婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

文字の大きさ
20 / 57

20.午後の日差しとお昼寝と

しおりを挟む
 
 イヴェルザの宣言通り、その日からコルトは本格的に魔術を学び始めた。ちなみに辺境では錬金術もひっくるめてすべて魔術と呼んでいるとのこと。
 コルトは魔術と錬金術には多少なりとも違いがあると思っていたが、実際は同じものなのだそうだ。
 むしろ人間には無いと言われている魔力がΩやαにはそなわっていて、多くの魔力を体内に持つΩだけが使える魔術が存在しておりそれが錬金術の分野とされていた。つまり魔女の中にも錬金術を使える者はいるのだ。そして人間には魔力がないと長らく思われていたのは、βには魔力がないからだそうだ。「魔力が体内から発見された話とか、錬金術師がなぜ魔女と区別されたのかって話をすると長くなるから、興味があるならその辺の伝承をまとめた本でも読むといいわ」とあっさりとイヴェルザは言っていたが、コルトの中では自分の常識をくつがえす大事件だった。いや、コルトだけではなく王都に住む大多数の貴族の認識も間違っているということなのだから大問題だろう。
 さすが実力主義のランドリア辺境領。雑談のように言われたことでさえ独学では知る機会を得られなかったかだろう。コルトは瞳を輝かせる。楽しくて仕方がない。
 学ぶことが好きで習得の早いコルトは乾いた大地が水を吸い込むように知識をどんどん吸収していった。魔術師団内ではスパルタで有名なイヴェルザの指導もあり、一月も経つ頃には魔術師団にいる一年目の新人よりも優秀な魔術師になっていた。

「コルトの成長は目覚ましいとイヴェルザから報告を受けている。できればこのまま魔術師団に引き抜きたいそうだ」
「それは光栄です」

 最近は自宅よりも長い時間を過ごしているランドリア家の工房で、コルトはその家の主であるルーティスとソファーに横並びに座り午後のお茶を飲んでいた。
 一応ティスの家庭教師で来ているという名目上、こうやって一日一回はティスとの時間を確保している。工房なら他人の目もないためお互いの休憩時間にあてているのだ。
 本日もジェイクが用意してくれた美味しいスコーンに舌鼓を打ちつつ、のんびりとした時間を過ごしている。ちなみに菓子の乗った大皿はコルトが金継ぎで修復したものだ。ルーティスが気に入っているようなのでこのまま工房で使うことにした。
 子どもの姿だからか、呪いのことを隠さなくていいからか、はたまたコルトがのんびりとした雰囲気を出しているからか、こうやって二人で過ごす時のルーティスはとてもリラックスしているように見える。
 今もスコーンに塗るジャムのスプーンを行儀悪くくわえたまま、ソファーに深く座り脱力しつつぼんやりとしていた。たまに足をパタパタと動かす姿がなんとも可愛らしい。

(ルーティス様にこんな近くに座られたら緊張するけど、ティスだと全く気にならないから不思議だよな)

 体格が違うだけでそこまで変わるものだろうか。眠たげなティスを横目でみつつコルトは心の中で首をひねる。

「あっ」
「……? なんだ、どうかしたのか?」

 急に声を発したコルトにティスがのんびりと新緑色の瞳だけを向けてくる。

「いえ、あの……、その、眠いなら横になってはいかがですか?」

(まさか大人のルーティス様が怖いって思うのはαの威圧フェロモンが漏れまくっているからでは? なんて言えない)

 たとえそうだとしても他人のフェロモンをとやかく言うのはマナー違反だ。思わず声を発してしまったのだが理由を素直に言うわけにもいかず、コルトは誤魔化すように眠たげなティスに提案する。ソファーで横になるなど行儀が悪いにもほどがあるが、子ども姿の時なら許されるだろう。
 ルーティスはじっとコルトを見つめる。しばし何やら思案していたかと思うと、スプーンをカップソーサーへ置きごろりと横になった。

(?????????!)

 横になるよう勧めたのは確かにコルトである。だからといってまさか自分の膝を枕にしてくるとは思うまい。
 固まってしまったコルトの膝の上からティスが見上げてくる。

「少し眠る。悪いが時間になったら起こしてくれ」
「は、はひ……」

 ティスなら近くに居ても緊張しないな~、なんてゆるふわなことを思っていたコルトだったが膝枕をすることになるとは思ってなかったし、さすがにこれは緊張する。
 どぎまぎと緊張したままのコルトとは反対に、ティスは気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
 騎士など特に魔獣討伐をして野営をこなす戦闘職の人間はどこででも眠れる者が多いが、こんな無防備に眠ることなどないだろう。むしろ貴族の場合、警戒しないで熟睡するのはとても信頼した人間が傍にいる時だけだ。

(やっぱりこれ、俺のフェロモンも影響してるんじゃないかな……)

 天使のような美少年であっても、さすがにこんな小さな姿のティス相手に欲情はしていない。しかしフェロモンというものは微量だが常に出ているものである。コルトがなんとなく穏やかな雰囲気に見えるのは少なからずこのフェロモンの影響もあった。普通のΩであれば魅力的に感じさせるフェロモンだが、コルトの場合は落ち着かせる効果があるのだ。
 ルーティスは子どもの間ひるま、辺境伯として屋敷内で出来る事務業務をしており、日が暮れてから騎士団の訓練に顔を出したり森へ自ら調査に出たりと夜間でも可能な実務をこなしている。しかも子どもの姿の時は体力も見た目通りになってしまうようで、体が思うように動かない時があるとスタミナ不足をぼやいていた。

(大人でも昼のティータイムは眠くなるから、激務をこなしてる小さな体のルーティス様が耐えられるわけがない。そこに俺のフェロモンが追い打ちをかけてるんだ)

 つまりこの時間はルーティスにとって、あまりにも無防備で意図せず危険な時間になっているんじゃないだろうか。
 でも……と、コルトは思う。
 考えようによってはただ休憩するよりもリラックスして、しっかり休息が取れるということだ。だらだらと過ごすより短時間で疲れもとれ、体力の回復ができるだろう。それは悪いことではない。むしろ良いことなのではないだろうか?

「まさか俺のフェロモンが、αの役に立つ日が来るなんて……不思議だな、辺境に来てから嬉しくなるような事ばかり起きてる」

 思わずコルトの頬が緩んでしまう。気持ちよさそうに眠っている小さなルーティスを微笑みを浮かべたまま眺めた。

 最初に縁を結んだ男爵も一番長い間婚約をしていたファリシアンも、コルトのフェロモンを罵倒することはなかったが、結局別れる決定的な原因になった。
 彼ら以外のαからは「役立たず」を筆頭に「Ωとしての価値がない」などとけなされて、コルトはフェロモンのことも含めて存在を否定され続けてきた。αの無駄に高すぎる自信をへし折ってしまっているから仕方ないとは理解しつつも、そっちが勝手に「俺ならお前を孕ませられる」と近寄ってきて玉砕したのだろう。負け惜しみなんてまともに聞いてやる気はないが、傷つかなかったわけじゃない。コルトがαに身構えてしまうのは仕方ないことだった。

 だから、今のこの瞬間がとても不思議だった。
 なんと表現すべきかわからないが、胸いっぱいに暖かい気持ちが広がって、今までの嫌な気持ちを塗り替えていく。

(……この寝顔をずっと守ってあげたいなぁ)

 穏やかな午後の日差しの中、コルトは自然とそんな風に思ったのだった。
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。 フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。 ●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。 性表現は一切出てきません。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

処理中です...