上 下
265 / 438
第9章 支配者の見る景色

263.魔王を狙う駆け引きは不要だった

しおりを挟む
 アースティルティトは青紫のドレスの裾を捌き、国王一行を案内する。その後ろで、ククルが目を潤ませた。美しい同僚の後姿は足元まで整えられ、自分達のような不調は見受けられない。

「無事でよかった」

「結構大変だったんだ、魔力足りなくてね」

「陛下にお願いしちゃった」

 バアルとアナトが内緒話の要領で、こそこそ教えてくれる。後ろから話を聞くため首を突っ込んだリリアーナが「ふーん」と首をかしげる。話の内容が良く理解できていないのだ。

「ああ、リリーは分からないね。アスタルテは、魔王陛下の側近だよ。私と同じく、向こうの世界から追いかけてきたの」

 仮死状態にしたのも吸血鬼の彼女なのだと説明され、リリアーナはもっとも聞きたい部分だけを直球で尋ねた。

「サタン様の正妻なの?」

「違う。あの人はすごく近くにいるけど、妻にはならない」

 バアルが確信をもって断言した。以前同じ質問をアースティルティトへ向けたアナトも、肩を竦めてから同意する。

「ずっと一緒にいたから、姉弟みたいな関係だって言ってたわ。恋愛感情はないのよ」

 ほっとした安堵の表情を隠そうともしないリリアーナが、ゆらりと尻尾を揺らす。機嫌が直った彼女の現金さにくすくす笑いながら、3人はそっと打ち明けた。

「実はね、陛下って恋愛したことないよ。私はアナトがいない人生なんて考えられないけど」

「陛下に恋人いなかったものね。私もバアルが一番ね」

「父であり兄であり、大事な師匠だが……恋人は別の人がいいな」

 バアル、アナト、ククルがそれぞれに立場を表明する。双子神は互いを一番と認識しているため、二番目に好きな魔王を追いかけた。それは恋愛より親子や家族の感情に近い執着だ。居心地よい空間を保つために、魔王サタンは必要だった。

 ククルも似たようなもので、幼女趣味だと揶揄う魔族の発言をよく潰してきた。彼女にとって育ての親サタンは最上の位置にいる。しかし恋人とは違うのだ。甘えさせてくれるが、どこまで行っても親でしかない。結婚して番になり、子供を作ると考えると違和感があった。

「え? みんな、サタン様狙ってないの? 私はハーレム作るんだと思ってた」

「ああ、そっか。リリーはドラゴンだから、ハーレム当たり前だっけ」

 外部から来た同性に嫉妬もせず寛容だと思っていたが、ドラゴン種の雄はハーレムを作る。雌はそれに従うのが当然なので、違和感を持たずに受け入れたのだと気づく。よしよしと金髪を撫でて、ククルは笑った。

「私たちは全員、陛下の妻や恋人の座は狙ってないよ。だから安心して」

「そうそう、前の世界でも勘違いされたよね」

「僕は一応男なのにさ、見た目や口調で判断されて迷惑だった」

 アナトとバアルも賛同したので、徐々にリリアーナの機嫌が上昇する。先ほどの謝罪も隣に立つことを許してくれた。やっぱり正妻は自分で決まり――リリアーナは笑顔で駆け出そうとして、ロゼマリアに腕を掴まれた。

「よかったわ。リリー様も……皆様も着替えるから来て」

 キララウス国王を案内するアースティルティトはちらりと視線を向けるが、押しの強いロゼマリアに連れ去られる子供達を見送った。そのまま大きな扉の前に立ち、ゆっくりと押し開く。軋み音もなく開いた扉の先の玉座に、すでに着座して待つ魔王の姿があった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたのために死ぬ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:444

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,086

おしがま女子をつける話

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:7

冒険がしたい創造スキル持ちの転生者

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,012pt お気に入り:9,017

白家の冷酷若様に転生してしまった

BL / 完結 24h.ポイント:1,540pt お気に入り:1,282

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,587pt お気に入り:9,133

蜂の勘違い

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...