魔力が聖杯に集まったのは感じられる。それは魔法を使うエルフリーデやテオドールも同様だった。

「そんなはずはっ!」

 叫んだハイエルフの手には、偽物の聖杯が握られている。先ほどまで儀式に使っていた偽物だ。銀色の地金はプラチナ、その上にオリハルコンを混ぜた黄金で飾りがなされている。葡萄に似た植物は、神の酒ソーマの原料であると伝えられてきた。

「嘘だ、さっきはなかった!」

「どういうことなの?」

 他のエルフ達も動揺を隠しきれない。こうなれば、疑惑の目はリュシアンから、偽物だと声高に騒いだハイエルフへ向けられた。

「おかしなこと。偽物の聖杯グラス、とても素敵だわ。お土産にひとつ頂けないかしら」

 ふふっと笑い、偽物をもつハイエルフに手を伸ばす。手の中の偽物を凝視する男に溜め息を吐き、斜め後ろを振り返った。

「無実の方を拘束したままね。拘束を解いて差し上げて。テオドール」

「かしこまりました、お嬢様」

 しずしずとエルフリーデが隣に並ぶのを待って、テオドールが動いた。乱暴な所作はなく、丁寧に拘束の蔦を解く。精霊魔法で傷付けられたリュシアンの姿に、精霊達は悲鳴を上げた。ハイエルフが使った魔法の根源は、精霊達の力だ。

 仲間を傷つけたり裏切る意識のない精霊にとって、ハイエルフ達がリュシアンを拘束し、その蔦で両腕に傷を負わせた事実は許されない行為だ。叫んだ精霊達は、その後一斉に口を噤んだ。これ以上、ハイエルフ達には従わない。強い意志を秘めた抗議だった。

「完全に冤罪ね」

 問い詰める意志を持って穏やかに笑う私の手に、ハイエルフから回収した偽物の聖杯を持たせたエルフリーデが演技を始める。

「怖いですわ。次期代表の座を争う諍いだとしても、このような謀略は精霊を冒涜しています」

 神聖なる儀式を謀略に使った、そう責め立てた。そこへテオドールが穏やかに切り出す。

「この国は危険です。お嬢様、我々は引き上げた方がよいかと……」

「そうね。そこのお方、リュシアン殿だったかしら。追放されてしまったことだし、私と一緒に国を出ませんか?」

 真っ赤に染まった両手首を不思議そうに見つめるリュシアンは、慌てて頷いた。何も言わないよう言い含めたため、首を縦に振ることで同意を示す。本当に優秀だわ。これだけ混乱した場で、ちゃんと己の立ち位置と役割を覚えているんだもの。

 テオドールの手を取って近づき、微笑んでその手をリュシアンに差し出す。彼は躊躇なく受けた。その金色の瞳に浮かんだ覚悟は本物だ。

「ま、待て! リュシアン、誤解があった」

「そうだ、運の悪い誤解だ。戻ってこい」

「外の世界はエルフには危険よ」

 口々に引き留めるかつての仲間を見て、リュシアンは微笑んだ。その儚くも美しい微笑みに、ほっとしたハイエルフ達だが……彼の覚悟は決まっていた。歩き出す私の手を離さず、踵を返して歩き出す。一言も残さず、もう一瞥すらくれなかった。
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