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23.一触即発
しおりを挟む「キミこそ、どちら様ですか?」
突然現れたエリックにケヴィンも警戒したのか真顔になる。普段にこやかで柔らかい雰囲気のケヴィンの威嚇する姿に、昔王都で見かけたランドリア辺境伯とその部下たちの姿を思い出した。
(そうか、ケヴィンさんも見たことあったけどあんまりにも雰囲気が違ったから気づかなかったんだ!)
それを言うならルーティスもだが、王都で見かけた時とは全く印象が違った。
(と、そうじゃなかった!)
コルトは慌ててエリックの背中から一歩前に出ると、険悪な雰囲気をかもし出す二人を仲裁する。
「すみません、ケヴィンさん! エリック、こちらは怪しい人じゃないから大丈夫だよ」
「……とてもそうは見えませんでしたが? どうみても嫌がるコルト様に言いよってましたよね?」
「いや、えっと、ケヴィンさんの距離感が近くてびっくりしてただけというか」
(そこまで顔に出してたつもりはなかったんだけど、嫌そうに見えちゃったか)
さすが長年共に過ごした盟友である。自分の事を自分より理解してくれているのでは? とコルトは思わず感心してしまったが、そんな場合ではなかった。
コルトは慌ててケヴィンを見る。突然現れたエリックがコルトの知り合いとわかったからか、先ほどよりも幾分雰囲気は柔らかくなっていた。警戒を完全にではないが、解いてくれたのだろう。
「あのケヴィンさん、突然失礼しました。こちらは俺の友人で同居人のエリックです。エリック、この方は辺境伯の副官で騎士団の副団長でもあるカーディガル男爵だよ」
コルトはケヴィンの態度が軟化したことに内心で安堵しつつもお互いを紹介する。
立場的にケヴィンは貴族であり辺境領の高官でもある。エリックの無礼な態度に難癖をつけて投獄することだってできる立場だ。あまりにも友好的だったからコルトはすっかり忘れていたが、ルーティスもだが彼らは辺境領だけでなくこの国にとっても重要な人物なのである。コルトやエリックとは立場が違う。不興を買えばどのような罰を受けるかわからない。
「騎士団の副団長なんて立派な方が嫌がる人に無理強いをするなんて……」
ポツリと苦々しく呟いたエリックの言葉にコルトは再び慌てる。下手なことは言うもんじゃない。そんな事はエリックだって王都暮らしで嫌と言うほどわかっているはずなのに、辺境領の自由な空気がいままで抑圧していた感情を解放させているのだろう。
「エリック! それにしても偶然だな。どこかに行くところだったのか?」
(こうなったら俺が場を収めるしかない!)
コルトが話を変えるべく、エリックに問いかける。これ以上下手なことを言って本格的にケヴィンの機嫌を損ねたら大ごとだ。
「偶然というか、傭兵団の詰所がそこにあるんですよ。おれも今ちょうど帰るところだったんですが、お会いできてよかったです」
相手が誰かわかってもエリックは警戒を解かずにケヴィンを見据えたままコルトに答えた。
エリックはファリシアンの護衛だったが、そのファリシアンと行動を共にしたコルトのこともこうやって警護してくれていたことがある。その癖が抜けていないのか、不用意に近づいてくる相手を威嚇しているんだろう。
ケヴィンはそんなまるで番犬のようなエリックにゆったりと微笑んだ。
(明らかにいつもと笑顔が違う?!)
にこやかというよりは企み顔で口角をあげたケヴィンは、やれやれといったように両手を広げた。
「先ほどから何か誤解されているようで心外ですね。オレはただコルトさんを食事に誘っていただけです。よろしければキミも一緒にいかがですか? 傭兵仲間では行かないような店を紹介しますよ」
最後の一言は明らかに挑発だろう。傭兵風情が行くような安い店じゃないという嫌味である。
(ケヴィンさんってこんなに喧嘩っ早い人だったの??)
コルトが思わずケヴィンを見つめれば、何を思ったのかケヴィンがいつものようににっこりと微笑みウインクする。
「……それは是非ご一緒させていただきたいですね。いいですよね? コルト様」
「え? あ、うん。俺はもちろん構わないけど……」
「では参りましょうか」
(え? え? なんでこうなった??)
コルトは混乱しつつも店へ向かう道すがら美味しいパン屋など、街の案内をするケヴィンの横を歩く。そんな二人の後ろをエリックは無言でついていくのだった。
ケヴィンの紹介する店はどれほどの高級店かと思ったが、表通りから少し裏道に入ったところにあるこじんまりとした一軒家だった。
入口には花壇もあり、可愛い外観のお店だ。
「あらあらいらっしゃい、ケヴィンさん」
「遅い時間だけどまだ頼めますか?」
「もちろんよ。いつものお席も空いてますよ」
「ありがとうございます、マリーさん。無理に頼んで申し訳ありません。貴方のような心優しい女性に出会えたことがオレの人生最大の喜びです」
扉を開ければ出迎えてくれたのはこれまた可愛らしい小柄な老婆だ。
胸に手を当て感謝の意を大げさに伝えるケヴィンに対し、マリーと呼ばれた老婆はカラカラと笑う。
「あらあら大袈裟な。また悪い癖がでてるわよケヴィンさん。みなさんもゆっくりしていってね」
店内にはいたるところに花が飾られ、明るい色の床板や白地の壁紙がほっとするようは優しい雰囲気を演出している。閉店時間が近いのかテーブルはほとんど空いており、客はカップルと母娘の二組だけだった。
「二人ともこちらへどうぞ」
ケヴィンはそう言うと階段を上った先にある席へ二人を案内する。階段の踊り場のようなその場所には四人がけのテーブルが一つだけ置かれていた。店内を見回せるそこは本来はステージだったのかもしれない。目立ちはするが、他の席との距離があるので大声でも出さなければ会話を聞かれることはないだろう。
「てっきり貴族が行く高級店にでも連れて行かれるのかと思いました」
「俺もびっくりした」
コルトの横で呟くエリックにコルトも大きく頷く。「傭兵仲間では行かないような店」というのは煽り文句なのかと思ったが、本当に言葉そのままの意味だったなんて思いもしなかった。たしかに荒くれ者が多く騒がしいのを好む傭兵たちがこの店を選ぶことはないだろう。
「マリーさんのシチューは絶品なんですよ。彼女のおかげでオレは人参と玉ねぎと鶏肉を食べられるようになったんです。感謝してもしきれません。あと五十年早くオレが生まれていれば毎日貴方のシチューが食べたいとプロポーズ出来たんですが、残念です。あ、そういえばこの時間は給仕がいないんでした。オレは運ぶのを手伝ってきますので、二人はこちらで待っていてください」
コルトとエリックに席を勧めつつ、ケヴィンがうっとりとした様子で語り終えると再び階段を降りて厨房だろう方向へ向かっていった。
わかりやすく引いているエリックの姿にコルトは思わず苦笑する。
「ええと、あの……」
「ケヴィンさんは優しくされると惚れてしまう悪癖があるらしいよ」
「それはまたなんというか……変わった方ですね」
すっかり毒気を抜かれてしまったのか、エリックは大人しく勧められた席に座る。相手に迫るケヴィンを傍から見るとあんな感じなのかと苦笑しつつ、コルトは優しくて甘いクリームシチューの香りにお腹の虫が鳴くのを感じていた。
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