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9.勘違い
しおりを挟むさて、どうしたものか。
この銀髪の少年を再び一人にはしたくないが、かといって自分が信頼できる者であると証明する手立てがない。
まさか「ランドリア辺境伯の新しい婚約者になった王都から来たΩです」なんて言うわけにもいかない。
しかし、この子は絶対ランドリア辺境伯に近い血筋の子だ。下手なことを言ってあとあと面倒事になっても困る。
うーん……とコルトが頭を捻っていれば、銀髪の少年がコルトの手元を指差した。
「それ、食べないと果汁がたれてくるぞ」
「え??」
言われてみればいつの間にか串が赤い汁でベタベタになっており、今まさにコルトの指を汚しているところだった。
コルトは慌てて指についた果汁を舐めてから、飴菓子に再び齧り付く。これはお上品に食べるものではなく少年のように豪快に食べるべき菓子なのだろう。急かされるように食事をすることのなかったコルトには新鮮な食べ物だ。
あたふたしつつもコルトもどうにか飴菓子を食べ終える。その間も銀髪の少年は立ち去ることなく隣に座って海を眺めていた。
(あれ……? これってもしかして)
「俺のこと、心配してくれてる?」
リンドの実を食べ終えたコルトは思わず思考を口に出していた。
「……ああ。さすがにこれ以上詐欺の被害に遭われても困るからな。まだ見て回るんだろう?」
「え、ああ、うん、その予定だけど……付き合ってくれるの?」
「日が傾き始める頃までならな」
(なんて面倒見のいい子なんだろう! ランドリア家の人間は子どもまで志が高いのか)
思わず尊敬の眼差しを向けるコルトに、銀髪の少年は居心地が悪そうな表情を浮かべる。
「ありがとう! 実はここには今日初めて来たんだ。もし良ければ道案内とかも頼めるかな?」
明るい表情で嬉しそうに話すコルトを少年はじっと見つめる。
「かまわない」
「じゃあその代わり、俺が君を護衛するよ。確かに買い物とか駆け引きは苦手だけど、剣には多少自信があるんだ」
「……護衛か、まあそうだな。一人で歩くには思ったより物騒になったようだしいいだろう。それでお前はどこに行きたいんだ?」
少年の言葉にコルトはうーんと顎に手をあて思案する。
(錬金術の道具とかを扱ってる店……はさすがに初対面の相手に聞くものじゃないし、あっ、そうだ)
「裁縫道具はここで買わなくてもいいか……ええと、綺麗な布と糸が欲しいな。あと皿を直すのに必要な道具を……」
「あの皿、直せるのか?」
コルトもエリックも着の身着のままやってきたため、日用品の多くを揃えている最中だ。ゆくゆく裁縫度具は必要となるので大通りの店で目星はつけてある。それは後日買うとして、せっかく高価な屑魔石をつかうのだ、御守りはハンカチにして凝った刺繍に魔力を込めてあしらいたい。それならば布も糸も拘ったもので作りたい。
騎士然とした男らしいコルトの風貌から想像されることは少ないが、これでも嫁入りをしたことのあるΩなので貴族女性の嗜みである刺繍は習得している。むしろ刺繍のようなもくもくとこなす作業の方がコルトは好きなので結構な腕前をもっていた。同じように破損した食器の修復なども好きで、故郷に居た頃はよく小遣い稼ぎもかねてやっていたのだ。
「え? ああ、もちろん。せっかく買ったし、使える大皿が欲しかったのも本当……」
「お前、錬金術師か?」
(????)
思わずコルトの動きが止まる。
(……なんで、今日はこんなにΩだってバレるんだ??)
自慢じゃないがここ十数年、初見でΩだと言われることもないし、Ωだと言って信じてもらえることも無かった。ここに住む人間は勘が良すぎるのではないか。
「ええっと、突然どうしたの?」
内心ドギマギしつつもできるだけ平静を装い、コルトは少年に問い返した。
真実を見抜こうとでもするように少年の新緑色の瞳がコルトを見つめる。
「割れた皿を直すんだろう? 昔、母が壊れた食器をいくつも魔術で修復したから……」
「ああ、なるほど。そういうことか。俺は魔術で直すんじゃなくって金継ぎで直すんだよ」
「キンツギ?」
「そう、漆を塗って割れた欠片同士をくっつける。そのあとに金粉とか金属粉で模様みたいに加工する技術だよ。俺の故郷ではわりとよくある修理方法だ」
(よ、よかった……俺の第二性がバレたわけじゃなかったのか)
平静を装っていたコルトだが、少年の言葉にあからさまにほっとする。銀髪の少年はじっとコルトを見つめたまま視線を離さない。
「それは魔術や錬金術の類ではないのか?」
「いや、誰でも習得できる技術だね」
「ふーん……、特別な道具とかいるのか?」
「材料さえあれば道具は筆とかヘラだから特別なものってことはないけど……」
(なんだろう、気のせいでなければなんかすっごい期待のまなざしを向けられている気がするんだけど……??)
先ほどまでの少年の瞳は明らかに探るような視線だった。しかし今はどうだろう。好奇心いっぱいで瞳を輝かせた、それこそ年相応の少年が目の前に居る。
「教えようか……?」
「本当か!? 頼む!!」
(えええ、そこまで食いつくものなのか?)
いやまあ確かに金継ぎはすごい技術だと思うけど、どうみても貴族子息であるこの少年なら割れた食器なんかとは無縁のはずだ。買い替えればいい。贅沢に物を消費するのもある意味貴族の義務なのだ。
ああ、でもそうか。とコルトは気づく。
(さっき、母が直したっていってたもんな。贅沢は出来ない家なのかもしれない)
間違いなくランドリア家直系だろう銀髪の少年だが、母と二人、質素倹約して生きているのだろう。そう考えればこんなに利発な少年がたった一人で買い物に来ている理由もわかる。抜け出したのではなく、もともと従者や護衛がいないに違いない。
「うん、俺で良ければ何でも教えるからね」
なんならランドリア辺境伯に冷遇された者同士仲良くしようね。なんてコルトは心の中でこっそり思うのだった。
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