婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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19.師弟関係

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 ランドリア辺境伯家の工房にある知識書グリモワールはどれもこれも興味深いものだらけだ。
 イヴェルザの試験のあと自由に工房を見て回って良いとのことで、コルトは瞳を輝かせてまずは二階の書棚へ向かった。

(わぁ……見たことのない本ばかりだな)

 書棚には薬学、魔力操作、魔道具開発など分野ごとに本が分けられている。
 魔獣についての知識書も多く揃っており、死の山脈に根付く魔獣の生態について書かれたものや、他国のおとぎ話や信仰など、その種類も多義にわたっていた。

(これは子ども向けの絵本かな?)

 ふと目につき手に取ったのは海を隔てた隣国エランドゥーダの簡単な言葉で書かれた絵の多い本だった。表紙には白い竜と旅人姿の青年の絵が描かれている。
 コルトは一応、国の要職である侯爵家へ嫁ぐ予定だったので、隣国であるエランドゥーダ語は筆記はもとより会話までマスター済みだった。
 随分と年季の入った本だったので壊さぬよう丁寧な手つきでコルトは絵本を開く。
 絵本の内容を要約すると、人間が竜の皮欲しさに彼らをたくさん捕獲した結果、白き竜王が怒り狂い世界が破壊しかけたのを両性具有の男が身を捧げて鎮めたという内容だった。
 先日呪いの話をした時にルーティスと語った伝説上の古竜も確かこの絵本と似た伝承だったと思う。ただそちらは清き乙女が竜の怒りを鎮めたはずだ。

(両性具有の男って、つまり男のΩってことだよね)

 他にも狼に育てられた少年の成長を描いたものや、森に住む小人が魔道具づくりを武具師の男に教えてくれる話などの絵本もあった。

(なんだろ、創作と言えばそれまでの話なんだけど、男のΩの登場率高くないか?)

 竜に身を捧げた青年もしかり、狼の話も小人の話も最終的には彼らの花嫁になり幸せに過ごしたという終わり方をしていた。少年や男と明記されているのに婿入りでなく嫁になったということは、女性として扱われたということだろう。エランドゥーダ国では男のΩは魔獣の元へ行く話が流行った時期でもあるのだろうか。それとも他の意味があるのか。

「うーん、花嫁という言葉に言葉以外の意味があるのか、宗教観の差みたいなものもあるのかな。おもしろいな」

 これだけ膨大な資料があるのだ。探せば言語学や宗教学の本もあるに違いない。今度調べてみよう、とコルトが思考に一区切りついたところで、ルーティスへ報告に行っていたイヴェルザが本や巻物を手に戻ってきた。
 コルトは絵本をしまうとイヴェルザの元へ向かうべく階段を下りる。

「待たせたわね」
「いえ、本を読んでいたので問題ありません」

 むしろもっと遅く戻ってきても良かったんですよ。と口にしないまでもしっかり顔に書いてあるコルトの姿にイヴェルザが微笑む。

「そう、それなら良かったわ。ルーティス様にも報告してきたけど、貴方は錬金術というより魔術ね、の基礎は出来てる。研鑽けんさんを積めば一人前の魔術師になれるでしょう、ということで本日からわたしが貴方の師匠になることにしたからよろしくね」

 イヴェルザは持っていた荷物を作業台に広げながら宣言するとにっこりと微笑んだ。
 錬金術師もそうだが魔女は特に先輩の魔女に弟子入りするのが一般的である。先輩魔女というのはたいてい自分の母親であることが多いのだが、才能ある子は有名な魔女の元へ行きわざわざ弟子入する場合もあるのだ。
 コルトは独学で本を読み錬金術を学んでいたが、その本を選んで渡してくれたのはトラジェント侯爵夫人、ルーティスの姉である。侯爵夫人にコルトは色々と良くしてもらったが、師弟関係にあったかといえばそんなことはない。
 もしイヴェルザに学べるとすれば独学なんかよりいろんな知識を得ることが出来るだろう。

「あの、とても嬉しいんですけど、イヴェルザさんはお仕事が忙しいんじゃないんですか?」

(このうえもなくありがたい話ではあるけど、辺境騎士団は日頃の任務もだけど今は断続的に団長である辺境伯が不在で大変なのでは……)

 心配げに見つめるコルトの視線に、イヴェルザは優雅に微笑む。

「将来有望な後進を育てるのも立派な仕事よ。心配しなくても魔術師団はわたしが少し抜けたくらいで困ることはないわ」
「それなら、是非お願いします!」

 錬金術を研究したいとは思っていたが、まさかこんな大物に教えを請うことができるとは思わなかった。

(く~、辺境騎士団の魔術師団長なんていったら国内でも五本の指に入る偉大な魔女だ。その方に教えを請うことが出来るなんてすごい、夢みたいだ。辺境に来て本当によかった……)

 コルトの人生はΩというだけであちこちに振り回され、自分の意志とは関係なく利用されて散々なものだった。コルト自身は自分を不幸だと思ったことはなかったが、周りから見れば十分悲惨な人生だったと言えよう。
 そんなコルトの人生に突然幸運が訪れたのだ。
 コルトは驚きと言い表せない感動に打ち震えながら黒曜石のような瞳を輝かせる。

「喜んでもらえて良かったわ。さっそく今日からビシバシしごいていくから頑張ってちょうだい」
「はいっ!」

 コルトが元気よく答えると、イヴェルザも嬉しそうに微笑むのだった。
 
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