婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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11.招かれざる客人

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「……坊ちゃま、一人で外出するのはやめてくださいとあれほどお願いしたではありませんか」

 白髪の執事は急ぎ足で二人の前まで来ると、一瞬だけコルトに視線を向けてからすぐにティスに向き直った。

「坊ちゃまはよせジェイク。客人の前だ」
「申し訳ありません。しかし、こちらの方は……」
「コルトだ。さっき知り合った」

 コルトの位置からはかたちの良い後頭部しか見えないのでティスがどんな顔をしているのかわからないが、少なくとも目の前のジェイクと呼ばれた白髪の執事はコルトと目が合うと困惑の表情を見せている。

(だよね、この状況で執事から坊ちゃま……ティスに俺のことを話すのははばかられるよな)

 ジェイクと呼ばれた初老の白髪の執事が言い淀んでいるのは、コルトが門前払いされた人物だと気づいていないティスに恥をかかせないための配慮だろう。
 もし礼儀知らずな使用人であればあっさりとコルトのことを話すのだろうけど、主人の意図を汲み行動する執事であればここで下手な口出しはしない。

(でもよかった。ティスは必要以上にしいたげられているわけじゃなかったんだ)

 ジェイクは少なくとも侯爵家からの使者であるコルトたちを出迎えた人物だ。辺境伯からの信頼の厚い人物なのだろう。その彼が本当に心配そうにティスのもとに駆け寄ってきたのが何よりの証拠でもある。この子はちゃんと辺境伯に大事にされているのだ。
 
(このまま黙っていてもジェイクは俺のことをティスには話さない気もするけど辺境伯には報告するだろう。辺境伯が大事にしている子に近づいたと、変に誤解されても困るな)

 確かにランドリア家の血縁だろうと思って声はかけたが、危害を加えようとしたりなにか下心があったわけでもない。絡まれていなければむしろ絶対に近寄らなかった。
 ここに来たのもティスに誘われたからなのだが、それを言ったところで信じてもらえるかわからない。
 いや、信じてもらえないだろう。
 もうコルトは貴族や第二性のしがらみとは無縁にひっそりと生きていくと決めたのだ。余計な騒動には巻き込まれたくない。自分の存在など、このまま辺境伯の記憶からできれば消してもらいたい。
 コルトはそっと息を吐くと、覚悟を決めた。

「あの、ティス。もしかしたら君がランドリア辺境伯家の人間かもっていうのはその髪の色で気づいてたんだけど、まさか本邸に住んでいるとは思わなくて……黙っていてもいつかは絶対バレると思うから言うんだけど、俺、ランドリア辺境伯の婚約者……なんだ」
「はぁ?」

 ジェイクの様子を怪訝そうに見ていたティスだったが、突然のコルトの告白に勢いよく後ろを振り返る。驚きに見開かれた新緑色の瞳がコルトを捉えた。

「お前が婚約者……だと?」
「多分」
「コルト様は現在もルーティス様の正式な婚約者です。先月国王陛下からも王命が来ております」

 コルトの告白にジェイクが補足を入れる。

「コルト……コルト=ナハード子爵令息? 本当に? ファリシアンの婚約者の??」
「ファリシアン様の婚約者だね」
「坊ちゃま、コルト様は今はルーティス様の婚約者なのですから、あまり失礼なことはおっしゃらないでください」

 よほど衝撃だったのだろう、ティスは信じられないと言った顔のままコルトとジェイクを交互に見る。
 そんな子どもらしく驚愕するティスの前にコルトはしゃがみ込むと、ティスを見上げるように見つめた。

「俺はルーティス様に会っていただけていないし、嫌われているんだと思う。せっかく金継ぎを教える約束だったけど、ごめんね」
「え? は? 待て。コルト……確かに聞いたことのある名前だとは思ったが、てっきり音沙汰もないから王都に戻っているものだと……」
「坊ちゃま」

 目の前にしゃがみ込み、優しい微笑みを浮かべているコルトを見つめながらティスが早口で呟けば、ジェイクがそれをさえぎるように咳払いをした。

(ああ、そろそろ出ていかないとつまみ出されるな……)

 その咳ばらいを自分に対しての牽制けんせいだと受け取ったコルトは、混乱しているティスを落ち着かせるようできるだけゆっくりと別れの言葉を口にする。

「じゃあ、俺はこれで失礼するね。今日は色々とありがとうティス。もう二度と会うこともないと思うけど元気でね」
「おい、ちょっと待て。勝手に帰ろうとするな!」

 立ち上がり門へ向かおうとしたコルトの手を小さな手がつかむ。

「ティス……」

 小さな手に手を引かれてコルトが振り返れば、唖然とした顔のティスがいた。自分で自分の行動が信じられない、そんな顔だ。

「……坊ちゃま。本日はコルト様を客人としてお招きしたとのこと。そろそろ日も暮れてまいりますし、とりあえず中に入っていただいたらいかがでしょうか?」

 思わず見つめ合うような形で動きをとめてしまったコルトとティスに、ジェイクが提案する。その言葉にティスは我に返り、つかんでいたコルトの手を離した。

「そう、だな。ジェイク、コルトをもてなしてやってくれ。なんなら海に飛び込んでいたから風呂の準備もしてやれ」
「承知いたしました」
「え、ちょっとまって、さすがにそこまで図々しくは……」

 なんだか急に話が進み、分不相応な待遇をされそうなコルトが今度は慌てふためく。
 それこそ辺境伯にバレた日にはどんな目に合うかわからない。
 青ざめ戦々恐々とするコルトに初めて白髪の執事は笑顔を向けた。

「いいのですよコルト様。さあ、こちらへ」
「え、あれ? ティスは?」
「私は後で合流する。……絶対に勝手に帰るなよ。いいなコルト」
「……あ、はい」

 ティスから子どもとは思えない、えも知れぬプレッシャーを感じたコルトは大人しくうなずくと、ジェイクに導かれるようにもう一生縁がないと思っていたランドリア辺境伯の屋敷に足を踏み入れたのだった。
 
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