上 下
33 / 92
第4章 奪われる恐怖

33

しおりを挟む
※流血表現があります。
***************************************







「……くっ」

 噛み締めて殺した声が、吐息に混じって零れ落ちる。ぎっと睨み付けた先で、男がびくりと肩を震わせた。

 ゆらりと立ち上がったライアンの手が、男へ伸ばされる。青紫の瞳は暗くかげり、普段の彼が嘘のように酷薄な色を浮かべていた。口元に薄く笑みが浮かび、男は怯えて動けなくなる。

「あがっ……」

 首を掴むと、徐々に指先に力を入れた。呼吸が引き攣れて暴れる男の指がライアンの腕に食い込み、引き裂いて血を滲ませる。ぽたりと赤い血が金髪を汚した。

「邪魔すんなよ」

 ゴキッと嫌な音がして、男の全身が弛緩した。ナイフを使わずに奪った命に見向きもせず、ライアンは無造作に男の死体を床に落とす。そのまま膝を付いて、背中を傷つけたナイフを引き抜いた。小太りのハンターの腹に刺した筈の、自分のナイフだと知り、足元の床へ突き立てた。

「……これはっ」

 目の前の惨状に声を失い、慌てて槍の状況を確認する。アイザックは荒い呼吸ながら、不死の血を持つ為か、すぐ死に至る状況ではなさそうだ。だが、シリルは……傷つけられた肩からの出血が多すぎた。すぐに止血してやらないと危ない。

「ライアンッ、これは!?」

 飛び込んだリスキアは返り血に濡れた三日月型の青龍刀を片手に、3人の下へ駆け寄った。目を見開くリスキアの驚愕と心配の表情に、ライアンは唇を噛む。

 長身のアイザックの背中や腕に、かなり深い切り傷が残っていた。彼は約束を守ってくれたのだろう。ハンターが傷つけようとした刃を、己の身を挺してシリルを庇ってくれた。その心に報いる為にも、何よりも自分自身の為に、シリルを失う訳にいかない。

「悪い、リスキア。今は一刻を争う」

 謝罪は後だと告げるライアンに、当然だとリスキアも頷いた。

「アイザック、我慢できるか?」

 痛みに濁った緑の瞳が薄ら開き、小さな頷きが返された。自分も辛いだろうに、吸血鬼であるシリルの身を案じてくれる同族に、ライアンはアイザックの背から注意深く槍を引き抜く。

「……ッ」

 途端に濃くなる血の匂いに、ライアンはひざまずいて細身の少年を抱え上げた。腕の中でぐったりと青ざめた顔で目を閉じたシリルの肌は、完全に血の気を失っている。出血量が多すぎるのだ。ほぼ凝固し始めている傷口の近くをきつく縛って止血し、先ほど足元に突き立てたナイフを拾い上げた。

「大丈夫か? アイザック」

「……ああ」

 守り切れなくて済まない。そう視線で告げるアイザックの傷は酷く、ただの人間ならば、とうに命を失っていただろう。しかし、生まれついての不死の民ではなくても、彼の体にはライアンと同じ種族の血が流れている。それが彼の命を繋ぎとめていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

人形と皇子

BL / 連載中 24h.ポイント:11,765pt お気に入り:4,348

【完結】悪の華は死に戻りを希望しない

BL / 完結 24h.ポイント:1,590pt お気に入り:1,530

幼馴染に色々と奪われましたが、もう負けません!

BL / 完結 24h.ポイント:397pt お気に入り:4,346

【完結】僕の大事な魔王様

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:415

極道恋事情

BL / 連載中 24h.ポイント:2,239pt お気に入り:778

処理中です...