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第九幕

310.魔王の威を借るのも立派な戦い方よ

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 そんな馬鹿な、動いた口の動きはこんな感じかしら。崩れ落ちたハイエルフは、美貌を台無しにする表情を浮かべた。悔しさと焦燥、混乱……入り混じった感情が顔を醜く歪めていく。

 意地悪いけれど、この顔が見たかったの。『聖杯物語』を読んだ時から、ハイエルフが気に食わなかった。傲慢で愚かで先読みが出来ないくせに、精霊に頼って生き延びる。まるで寄生虫のような存在に、吐き気がしたわ。

 挿し絵で幼く見えるリュシアンを取り押さえる場面があった。もし物語を改変しなければ、あれが現実になっていたのよ。想像だけで恐ろしい。聖杯があれば精霊が力を貸す。ただの目印に固執し、大局を見通せない愚者の国――物語で描かれないとしても近く滅びたでしょうね。

「何度も忠告はしたわ。リュシアンの言葉を聞くようなら、温情を与えるつもりだったの。でも無駄だったようね」

 煮湯を飲まされてきた各国の王族や外交官の前で、精霊の加護が消えたことを明言した。それもハイエルフの次期長老候補だったリュシアンが、よ? ここが重要なの。彼が言い切ったことで、嘘ならば精霊が騒ぐ。しかし何も起きなかった。

 真実が肯定された瞬間だわ。聞き耳を立てていた来賓や貴族が静まり返る。聞き逃さないよう注目する彼らの前で、私は宣言した。

「アルストロメリア聖国は、もう精霊魔法を使うことは出来ない。けれど、攻め込んでの略奪は私が許さないわ」

 庇護するような響きに聞こえるでしょう? 慈悲深い次期女王と勘違いするがいいわ。

「彼の国には……ゆっくり朽ちていって欲しいの。魔国バルバストルの国王ユーグ陛下も、そうお望みよ」

 私の目を掻い潜ろうとしても、魔国が控えている。さらに脅しをかけた。同時に、私は魔国の王と繋がりがあることを知らしめる。勝手に名前を使ったけれど、このくらい許して欲しいわね。リュシアンの勇姿を見るため駆けつけた彼を、見逃してあげたんだもの。

 他国の使者に化けて入り込んだユーグの目をしっかり見てから微笑んだ。するりと視線を逸らす。テオドールはピリピリしているけれど、大丈夫よ。ここで襲う愚かな魔王ではないわ。

「ローゼンミュラー王太女殿下の未来に幸いあれ」

 上がった声に拍手が重なり、精霊に拘束されたイレネーとモーリスが引き摺られていく。一段落したわね、そう思った私の耳に忠告が届いた。

「危ないっ!」

「御前、失礼する」

 叫んだのはカールお兄様で、続いた声は抜いたままの剣を振るったエルフリーデだった。テオドールに抱き込まれ、私は姿勢を低くする。何かが突き刺さる音がした。

 テオドールの腕の中で、ひとつ大きく息を吸う。私を狙ったのね? 愚かにも程があるわ。逆に度胸だけは立派なのかしら。

「うわぁあ!」

「っ、痛い」

 叫ぶハイエルフの声は聞こえるが、テオドールが顔を上げさせてくれない。ようやく許されたのは、二人が広間の外へ連れ出された後だった。

 これで本当に終わり。すでに一部の賢いハイエルフは国を捨てた。残ったエルフも散り散りになり、徐々に人族に紛れていくはずよ。結局、混血可能な人族が最後に生き残るのね。しぶとさは他種族の比じゃないもの。

「テオ?」

「もう大丈夫ですね。大変失礼いたしました」

「……髪が乱れてしまったわ」

 溜め息を吐いた私の後ろで、クリスティーネが苦笑いする。彼女は咄嗟にベビーベッドに覆い被さり、ヴィンフリーゼを守っていた。
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