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第十幕
365.私を見定めようとしているの?
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子どもの順応力って凄いわね。私達が果物を摘む頃には、すっかり仲良しだった。テオドールは玩具をいくつも用意しているが、どれも柔らかな素材ばかり。口に入らない大きさ、角のない作りだ。
「そんな玩具あったかしら」
作らせた覚えがない玩具に首を傾げれば、女王陛下からの贈り物らしい。それは私が知らないわけね。未来の王太女へ、現在の女王が届けたので、私を経由しなかった。
二人で転がったり、玩具のボールを投げ合ったりしているので、テオドールに子守りを任せる。意外なことに、万能っぽいこの男が幼児にどう接していいか、混乱するのよね。でも彼の子でもあるのだから、きちんと相手をして欲しいわ。
「一番可愛い時期ですわね。歩き始めて悪戯をして、でも大したことは出来なくて。失敗する姿も愛おしいと目を細めるばかりです」
微笑む公爵夫人の口ぶりに疑問を感じて尋ねれば、彼女は長女で歳の離れた弟妹が三人もいた。彼や彼女らの面倒を見たので、自然と子ども慣れしている。貴族令嬢には珍しいわ。一般的には侍女や乳母がいるもの。
「夫は隠しておけと言うのですが、心苦しいので……お話しします。私は裕福な商人の家で育ちました。ずっと平民だと思っていたのです」
バッハシュタイン公爵夫人には、噂があった。実は下級貴族の令嬢だったのでは? という疑惑だ。社交界にあまり出てこないのも、そのせいだと言われてきた。
バッハシュタイン公爵が口を噤んだので、真偽のほどは不明とされている。しかし王家は当然、報告を受けた。
「知っているわ。オストヴァルド侯爵夫人の事故ね」
バッハシュタイン公爵家を支えるオストヴァルド侯爵夫人は、ある夜会の帰りに事故に遭った。馬車が崖から落ち、護衛も含めて十人近い犠牲者を出したのだ。その事故は本当に偶然だった。
夫君が救出されたのは翌朝、だが被害者の中に夫人の姿は見つからない。共に落下したのは間違いなく、誰もが夫人も同行していたと証言した。助けが来るまでの一晩、血の匂いに惹かれた狼の襲来を受けている。群れで襲われ、助かった護衛の一部と侍女がここで命を落とした。
もしかしたら狼に襲撃されたのか。連れ去られたのでは? 様々な憶測があったが、それから十五年もの間、オストヴァルド侯爵夫人は見つからなかった。偶然発見された彼女は、別の男の妻になっていたのだ。
「あの日、狼に襲われた母は侍女に庇われながら逃げ、通りがかった商隊に助けられました。その時お腹にいたのが私です」
オストヴァルド侯爵夫人は衝撃で記憶を失くしており、彼女に一目惚れした商人は保護して後に結婚した。生さぬ仲のマルグリッドを可愛がり、やがて二人の間にも子が生まれた。
「あれは悲劇だったわ。オストヴァルド侯爵家が実家なのね」
「はい、嫁ぐ際にシュレーゲル侯爵家と養子縁組しております」
表面上を取り繕い、バッハシュタイン公爵は噂から彼女を守った。狼の子なんて酷い噂もあったくらいだもの。記憶が戻らぬまま、オストヴァルド侯爵夫人は気を病んで亡くなった。
「知っています。女王陛下と王配殿下、それに私は報告書を読んでいるわ。お兄様もおそらく」
安く薄っぺらい同情は口にしない。代わりに事実だけを返し、私は様子を窺った。彼女の意図は明確だった。
「ご存じなら早いです。このような女が、王太女殿下と親しくすることは許され……」
「私が許します。この国の女王として立つ、このブリュンヒルト・ローゼンミュラーの許可では、不満かしら」
ただの卑屈が口にした言葉ではない。彼女は己を恥じていないのだから。ならばこれは、ひとつの試金石のつもり?
「そんな玩具あったかしら」
作らせた覚えがない玩具に首を傾げれば、女王陛下からの贈り物らしい。それは私が知らないわけね。未来の王太女へ、現在の女王が届けたので、私を経由しなかった。
二人で転がったり、玩具のボールを投げ合ったりしているので、テオドールに子守りを任せる。意外なことに、万能っぽいこの男が幼児にどう接していいか、混乱するのよね。でも彼の子でもあるのだから、きちんと相手をして欲しいわ。
「一番可愛い時期ですわね。歩き始めて悪戯をして、でも大したことは出来なくて。失敗する姿も愛おしいと目を細めるばかりです」
微笑む公爵夫人の口ぶりに疑問を感じて尋ねれば、彼女は長女で歳の離れた弟妹が三人もいた。彼や彼女らの面倒を見たので、自然と子ども慣れしている。貴族令嬢には珍しいわ。一般的には侍女や乳母がいるもの。
「夫は隠しておけと言うのですが、心苦しいので……お話しします。私は裕福な商人の家で育ちました。ずっと平民だと思っていたのです」
バッハシュタイン公爵夫人には、噂があった。実は下級貴族の令嬢だったのでは? という疑惑だ。社交界にあまり出てこないのも、そのせいだと言われてきた。
バッハシュタイン公爵が口を噤んだので、真偽のほどは不明とされている。しかし王家は当然、報告を受けた。
「知っているわ。オストヴァルド侯爵夫人の事故ね」
バッハシュタイン公爵家を支えるオストヴァルド侯爵夫人は、ある夜会の帰りに事故に遭った。馬車が崖から落ち、護衛も含めて十人近い犠牲者を出したのだ。その事故は本当に偶然だった。
夫君が救出されたのは翌朝、だが被害者の中に夫人の姿は見つからない。共に落下したのは間違いなく、誰もが夫人も同行していたと証言した。助けが来るまでの一晩、血の匂いに惹かれた狼の襲来を受けている。群れで襲われ、助かった護衛の一部と侍女がここで命を落とした。
もしかしたら狼に襲撃されたのか。連れ去られたのでは? 様々な憶測があったが、それから十五年もの間、オストヴァルド侯爵夫人は見つからなかった。偶然発見された彼女は、別の男の妻になっていたのだ。
「あの日、狼に襲われた母は侍女に庇われながら逃げ、通りがかった商隊に助けられました。その時お腹にいたのが私です」
オストヴァルド侯爵夫人は衝撃で記憶を失くしており、彼女に一目惚れした商人は保護して後に結婚した。生さぬ仲のマルグリッドを可愛がり、やがて二人の間にも子が生まれた。
「あれは悲劇だったわ。オストヴァルド侯爵家が実家なのね」
「はい、嫁ぐ際にシュレーゲル侯爵家と養子縁組しております」
表面上を取り繕い、バッハシュタイン公爵は噂から彼女を守った。狼の子なんて酷い噂もあったくらいだもの。記憶が戻らぬまま、オストヴァルド侯爵夫人は気を病んで亡くなった。
「知っています。女王陛下と王配殿下、それに私は報告書を読んでいるわ。お兄様もおそらく」
安く薄っぺらい同情は口にしない。代わりに事実だけを返し、私は様子を窺った。彼女の意図は明確だった。
「ご存じなら早いです。このような女が、王太女殿下と親しくすることは許され……」
「私が許します。この国の女王として立つ、このブリュンヒルト・ローゼンミュラーの許可では、不満かしら」
ただの卑屈が口にした言葉ではない。彼女は己を恥じていないのだから。ならばこれは、ひとつの試金石のつもり?
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