婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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12.いびつな晩餐会

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「待たせたな。好きに食べてくれ」

 ランドリア辺境伯の屋敷は外観と同じく室内も歴史を感じさせるおもむきがあった。だが長年使用しているのだろう調度品に古めかしさはなく、重厚感があり落ち着いた雰囲気をかもし出している。掃除も行き届いており居心地もよさそうだ。
 そう、本来ならば使用人たちに丁寧に整えられた屋敷は居心地のいい場所なのだ。
 だが今のコルトはその恩恵にあずかることなく、目の前に座るまさに戦うために生まれてきた男、いやαというべきか、の無意識なのだろう妙な威圧にただただ恐縮するばかりである。さすが魔獣の中でも最強クラスの竜を倒した武人だけのことはある。オーラが違う。

「い、いただきます……」

 コルトはどうにか勇気を振り絞るとカトラリーを手に取った。ひんやりとした銀食器の感触にすこしばかり冷静さを取り戻す。

(服が用意されてる時点でおかしいと思ったんだよ)

 あの後本当に湯あみを勧められ、確かに髪の毛も海水でベタベタしていたし家に帰ってから水浴びするのももう寒いし辺境伯家の風呂はきっと手足が伸ばせる……と誘惑に負けた結果、入浴させてもらうことにした。
 予想通り、いやそれ以上に広くて豪華な風呂に感動しつつ、ゆっくりと一人で堪能して出てきたコルトに用意されていたのは質素だが高級なシルク地のシャツだった。

「あの、俺の服は……?」

 廊下で待機していたジェイクに声をかければ「汚れていたから洗っている。その間はそれを着るように」ということを丁寧な口調で説明された。昨日洗濯した服だからそこまで汚れていないはずなのにと思ったが、荷車を引き汗をかき砂浜に脱ぎ捨てたことを思い出せば黙るしかなく、コルトは大人しく準備されたやたらと肌触りの良い服を着るしかなかった。
 そしてどこからかやってきたメイドに髪を整えられ、気づけば豪華なダイニングテーブルのある部屋に案内され、目の前には高位貴族にしては質素だが平民やコルトの生家のような下位貴族からしたら豪華な食事が並べられた。
 ティスの客人としてランドリア家に招待されたのはわかっているが、あくまでも裏庭にあるうるしの木を見に来ただけである。夕飯までごちそうになるつもりはない。
 ティスに帰るなとは言われたがあまりにもいたたまれなくなって、日を改めて出直そうと立ち上がったコルトの前に現れたのが闘神、南の英雄と呼ばれるルーティス・レザーテ=ランドリア辺境伯だ。短い銀の髪と美しい新緑色の瞳はファリシアンやティスと同じなのに、精悍せいかんな顔つきのせいか鍛え抜かれた体格のせいか目の前に対峙した時の圧迫感が全然違う。
 コルトは思わずごくりと唾をのむ。
 慌てて起立し自己紹介をしようとしたコルトを、辺境伯は手を挙げるだけで制した。

「堅苦しい挨拶は不要だ。昼間は結局たいしたものも食べられなかったから、腹も空いているだろう。待たせたな。好きに食べてくれ」
 
 ランドリア辺境伯ルーティスは目を細めて口角を上げ笑顔のような表情を浮かべると、コルトが着席するのを待ってから食事を開始した。

(これは逃げられない……)

 コルトは「い、いただきます……」と呟きカトラリーを手に取る。こうして意図せず晩餐会は始まった。
 さすがにこの場から立ち去る勇気はコルトにはない。辺境伯の意図も読めないし、正直不気味すぎる。

(一月前とはあまりにも対応が違いすぎないか? それに……)

「あの、ティスは?」

 運ばれてくる食事は二人分だけだ。長いダイニングテーブルの端と端に向かい合わせでコルトとルーティスが座っている。二人の間には誰も腰を掛けていない椅子が左右に五脚ずつあり、本来は家族団らんや会議などに使う大人数用の場所なのだろう。

(後で合流するって言ってたのに)

 席は余るほどある。なぜティスは居ないのだろうか?

「悪いが、アレとは今は会えない。……詳しいことは食べてから説明をする。せっかくの料理だ。温かいうちに食べてくれ」
「……はい」

 一瞬だったがコルトの問いかけに答えるランドリア辺境伯からわずかに動揺の色が見て取れた。この場にティスがいないのは辺境伯の意図が何かしらからんでいるのだろう。

(もしかしてこの食事に毒が入っていて、ティスに近づいた不審者として俺は抹殺されるんだろうか)

 それなら今この場にティスがいないのもわかる。毒殺シーンなど幼い子どもに見せるべきものじゃない。

「そんなに警戒しなくても食事に何か仕込むなんてことはしていない。……心配ならジェイクに目の前で毒見をさせようか?」
「滅相もない!!」

(な、なんで考えてることがバレたんだ?!)

 ルーティスの言葉にコルトが慌てて首を振り背筋を伸ばす。そのままテーブルに飾られた豪華な白い花や、繊細な造形の燭台の上で揺らめく蝋燭ろうそくの光の奥に座るルーティスをみた。
 てっきりコルトを見る目は冷たいのだろうと思ったのに、なぜかルーティスは優しい瞳でコルトを見つめている。

 どきり、とコルトの胸が高鳴った。

(あ、ティスに似てる……いや、この場合、ティスがランドリア辺境伯に似てるのか)

 今までとは違う胸の高鳴りにコルトは慌てて視線を料理に移す。

(とりあえず食事を終えないとティスにも合わせてもらえないみたいだし。うん、ここはティスを信じて食べよう)

 それにもしルーティスがコルトに危害を加える気があるならチャンスはいくらでもあった。それこそ風呂で溺死させたりすることも出来ただろう。

(……風呂場の方が掃除も楽だろうしな。うん、大丈夫だ!)

 思考をポジティブに切り替えてコルトはカトラリーを握りなおす。侯爵家仕込みのマナーで豪華な食事を完璧にこなすことはできたが、さすがに料理の味を堪能することはできなかった。
  
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