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27 熊を殺した女
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スヴェトラーナは無限なる図書館でリュドミラ・メドヴェージェフを主人公とする物語も読んだ。
彼女が熊夫人――メドヴェージェフと呼ばれるようになった経緯が詳細に語られていた。
リュドミラは確かに女傑だった。
彼女は妖精の血を引き、あやかしとしての高い素質を持つ強い肉体を有している。
熊を素手で倒した話も絵空事ではなく、実際にあった話である。
だが、リュドミラにとってはその程度のことなのだ。
熊殺しだけでは逸話にすら入らない。
彼女が殺した熊は熊は熊でも森に棲む野生動物の類を指していない。
かつてリューリクには熊の異名を持つ男マクシムがいた。
マクシムは政界に確かな地盤を築いた議会の大物だった。
裏では反社会的な勢力と繋がっており、様々な悪事に手を染めていた。
彼の意見に逆らった者が突如として方針を転向し、不自然なほどにマクシムに追従する態度を見せるようになる。
これくらいは序の口だった。
中には失踪したり、不審な死を遂げた者すらいたのである。
象徴的な存在とはいえ、国家元首である公王さえもが男の顔色を窺った。
事実上、マクシムの天下だった。
そのマクシムが急死した。
表向きには急性心不全と公表されたが、事実は異なる。
マクシムは見るも無残な惨殺死体となって、自室で事切れていたのだ。
体は壁に十字架を象った姿で晒されていた。
手足の甲が太い釘で打ち付けてあり、さながら殉教者のようにも見えるが本来あるべき頭がない。
首は机の上に置かれていたのである。
きれいに切断されたとしか、言いようがない手口だった。
その顔はありえないほどに引き攣ったものだ。
余程、恐ろしい物を見たのか、されたとしか思えなかった。
マクシムは用心深いことでもつとに有名だった。
屈強なボディガードを幾人も雇い、屋敷には幾重にも厳重な警備網が敷かれていた。
だがその尽くが無力化され、あるいは放置された状態で発見された。
実に見事な暗殺劇だったのだ。
この暗殺を成し遂げたのがリュドミラという女である。
黒い革のボディスーツに身を包み、闇夜に紛れて、標的を屠る腕利きの暗殺者。
それが彼女の正体だ。
彼女に依頼したのは国の未来を憂いた少壮気鋭の議員だった。
その名はマルコヴィチ・ポポフスキー。
諸悪の根源とされるマルコヴィチ・ポポフスキーがまだ、理想を信じる純粋な若者だった頃の話である。
若き頃のマルコヴィチにはまだ、人の心があったらしい。
マクシムの遺児を憐れに思い、引き取ったのだ。
それがボリスだった。
肉親を奪った原因が己であると罪悪感に駆られての偽善と取られてもおかしくはない行動だが、当時のマルコヴィチはそれが正しいことだと信じていたようだ。
そして、ボリスを実際に育てたのはポポフスキーの家ではない。
リュドミラがボリスの育ての親だった。
「ボリスのところまで連れて行ってくださいません?」
心の動きを全く、見せない冷たい色を瞳に浮かべ、怪しく微笑むスヴェトラーナに気圧され、リュドミラはただ黙って頷く他なかった。
彼女が熊夫人――メドヴェージェフと呼ばれるようになった経緯が詳細に語られていた。
リュドミラは確かに女傑だった。
彼女は妖精の血を引き、あやかしとしての高い素質を持つ強い肉体を有している。
熊を素手で倒した話も絵空事ではなく、実際にあった話である。
だが、リュドミラにとってはその程度のことなのだ。
熊殺しだけでは逸話にすら入らない。
彼女が殺した熊は熊は熊でも森に棲む野生動物の類を指していない。
かつてリューリクには熊の異名を持つ男マクシムがいた。
マクシムは政界に確かな地盤を築いた議会の大物だった。
裏では反社会的な勢力と繋がっており、様々な悪事に手を染めていた。
彼の意見に逆らった者が突如として方針を転向し、不自然なほどにマクシムに追従する態度を見せるようになる。
これくらいは序の口だった。
中には失踪したり、不審な死を遂げた者すらいたのである。
象徴的な存在とはいえ、国家元首である公王さえもが男の顔色を窺った。
事実上、マクシムの天下だった。
そのマクシムが急死した。
表向きには急性心不全と公表されたが、事実は異なる。
マクシムは見るも無残な惨殺死体となって、自室で事切れていたのだ。
体は壁に十字架を象った姿で晒されていた。
手足の甲が太い釘で打ち付けてあり、さながら殉教者のようにも見えるが本来あるべき頭がない。
首は机の上に置かれていたのである。
きれいに切断されたとしか、言いようがない手口だった。
その顔はありえないほどに引き攣ったものだ。
余程、恐ろしい物を見たのか、されたとしか思えなかった。
マクシムは用心深いことでもつとに有名だった。
屈強なボディガードを幾人も雇い、屋敷には幾重にも厳重な警備網が敷かれていた。
だがその尽くが無力化され、あるいは放置された状態で発見された。
実に見事な暗殺劇だったのだ。
この暗殺を成し遂げたのがリュドミラという女である。
黒い革のボディスーツに身を包み、闇夜に紛れて、標的を屠る腕利きの暗殺者。
それが彼女の正体だ。
彼女に依頼したのは国の未来を憂いた少壮気鋭の議員だった。
その名はマルコヴィチ・ポポフスキー。
諸悪の根源とされるマルコヴィチ・ポポフスキーがまだ、理想を信じる純粋な若者だった頃の話である。
若き頃のマルコヴィチにはまだ、人の心があったらしい。
マクシムの遺児を憐れに思い、引き取ったのだ。
それがボリスだった。
肉親を奪った原因が己であると罪悪感に駆られての偽善と取られてもおかしくはない行動だが、当時のマルコヴィチはそれが正しいことだと信じていたようだ。
そして、ボリスを実際に育てたのはポポフスキーの家ではない。
リュドミラがボリスの育ての親だった。
「ボリスのところまで連れて行ってくださいません?」
心の動きを全く、見せない冷たい色を瞳に浮かべ、怪しく微笑むスヴェトラーナに気圧され、リュドミラはただ黙って頷く他なかった。
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