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21.本来の目的を見失うところでした
しおりを挟むΩとαのフェロモンは個人差はあれど常に出ていてお互いに影響し合う事がわかっている。フェロモンが強く出ている場合は、たとえばΩの発情期などはβにも影響をおよぼす。
コルトは昼寝から起きたルーティスに「自分のフェロモンのせいで異様に眠くなっているのではないか」と伝えることにした。推測でしかないが、気づいていて黙っているわけにはいかない。意図してではないがフェロモンを使って罠を仕掛けているようなものなのだ。コルトに害意があればルーティスの寝首を簡単にかけてしまう。
しかし大真面目な顔で言うコルトに眠たげな目をこすりながら、ルーティスは「ああ、なるほど」と言っただけだった。
むしろおかしな事にその日以降、午後のティータイムのあとコルトの膝枕で昼寝をするのがティスの日課となった。
最初こそ緊張していたコルトだったが五日もすれば膝の上にティスの頭を乗せたまま読書をするようになった。慣れとは恐ろしいものである。
(なんか毎日が楽しすぎて、うっかり呪いのことを忘れそうだ)
コルトがルーティスに大見得を切ってからすでに一月半経過していた。
小さなルーティスとのお茶会もイヴェルザとの勉強も充実しており、何故ここで学ぶことになったのかを失念しそうになる。
そもそもイヴェルザたちが二年以上かけても調べきれていないのだ。ヒヨッコの知識しかないコルトがそう簡単に解明はもとより糸口をつかめるわけもないが、そう言って甘えているわけにもいかないだろう。
幸いなことにこの二年間、大型の魔獣の出現や野盗、海賊などの人災を含めて大きな災害は起きておらず、ランドリア辺境領は平和である。もちろん辺境騎士団が日々活躍しているからというのはあるが、辺境伯が不在であっても問題なく統治されていた。
だがこの状態がずっと続くわけではないのは歴史を見れば明らかだ。
どちらにしろルーティスの呪いを解くのは早ければ早いほどいいだろう。
「あの、イヴェルザさん。そろそろ呪いについて本腰を入れて調べようと思うんですが、すでに判明していることを共有してもらうことって出来るんでしょうか?」
本来ならもっと早く声をかけるべきだったかもとコルトは少しばかり後悔したが、イヴェルザは特に気にする様子なく「わかったわ」と頷いた。
「あくまでも子どもを大人にする魔術の研究ってことになっているからそのつもりで対応してね」
「子どもを大人に? 大人を子どもにするのではなく?」
二階の書棚の奥からいくつか資料を取り出してきたイヴェルザに、コルトは首を傾げる。
ランドリア家の工房は家主の許可がないと立ち入ることができない魔術が施されている。まず扉が開かず、無理にこじ開けると雷に打たれてしまうらしい。この屋敷のどこよりも警備が厳重な場所だ、とティスが可愛いドヤ顔で言っていた。
なので重要書類、特に魔術関連のものは、工房に保管してあった。その一部をイヴェルザはコルトに見せる。
「たしかに原因を解明するのは解呪への近道だけど、それよりも実害を取り除くことを優先することにしたのよ。なにせ極秘だし使える人員も限られてるんですもの」
「なるほど」
(子どもを大人にする魔術が確立できれば、最悪呪いが解けなくてもルーティス様を大人の姿に戻することはできる……ってことか)
「それで錬金術師ならわかることもあるかもといっていたのは……」
コルトの問いかけにイヴェルザは持ってきた資料をいくつか広げてみせた。そこには「身長を伸ばす魔術」「回復薬の作り方」「破損した瓶の修復魔術」などが書かれており、その中でも目を引いたのは「第二性変換魔術」だ。第二性の変換はαからΩに、Ωからβにとパターンは色々ある。
「物質変化の魔術ですね。その中でも第二性変換と身長を伸ばす魔術は生物の肉体を変化させてるから、子どもを大人にする魔術の足がかりになりそうですが」
「ええ、でも身長の方は読むとわかるのだけど、すぐに伸びるというものではないの。あくまでも予想される将来の身長より高くなるというレベルだから、魔術と言えるかも怪しいわね」
「そうなんですね」
真剣に資料を読み始めたコルトを気にすることなくイヴェルザは言葉を続ける。
「話を戻すけど、錬金術師ならわかることもあるかもとルーティス様に進言したのはわたしよ。この第二性変換魔術は貴族がこぞって欲しがる方法だから噂は聞いたことあると思うけど」
「錬金術師しか使えないといわれる魔術ですよね」
「その通りよ。前にも説明したけど魔術の中でも己の魔力を使うことでさらに難解な現象を引き起こすことができるのが錬金術よ。生きたまま肉体のかたちを変えるという事象が起こせるとしたら、それは錬金術の領域だろうと思っているわ」
「錬金術師のもつ知識も知りたかったし、もし大人に戻す魔術が構築できたとしても、錬金術が使える者でなければ実現は難しいと仮定しているわけですね」
「ご明察よ。まあ錬金術師なんて見つけるのは砂浜に落としたイヤリングを探すようなものだから期待してなかったんだけど、何気にルーティス様は強運の持ち主よね」
にっこりと笑うイヴェルザにコルトは思わず苦笑する。
「錬金術師というにはなんの知識もない俺でしたけどね」
「あら、ルーティス様が認めて側にいることを許しているだけでも、わたしからすれば喜ばしいことよ。理屈ではΩの魔女でもよかったのだけど……あんまり条件に合う人がいなくてね」
「そういえばルーティス様が部下にΩは居ないって言ってましたけど、魔術師団にもいないんですか?」
「ええ、今は騎士団内にもこの屋敷にもルーティス様に会う可能性がある場所にΩはいないわね」
Ωはもともと第二性の中でも一番少ない性別だ。だが優れた魔女にはΩが多いというし、実力主義の辺境ならばΩの魔術師がいても不思議はないと思ったがそうではないようだ。
「前はいたんだけどね、いろいろ問題が起きて採用しなくなったのよ。ルーティス様に番ができればまた雇えると思うけどそれまでは無理ね」
(ああ、いわゆるヒートトラップでも起きたのかな。未来の辺境伯夫人の座を狙う人は多いだろうし)
ヒートトラップとはΩが発情してαを誘惑し既成事実を作ることだ。Ωに薬を盛るαもいれば、αを貶めるΩもいる。貴族の間ではそれこそよくある話である。
そういえば呪いを解くという話をした時も、ルーティスはコルトが夫人の座を狙っていると思っていた。それなりにΩにトラウマがあるのかもしれない。
コルトはルーティスがΩを遠ざける一番ありえそうな理由を思い浮かべると、思わず同情したのだった。
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