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20.午後の日差しとお昼寝と
しおりを挟むイヴェルザの宣言通り、その日からコルトは本格的に魔術を学び始めた。ちなみに辺境では錬金術もひっくるめてすべて魔術と呼んでいるとのこと。
コルトは魔術と錬金術には多少なりとも違いがあると思っていたが、実際は同じものなのだそうだ。
むしろ人間には無いと言われている魔力がΩやαには備わっていて、多くの魔力を体内に持つΩだけが使える魔術が存在しておりそれが錬金術の分野とされていた。つまり魔女の中にも錬金術を使える者はいるのだ。そして人間には魔力がないと長らく思われていたのは、βには魔力がないからだそうだ。「魔力が体内から発見された話とか、錬金術師がなぜ魔女と区別されたのかって話をすると長くなるから、興味があるならその辺の伝承をまとめた本でも読むといいわ」とあっさりとイヴェルザは言っていたが、コルトの中では自分の常識を覆す大事件だった。いや、コルトだけではなく王都に住む大多数の貴族の認識も間違っているということなのだから大問題だろう。
さすが実力主義のランドリア辺境領。雑談のように言われたことでさえ独学では知る機会を得られなかったかだろう。コルトは瞳を輝かせる。楽しくて仕方がない。
学ぶことが好きで習得の早いコルトは乾いた大地が水を吸い込むように知識をどんどん吸収していった。魔術師団内ではスパルタで有名なイヴェルザの指導もあり、一月も経つ頃には魔術師団にいる一年目の新人よりも優秀な魔術師になっていた。
「コルトの成長は目覚ましいとイヴェルザから報告を受けている。できればこのまま魔術師団に引き抜きたいそうだ」
「それは光栄です」
最近は自宅よりも長い時間を過ごしているランドリア家の工房で、コルトはその家の主であるルーティスとソファーに横並びに座り午後のお茶を飲んでいた。
一応ティスの家庭教師で来ているという名目上、こうやって一日一回はティスとの時間を確保している。工房なら他人の目もないためお互いの休憩時間にあてているのだ。
本日もジェイクが用意してくれた美味しいスコーンに舌鼓を打ちつつ、のんびりとした時間を過ごしている。ちなみに菓子の乗った大皿はコルトが金継ぎで修復したものだ。ルーティスが気に入っているようなのでこのまま工房で使うことにした。
子どもの姿だからか、呪いのことを隠さなくていいからか、はたまたコルトがのんびりとした雰囲気を出しているからか、こうやって二人で過ごす時のルーティスはとてもリラックスしているように見える。
今もスコーンに塗るジャムのスプーンを行儀悪くくわえたまま、ソファーに深く座り脱力しつつぼんやりとしていた。たまに足をパタパタと動かす姿がなんとも可愛らしい。
(ルーティス様にこんな近くに座られたら緊張するけど、ティスだと全く気にならないから不思議だよな)
体格が違うだけでそこまで変わるものだろうか。眠たげなティスを横目でみつつコルトは心の中で首をひねる。
「あっ」
「……? なんだ、どうかしたのか?」
急に声を発したコルトにティスがのんびりと新緑色の瞳だけを向けてくる。
「いえ、あの……、その、眠いなら横になってはいかがですか?」
(まさか大人のルーティス様が怖いって思うのはαの威圧フェロモンが漏れまくっているからでは? なんて言えない)
たとえそうだとしても他人のフェロモンをとやかく言うのはマナー違反だ。思わず声を発してしまったのだが理由を素直に言うわけにもいかず、コルトは誤魔化すように眠たげなティスに提案する。ソファーで横になるなど行儀が悪いにもほどがあるが、子ども姿の時なら許されるだろう。
ルーティスはじっとコルトを見つめる。しばし何やら思案していたかと思うと、スプーンをカップソーサーへ置きごろりと横になった。
(?????????!)
横になるよう勧めたのは確かにコルトである。だからといってまさか自分の膝を枕にしてくるとは思うまい。
固まってしまったコルトの膝の上からティスが見上げてくる。
「少し眠る。悪いが時間になったら起こしてくれ」
「は、はひ……」
ティスなら近くに居ても緊張しないな~、なんてゆるふわなことを思っていたコルトだったが膝枕をすることになるとは思ってなかったし、さすがにこれは緊張する。
どぎまぎと緊張したままのコルトとは反対に、ティスは気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
騎士など特に魔獣討伐をして野営をこなす戦闘職の人間はどこででも眠れる者が多いが、こんな無防備に眠ることなどないだろう。むしろ貴族の場合、警戒しないで熟睡するのはとても信頼した人間が傍にいる時だけだ。
(やっぱりこれ、俺のフェロモンも影響してるんじゃないかな……)
天使のような美少年であっても、さすがにこんな小さな姿のティス相手に欲情はしていない。しかしフェロモンというものは微量だが常に出ているものである。コルトがなんとなく穏やかな雰囲気に見えるのは少なからずこのフェロモンの影響もあった。普通のΩであれば魅力的に感じさせるフェロモンだが、コルトの場合は落ち着かせる効果があるのだ。
ルーティスは子どもの間、辺境伯として屋敷内で出来る事務業務をしており、日が暮れてから騎士団の訓練に顔を出したり森へ自ら調査に出たりと夜間でも可能な実務をこなしている。しかも子どもの姿の時は体力も見た目通りになってしまうようで、体が思うように動かない時があるとスタミナ不足をぼやいていた。
(大人でも昼のティータイムは眠くなるから、激務をこなしてる小さな体のルーティス様が耐えられるわけがない。そこに俺のフェロモンが追い打ちをかけてるんだ)
つまりこの時間はルーティスにとって、あまりにも無防備で意図せず危険な時間になっているんじゃないだろうか。
でも……と、コルトは思う。
考えようによってはただ休憩するよりもリラックスして、しっかり休息が取れるということだ。だらだらと過ごすより短時間で疲れもとれ、体力の回復ができるだろう。それは悪いことではない。むしろ良いことなのではないだろうか?
「まさか俺のフェロモンが、αの役に立つ日が来るなんて……不思議だな、辺境に来てから嬉しくなるような事ばかり起きてる」
思わずコルトの頬が緩んでしまう。気持ちよさそうに眠っている小さなルーティスを微笑みを浮かべたまま眺めた。
最初に縁を結んだ男爵も一番長い間婚約をしていたファリシアンも、コルトのフェロモンを罵倒することはなかったが、結局別れる決定的な原因になった。
彼ら以外のαからは「役立たず」を筆頭に「Ωとしての価値がない」などと貶されて、コルトはフェロモンのことも含めて存在を否定され続けてきた。αの無駄に高すぎる自信をへし折ってしまっているから仕方ないとは理解しつつも、そっちが勝手に「俺ならお前を孕ませられる」と近寄ってきて玉砕したのだろう。負け惜しみなんてまともに聞いてやる気はないが、傷つかなかったわけじゃない。コルトがαに身構えてしまうのは仕方ないことだった。
だから、今のこの瞬間がとても不思議だった。
なんと表現すべきかわからないが、胸いっぱいに暖かい気持ちが広がって、今までの嫌な気持ちを塗り替えていく。
(……この寝顔をずっと守ってあげたいなぁ)
穏やかな午後の日差しの中、コルトは自然とそんな風に思ったのだった。
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