もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

文字の大きさ
21 / 76
第一章 今生の出会い

20 バラの行方(1)

しおりを挟む
「やぁ、ヨルナ殿。それは?」

「ごきげんよう、サジェス殿下。王妃様より申しつかりました。王子様がたにお渡しするようにと」

「ははーん……なるほど」


 意味深に託された“王妃のバラ”。
 当然だが、マーロン夫人の案内で最初に届けに上がった相手は、第一王子のサジェスだった。

 私室を訪ねたところ、侍従に通された小客間ではサジェスが長椅子に身を横たえ、かなり寛いだ様子でいた。ひょっとしたら、うたた寝中だったのかもしれない。
 クッションに預けて半身を起こしているものの、派手やかな緋色の髪は今はほどかれ、胸下まで緩く波打っている。
 予定していた公務が中断したためだろうか。王妃同様、少しくだけた佇まい。男性らしい直線的な眉の下、紫の瞳は和らいでいる。

 ちょいちょい、と指で招かれたヨルナは首を傾げつつ近寄った。「棘にお気をつけて」と、白いリボンで一纏ひとまとめにしただけの花束ブーケを手渡す。

 王子は、熟れた林檎色のバラに顔を寄せて香りを楽しんでいた。

「名前は忘れたけど、たしか食べられる種類だな……ジャムや菓子に練り込んでもいいが、飴細工にしても美味うまいはず。厨房で姿のいいバラ飴にしてもらうよ。ありがとう」

「いえ」

 にこり、と微笑んだ顔が見たことがないほど柔らかかったので、反射でヨルナはどきっとした。
 気のせいでなければ、思い出している表情かおだった。
(バラ飴なら、きちんと梱包すれば花の形で長持ちする……。遠方のどなたかへのお土産とか、贈り物にも適してるわ)

 脳裡をよぎったのは確信に似た閃き。
 するん、と問いが口からこぼれてしまう。

「お好きなかたに、差し上げられるのですか?」

「うん。……おや、顔に出てたかな」

「何となく」

 にや、と笑みを浮かべたサジェスは機敏な仕草で立ち上がり、すたすたと歩んで部屋の端に控えていた侍従に花束を渡した。
 「料理長に」「御意」と短いやり取りを終えたあと、くるりと振り向く。部屋の中央に取り残されたヨルナを見つめると、朗らかに誘いかけた。

「おいで。“カリストの銀の姫”。これから弟たちにも配るのだろう? 物騒だから、俺が護衛役に付いていってあげよう」



   *   *   *



 ――夫人はいいよ。お帰り。
 と、随分とはっきりお目付け役を追い払った第一王子は、嬉々と小柄な公爵令嬢を連れて歩く。
 むやみに手をとることはしない。あくまで道案内。
 真紅の絨毯が敷かれた歩廊を脇に逸れ、恭しく礼をとっていた女官に軽い調子で声をかける。

「トールは? 部屋かな。出かけてないよね」
「はい」
「そうか。いなくても良かったのに」
「……は?」
「何でもない。こっちのことだ」

「…………殿下」

 ヨルナは目の前の高い上背の後ろ頭を、じろりと睨んだ。どうしてだろう。ロザリンドほどではないが、この御仁もひどくイタズラな気配がする。

「ちゃんと弟君の元へお連れくださいね? 王妃様に叱られてしまいます」

「あぁ。もちろん協力するよヨルナ殿」

 にこにこ、にこにこと可愛らしく微笑んでいるが一筋縄ではゆかなさそうな案配あんばいだった。仕方なくため息をついたヨルナは大人しくその背に従う。

「物騒って。『何が』なのです? お見かけしたところ、トール殿下もアス……トラッド殿下も、お優しそうでした」

「それを本気で言っちゃうところが可愛らしいね、銀の姫」

「サジェス様!」

 ゆったりと歩いてはくれているが、どうしても足の長さからして違いすぎる。
 気が急いてしまって小走りになりつつあるヨルナは、つい大声で王子を呼びつけてしまった。

 幸い周囲に使用人のたぐいは居らず、慌てて口をつぐむ。
 くすくす、とどちらかに大切な女性かたを隠しているらしいサジェスは、楽しそうに呟いた。

「トールも、アーシュも、なのは見た目だけだと思うけどねぇ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...