86 / 214
85.すごくいけないことをしたの?
しおりを挟む
いろんな文字を習った。計算する時の字もあるし、文章を作る字もある。それから記号もあるんだよ。がりがりと黒い板に文字を書くたび、プルソン達が褒める。パパも優しく撫でてくれた。
文字を書きながら、読み方を覚える。声に出した通りに文字を書くから、すぐに僕も短い言葉を書けるようになった。名前と同じで、同じ発音だと一緒の文字を使うの。セーレも書けるから、次はプルソンの名前を書こう。がりがりと白い棒で書いていく。隣の見本と違う形だね。
消して書き直していると、知らない人が部屋に入ってきた。紙の束を持ってるから、お仕事かな。
「こんにちは」
「こんにちは、カリス様」
優しく挨拶を返してくれた。僕はお勉強を続ける。お仕事でパパに会いにきたのに、僕が邪魔しちゃダメだから。白い棒が短くなってきたな。交換してもらおうと顔を上げたら、さっきの人がパパと怖い顔で話し合ってた。プルソンやアガレスも一緒だ。どうしよう。
白い棒がしまってあるのは、アガレスの机の横にある引き出しの中だけど。勝手に出してもいいのかな。でもお話の邪魔は出来ない。きっと難しい相談してるんだよ。目と目の間に皺が出来てるもん。こっそり僕は椅子から降りて、棚に向かった。引き出しは僕の頭くらいの高さにある。手を伸ばして引っ張るけど、うまく行かなくて。
あっ、抜けちゃう。いきなり引き出しがすぽんと出てきて、僕は後ろに転んだ。上から引き出しが落ちてくるのを、驚いて見ていた。ぶつかると痛いかも。頭を腕で抱えたら、先に僕が抱っこされた。
がしゃんと何かが落ちる音がする。でも痛くなくて、抱っこする腕を見上げた。
「こら、カリス。危険だから、高い場所の引き出しはダメだと言っただろう」
パパだ。
「ごめんなさい。お話の邪魔したくなかったの」
「もう話は終わりだ。何が欲しかったんだ?」
「白い棒」
「プルソン、準備してくれ」
「はい。目を離してしまい、申し訳ございません」
僕のせいでプルソンが謝った。すごく悪いことをしたのかも。アガレスは驚いた顔で何も言わないし、プルソンは頭を下げてる。どうしよう、僕……すごくいけないことをしたんだ!
ひゅっと息が変な音を立てて、苦しくなる。涙がぽろぽろと溢れた。縦に抱っこしたパパの手が、僕の背中を優しく撫でる。上から下へ、ゆっくりと何度も。落ち着いてきた僕を膝に乗せて、パパも座った。
正面からパパと向かい合う形で、僕は両手両足で抱きつく。
「落ち着いたか? びっくりしたな。もう大丈夫だ」
パパが何か合図したのか、皆で部屋を出ていった。僕とパパだけになる。
「何がそんなに怖かった?」
「僕が悪いことして、すごくいけなくて……だから、嫌われちゃう」
「嫌うことはないぞ。もし俺がお茶を溢したら、カリスは俺を嫌うのか」
首を勢いよく横に振る。首が取れそうなくらい、何度も振った。ふらふらする。僕を受け止めたパパが、ゆっくり話をした。その優しい声と温かい手が嬉しい。
「カリスが失敗をするのは当然だ。まだ子どもだからな。いっぱい失敗をして、徐々に上手になっていく。俺もアガレスも、プルソンやマルバスだってそうだぞ」
「パパも?」
「ああ、いっぱい失敗をした。さっきの引き出しは危なかったな、頭に大きいコブが出来るところだったぞ。次からどうする?」
「パパかアガレスに頼む」
「そうだな、プルソンでもいい。近くにいる大人に頼む。そうしたら次は危なくないだろう? カリスが大きくなったら、他の小さな子を手伝ってあげるといい。順番だ」
順番……今は僕は何も出来なくて、いっぱい大切にしてもらってる。だから僕が大きくなったら、次は小さな子に同じことをする。その子もきっと喜ぶよ。
「そうだ。カリスは賢い」
パパは僕を抱っこしたまま、背中を撫で続けた。本当はお仕事あるからいいよ、って言いたいけど……今日だけね。このままぎゅっとしてて欲しかった。パパは何も言わなかったけど、僕を抱っこする手は温かくて優しい。大好き。
文字を書きながら、読み方を覚える。声に出した通りに文字を書くから、すぐに僕も短い言葉を書けるようになった。名前と同じで、同じ発音だと一緒の文字を使うの。セーレも書けるから、次はプルソンの名前を書こう。がりがりと白い棒で書いていく。隣の見本と違う形だね。
消して書き直していると、知らない人が部屋に入ってきた。紙の束を持ってるから、お仕事かな。
「こんにちは」
「こんにちは、カリス様」
優しく挨拶を返してくれた。僕はお勉強を続ける。お仕事でパパに会いにきたのに、僕が邪魔しちゃダメだから。白い棒が短くなってきたな。交換してもらおうと顔を上げたら、さっきの人がパパと怖い顔で話し合ってた。プルソンやアガレスも一緒だ。どうしよう。
白い棒がしまってあるのは、アガレスの机の横にある引き出しの中だけど。勝手に出してもいいのかな。でもお話の邪魔は出来ない。きっと難しい相談してるんだよ。目と目の間に皺が出来てるもん。こっそり僕は椅子から降りて、棚に向かった。引き出しは僕の頭くらいの高さにある。手を伸ばして引っ張るけど、うまく行かなくて。
あっ、抜けちゃう。いきなり引き出しがすぽんと出てきて、僕は後ろに転んだ。上から引き出しが落ちてくるのを、驚いて見ていた。ぶつかると痛いかも。頭を腕で抱えたら、先に僕が抱っこされた。
がしゃんと何かが落ちる音がする。でも痛くなくて、抱っこする腕を見上げた。
「こら、カリス。危険だから、高い場所の引き出しはダメだと言っただろう」
パパだ。
「ごめんなさい。お話の邪魔したくなかったの」
「もう話は終わりだ。何が欲しかったんだ?」
「白い棒」
「プルソン、準備してくれ」
「はい。目を離してしまい、申し訳ございません」
僕のせいでプルソンが謝った。すごく悪いことをしたのかも。アガレスは驚いた顔で何も言わないし、プルソンは頭を下げてる。どうしよう、僕……すごくいけないことをしたんだ!
ひゅっと息が変な音を立てて、苦しくなる。涙がぽろぽろと溢れた。縦に抱っこしたパパの手が、僕の背中を優しく撫でる。上から下へ、ゆっくりと何度も。落ち着いてきた僕を膝に乗せて、パパも座った。
正面からパパと向かい合う形で、僕は両手両足で抱きつく。
「落ち着いたか? びっくりしたな。もう大丈夫だ」
パパが何か合図したのか、皆で部屋を出ていった。僕とパパだけになる。
「何がそんなに怖かった?」
「僕が悪いことして、すごくいけなくて……だから、嫌われちゃう」
「嫌うことはないぞ。もし俺がお茶を溢したら、カリスは俺を嫌うのか」
首を勢いよく横に振る。首が取れそうなくらい、何度も振った。ふらふらする。僕を受け止めたパパが、ゆっくり話をした。その優しい声と温かい手が嬉しい。
「カリスが失敗をするのは当然だ。まだ子どもだからな。いっぱい失敗をして、徐々に上手になっていく。俺もアガレスも、プルソンやマルバスだってそうだぞ」
「パパも?」
「ああ、いっぱい失敗をした。さっきの引き出しは危なかったな、頭に大きいコブが出来るところだったぞ。次からどうする?」
「パパかアガレスに頼む」
「そうだな、プルソンでもいい。近くにいる大人に頼む。そうしたら次は危なくないだろう? カリスが大きくなったら、他の小さな子を手伝ってあげるといい。順番だ」
順番……今は僕は何も出来なくて、いっぱい大切にしてもらってる。だから僕が大きくなったら、次は小さな子に同じことをする。その子もきっと喜ぶよ。
「そうだ。カリスは賢い」
パパは僕を抱っこしたまま、背中を撫で続けた。本当はお仕事あるからいいよ、って言いたいけど……今日だけね。このままぎゅっとしてて欲しかった。パパは何も言わなかったけど、僕を抱っこする手は温かくて優しい。大好き。
178
あなたにおすすめの小説
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる