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16.交換条件
しおりを挟むだいぶ慣れた気がしたが、やはり大人ルーティスの圧は強い。
(ティスとのギャップが激しいからか、やたらとドキドキするのも困りものだな)
着衣をきちんと整えたルーティスにとりあえず座って話そうと勧められて、コルトたちはソファーへ移動した。コルトが着席するのを待ってから、ルーティスも正面のソファーへ腰を下ろす。
「えっとお話からするに、すでに呪いの解析は行っているんですよね?」
コルトの質問にルーティスは頷く。ルーティスが竜と戦ったのは二年前だ。さすがにその間ずっと放置しているわけはない。
エリックが傭兵仲間から仕入れた情報では、竜と戦った魔獣大量発生後から辺境伯を見かけなくなったと言っていた。昼間の時間ずっとティスの姿になっているのならルーティスを見かける回数が減るのは当然だろう。だが見かけない理由が森の調査のためと思われており、本当の理由は知られていない。きちんと情報統制が取れているんだなとコルトは感心した。
「今も信頼できる者に調べてもらってはいる。ただあまり進展がないのと、錬金術師ならわかることもあるかもしれないと言われていてな」
「錬金術師はいないんですか?」
「ああ。部下にΩはいない」
(だから俺にこの話をしたのか……)
一月前は門前払いされたが、コルトはティスの姿を見てしまったし、口封じと錬金術の情報収集も兼ねて話をすることにしたのだろう。
(でもそうか、あの時は俺たちに会わなかったんじゃなくて会えなかったんだな)
ティスの姿で出てくるわけにはいかないので仕方がない。
辺境伯にもコルトに会わない理由があるんだろうとは思ったが、まさかこんなこととは全く想像していなかった。
コルトは息を吐くと思考を整理する。そして二階の壁にある莫大な知識書を見渡した。
(力になれるかは正直やってみないとわからない。だけどここで恩を売る方が絶対にいいはずだ)
それに、自分なんかに呪いのことを明かすということは、それだけルーティスは手詰まりしているということだろう。頼られたからには力になりたいとコルトは自然に思うし、今後のことを考えればランドリア辺境伯とは友好であるべきだ。
だけど、残念ながら今のコルトには錬金術師と呼ばれるほどの知識も経験もない。
「あの、もしかしたら俺の腕を見込んでお話しされたのかもしれませんが、俺は簡単な回復薬とか御守りしか作ったことがありません。現段階で錬金術師としてお役に立てることはないと思います。申し訳ございません」
「……そうか」
コルトは目の前に座るルーティスをしっかりと見据えると、現状を素直に報告して頭を下げた。落胆したようなルーティスの声に胸が痛む。
だがしかし、だ。
コルトの話はここで終わりではない。
「ですがっ!」
「……ですが?」
「その呪い、俺にも調べてさせてください!」
顔をあげ元気よく言い放ったコルトに、ルーティスは怪訝そうに片眉をあげる。
「調べてどうする?」
「呪いを解きます!」
はっきりしっかりきっちりと、コルトはルーティスの訝しげな視線を受け止めながら答える。
「……私の呪いが解けるのか?」
「それはわかりません。でも、魔術より錬金術の分野に手がかりがあるかもしれないなら、俺が加わることで何かしらの変化はあると思います。そうでなくても人手は多いほうが絶対にいいと思うんです。辺境伯の状況を知ってしまって無視するわけにもいきませんし」
早口で説明するコルトにルーティスは苦笑する。
「ああ、そういえばお前はものすごくお節介だったな」
「いえ、あの、お節介のつもりはなくて……その、できればと言いますか交換条件といいますか、呪いを調べるうえでお願いがあるんですけど」
「……なるほど、そういうことか」
先程までどちらかと言えば穏やかだったルーティスの表情が一気に硬くなり、警戒するように威圧が強くなる。
(うっ、まだ何も言ってないのに)
コルトはルーティスの変化と言葉に再び慄いたものの、考えを読まれているなら話は早いと開き直る。交換条件など図々しいとは思ったが、呪いを調べるうえで必要なことなのだ。
「どうせ、辺境伯夫人になりたいと…」
「この工房を使わせてください!」
「ん?」
「え?」
(あれ?)
「えっと……この工房の資料に手がかりがあったりしないかな? と思いまして。魔獣対策用の魔道具も作っていたということは、この辺りに生息する魔獣の文献も多いでしょうし」
「ああ、そうだな。それで、ゆくゆくはこの工房の主になりたいということだろう?」
「?? 使わせてもらいたいですけど、主になるなんてとんでもない」
(それってランドリア家の一員になるってことだろ? つまり辺境伯夫人……じょ、冗談じゃない!)
訝しげな新緑色の瞳をしっかりと見据えながらコルトは手を左右に激しく振る。
「呪いを解いて実績を示した交換条件として、私と結婚をしたい……わけじゃないのか?」
「いえいえ、その話は忘れてくださって結構です!!」
戸惑い顔のルーティスにコルトはしっかりと笑顔で言い放つ。
「もう貴族とかΩとかのしがらみのある関係はこりごりなので。その話はこれまで同様流しておいてください。もし褒美をいただけるというなら、このランドリア領で平民として過ごす許可をいただける方が嬉しいです!」
笑顔のコルトに毒気を抜かれたのか、ルーティスは脱力したようにソファーに沈んだ。いつの間にか全身から溢れていた威圧もなりを潜めている。
「……わかった」
「ありがとうございます!!」
(よし、これで恩を売れれば王様から何か言われても辺境伯が何とかしてくれるだろう。それよりもなによりもっ! こんなに立派な工房を期間限定でも使えるなんて……夢のようだ)
笑顔で喜ぶコルトをルーティスは複雑な表情で眺める。「話に聞いた通りだな」と呟いたルーティスの小さな声は、コルトには届かなかった。
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