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17.家庭教師始めました
しおりを挟む「目を離すとなんですぐそうやって、コルト様は面倒事を背負い込むんですかっ!」
辺境伯の秘密を知ってしまった翌々日。
魔獣討伐から帰ってきたエリックに、市場で絡まれていた少年を助けたらなんとランドリア辺境伯に縁のある子どもで、なぜかそのまま辺境伯邸に招待されて、今後その少年の家庭教師をすることになったと伝えたところ、「お人好しが過ぎる!」と嘆かれてしまった。
お人好しなのは自分のことのように人の心配をしてくれるエリックの方だよなとコルトは思ったが、口に出すことはせず曖昧に微笑む。
あの日、正式に呪いを解く手伝いをすることになったコルトはルーティスと今後の話し合いを行った。
その結果、コルトは遠縁の子どもの家庭教師として辺境伯家へ通うということになったのだ。もちろん建前であり、本当に勉強を教えるわけじゃない。
「えっと、大丈夫だよエリック。なにも一方的な話じゃなくて、代わりにランドリア家の工房を使わせてもらえることになったんだ。それに婚約話も無かったことにしてもらえたし、かなりいい条件だよ。しかも工房が本当にすごくってトラジェント侯爵家のものより大きいんだ! 知識書の量もとにかく多い!!」
エリックが心配するのは当然だろう。辺境伯は遠路はるばるやってきた、しかも王命の、婚約者をけんもほろろに門前払いした冷血漢なのだ。正直、コルトもあまりいい印象があったわけではないが、ティスと過ごした時間のお陰でだいぶ印象が変わった。エリックにも実際辺境伯に会ってほしいが、大人の姿では無駄な威圧に圧倒されてしまい余計に反感を買ってしまうだろう。子どもの姿ならと思うが、呪いのことは当然他言無用であり極秘事項だ。エリックにも言うわけにはいかない。
(辺境伯は悪い人ではないと知ってほしいけど、今は難しいな)
そもそもコルトもまだルーティスと会ったばかりで、何か言えるほど親しいわけでもない。とりあえず今は利害関係が一致したから屋敷に通うということをわかってもらうしかないだろう。
コルトは当然のように心配するエリックに、家庭教師を引き受けたのはちゃんと利益があるのだとアピールする。
「はぁ、なんというか、コルト様がやたらと小さい子に甘いということと、工房がとてつもなく気に入ったということはわかりました。くれぐれも身の回りには気をつけてくださいね」
「ははは……善処するよ」
利益があると伝えるためにコルトはランドリア家の工房がいかに立派であるのか、またティスがいかに可愛いかを語った。あまりにも熱く語ったせいかエリックはやや引き気味の笑顔を浮かべていたが、最終的には「これで錬金術が学べますね」と喜んでくれたので結果としては良かったのだろう。本当にエリックはいい奴である。
そんなこんなでコルトはランドリア家の家庭教師として屋敷に通うことになった。
まず何から手をつけようかと思案しながら屋敷へやってきたコルトだったが、最初は金継ぎ講座をルーティスに行うことになった。すでに漆の樹液も用意されており準備万端である。
(本当に楽しみにしてたんだな。家庭教師は建前かと思ったけど、あながち嘘でもなかったかも……)
コルトは無表情のまま心の中でふふふっと微笑むと、工房の大きな作業台の上に漆や筆、小皿などを用意して露店で買った割れた大皿を修復する作業を開始する。
「へぇー、器用なものですね。なんだか液体の色が変わってきてる気がしますけど大丈夫なんですか?」
「それで本当にくっつくの? 樹液なんでしょう? 不思議ねぇ。楓の樹液でもくっつくのかしら」
「……お前ら、少し黙って見ていろ」
コルトの正面を陣取り楽しそうに見つめていたティスは、横から話しかけてくる赤毛の男女に注意する。
てっきり金継ぎを教えるのはティスだけなのかと思っていたのに、なぜか工房には赤毛が麗しい美男美女が同席していた。
「だって気になるんですもの」
「ですよね、姉さん。面白いもの見せてくれるって言ったのティスですよ?」
「わかったから黙ってろ」
(辺境伯って威厳があって怖い人なのかと思ってたけど、意外と親しみやすい人だよな)
目の前の三人組の会話を聞きつつ、コルトは心の中でつぶやく。ジェイクとの会話でも、いや自分との会話でも思ったが、ルーティスは見た目は怖いが中身は気さくな人物なのだろう。
王都の噂や外見の印象とはだいぶ違うよなとコルトはしみじみと思った。
さて、なぜ金継ぎ講座の受講生が増えたのかといえば、色々なことが重なったと言わざるを得ない。
まず赤髪の男性ケヴィン=カーディガルは、辺境伯補佐官兼、辺境騎士団の副団長でもあり、現在は団長代理も務めている。
つまり、ルーティスの不在を肩代わりしている何でも屋みたいな存在だ。
彼はいつも通りルーティスに仕事の書類を渡しに来たところ、なんだかいつもよりも楽しげな少年の姿が目につき、これはただ事ではないぞという好奇心から押しかけるように工房についてきた。
一方、赤髪の女性、辺境騎士団の魔術師団長イヴェルザ=カーディガルは、コルトの実力を測るためルーティスに呼び出され工房へ来ていた。
ちなみに本来は魔女と呼ぶのが一般的なのだが、辺境騎士団では魔術師と呼称するとのこと。なんでも昔は錬金術師も所属していたので男女の区別がない呼び方にしたのだそうだ。
ちなみにイヴェルザとケヴィンは姉弟だ。イヴェルザはルーティスよりも年上でケヴィンはコルトと年が近いとのこと。
二人とも身長はコルトと同じくらいで、イヴェルザは女性にしては長身である。涼やかな青い目と緩やかに波打つ長い赤髪の美女だ。
一方ケヴィンはルーティスと比べれば細身だが、それでも立派な体躯をした騎士だ。微笑みを浮かべる姿は優しげだが、辺境騎士団の副団長ということは「赤鬼」とあだ名され恐れられる人物のはずである。しかし今は温和な好青年という感じにしか見えない。
二人ともルーティスが信頼している腹心で、呪いのことを知っている者達である。
コルトは手慣れた様子で皿の破片を繋ぎ終えれば、ズレないよう慎重に保管用の木箱へ入れる。
「これで一週間くらい乾かしたらまた漆をぬって溝を埋めます」
木箱の蓋を閉めほっと一息ついてから、コルトは目の前の三人に向き直る。さすがにジッと見られていたので緊張したが、どうにか無事に終えることが出来て安堵した。
「一週間??」
「そんなにかかるのか?」
「根気がいる作業なのね」
「そうですね、完成までにはあと何回か作業があるので、二週間くらいはかかります」
三人の驚き顔にコルトは思わず微笑んだ。
最初こそ貴族を相手にする時の常套手段として無表情に徹していたコルトだったが、幼馴染でもあるという三人の軽快な会話を聞いていれば自然と表情も緩んでしまった。
雰囲気の柔らかくなったコルトを見て、にっこりとイヴェルザが微笑む。
「うん、いいんじゃないかしら」
「何がだい? 姉さん」
道具を片付け始めたコルトを見ながらそう呟いたイヴェルザに、ケヴィンが不思議そうに問いかけた。
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