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22.辺境騎士団の詰所にて
しおりを挟む「すみません、忙しいのに案内をお願いしてしまって」
「いいんですよ。コルトさんのお役に立てるなら光栄です」
朝の爽やかな日差しの中でケヴィンがにっこりと微笑む。
姉弟だからか笑顔がどことなく似ているな、なんて思いながらコルトは微笑むケヴィンに礼を述べた。
ルーティスの呪いを本格的に調べはじめたコルトは、まず自分なりに状況を整理することから始めた。
その1.ルーティスが子どもになる。(推定二十歳くらい若返る。変化時に苦痛などはない)
その2.子どもになっても記憶は継続する。(肉体のみの変化)
その3.朝になると子どもになり、夜になると大人に戻る(昼光の魔道具が有効なことから、太陽光が影響していると考えられる)
その4.二年前の火竜との戦いで重傷を負って回復した後、呪いが発現した。(生死の境を彷徨った)
簡単にまとめれば呪いについてわかっているのはこの四つだ。
1と2から考えて、ルーティスの呪いは肉体を変化させるだけと確定していいだろう。そのことからイヴェルザが進めている、子どもを大人の肉体へ変化させる魔術が完成すればルーティスの不便は解消されるのは間違いない。しかしそれでは根本的な呪いの解除、解決にはなっていない。あくまでも対処療法だ。
効率的な方法なのだとわかってはいるが、なんだかモヤモヤするな……と思ったコルトはイヴェルザと相談し、独自に調査と研究を進めることにした。
違う視点で研究したら新しい発見があるかもしれないという期待と、今のコルトの知識が加わったところでイヴェルザの研究に役立つことはなさそうという判断からだった。
コルトがまず着目したのは肉体の変化についてだ。
肉体を変化させる魔術は錬金術の領域だろうというイヴェルザの推測にはコルトも同意である。
その錬金術の定義が自分自身の魔力を使う魔術と仮定すると、一部の性別しか魔力を持たない人間と違い、すべての魔獣は錬金術を使えるということになる。
竜の魔力は人間のΩの魔力より何倍、いや何百倍と大きい。
竜の呪いと言われた時にはそんなことはありえないと思ったが、理屈だけで言えば出来なくはないのだ。むしろ人間より可能性はある。
人間は魔術を使うのに魔法陣などの補助が必要となるが、魔獣は魔術を使うのに道具や儀式を必要としない。
コルトはいままで異なる環境、たとえば水中と陸地両方で生活している魔獣の生態など深く考えたことはなかったが、魔術を使い環境変化に適応している可能性もあるんじゃないだろうか。
(もしかして魔獣は魔術を使って肉体を変化させ、住む場所を変えているのかもしれない)
そう考えたコルトは魔獣の資料がランドリア家よりも多く保管されているという辺境騎士団の詰所にやってきていた。もちろんルーティスの許可は得ている。ランドリア家の工房に行かない日はティスの家庭教師はお休みにするということで話はついていた。
騎士団の詰所にやってきたコルトはケヴィンの友人で魔獣や魔術を研究するもの好きな学者、ということになっていた。好きが高じてわざわざ死の山脈まで調べに来た変わり者である。なかなか癖のある人物設定だが、向けられる好奇の視線は王都にいた時と比べたら可愛いものだ。
ケヴィンの指示で山のような魔獣関連の資料を資料係がコルトの前に積み上げる。
コルトは演じるまでもなく死の山脈のようにそびえたつ資料に瞳を輝かせると、必要なものはメモを取りつつ食い入るようにページをめくった。
(小型魔獣ばかりだけど体を変化させる魔獣はそれなりにいるんだな。こっちは成長することで変化してるから違うけど、これは一日に何度も変化してる。きっと魔術によるものだ)
ランドリア家の工房にも魔獣に関する資料はあったが危険度の高い魔獣ばかりで、それこそその辺の農民が踏んづけて駆逐できるレベルの魔獣の資料は置いていなかった。
もちろん、詰所に資料があるから置いていないというのもあるのだろうけど、これはここにも通い詰める必要があるな、とコルトは思った。
(とりあえず魔獣によっては魔力をつかって肉体を変化させることが出来ると考えてよさそうだな……んん、これは)
鹿に似た魔獣の項目をコルトは食い入るように見つめる。フルルと呼ばれるその魔獣は生まれた時はすべてオスで、成獣になると立派な三本の角が生えるがそれが折れると小型化しメスになるというのだ。その変化の様子が「黒い霧に覆われて姿を変える」と書かれていた。
(ルーティス様がティスになった時と同じだ。でもさすがにフルルのことはイヴェルザさんたちも知ってるよな。死の山脈付近には広く生息してるみたいだし)
肉体変化は魔獣がおこなう魔術だと知っていたからこそ、ルーティスは「竜の呪い」だと言い切っていたのかもしれない。
(とりあえず他にも肉体変化をする魔獣がいないか確認しておこう)
真剣な顔で資料の山を切り崩していくコルトをしばし見つめていたケヴィンだったが、呼びに来た部下に引きずられて本来の業務へと戻っていった。
資料係にケヴィンが的確な指示を出していたため、コルトが彼の不在に気づいたのは夜も更け、夕飯時をだいぶ超えてからである。「そろそろ閉めたいんですが……」という資料係にコルトは慌てて謝罪すると、荷物をまとめて廊下にでた。
そこにはちょうど仕事を終えてコルトを迎えに来たケヴィンがおり、二人は合流すると詰所の外へそのまま向かった。
「集中力がすごいって聞いてましたけど、本当にすごいんですね。オレがいなくなったのにも気づいてなかったし、食事もまともにしていなかったと資料係があきれてましたよ」
「す、すみません。でもケヴィンさんが不在の間の指示も係りの方に出してくれていたおかげでとても助かりました。ありがとうございます」
コルトが大量のメモで作った資料を胸に笑顔で礼を述べると、足を止めたケヴィンがコルトを見つめてくる。また視線に熱がこもっている気がするが気のせいだろう。だけどなんとなく居心地が悪い。
「あ! そういえば俺、ケヴィンさんに聞きたいことがあって」
コルトは空気を変えるべく違う話をしようとしたが、甘い雰囲気をさらに深めようとするケヴィンはコルトの手を取るとまるで恋の告白でもするかのように真面目な顔を近づけてくる。
「なんでも聞いてください。オレに興味を持ってもらえるなんて嬉しいな。良ければこれからワインの美味しい店で食事をしつつ、お互いのことを語り合うというのはいかがでしょうか? 任せてください、良い店を知っているんです」
「いや、あの、あれ?」
(火竜のことを実際戦った人に聞きたかっただけなんだけど、何かまた変な感じになってるな……)
さすがに辺境騎士団副団長を殴って止めるわけにもいかないし、ケヴィンから話を聞きたいのも確かだ。イヴェルザの話によれば誰にでもこうみたいだし、気にしなくてもいいかとコルトが諦めた時、コルトとケヴィンの間に強引に割り込む人影があった。
突然のことにコルトは驚いたものの、割り込んできた黒髪の青年はよく知っている人物だった。
「この人に何のご用ですか?」
二人の間に割って入ったエリックは、コルトを背に庇うようにしてケヴィンを睨みつけた。
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