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24.食事代の見返り
しおりを挟む鶏肉はほろほろで野菜がとろけるクリームシチューはずっと食べ続けたくなる味だった。ワインとそれに合わせたチーズやピクルスも絶品で、最初こそ借りてきた猫のように大人しかったエリックだが、美味しい料理の数々とお酒に瞳を輝かせたあとは打ち解けて笑顔も浮かべるようになっていた。
(さすがケヴィンさんが勧める店だけのことはある)
しかもかなりの常連なんだろう。コルトたちへの料理の提供を終えて先にいた二組の客が帰ると、マリーはケヴィンに鍵を託して帰宅してしまった。
「さて腹も膨れて誤解も解けたようですし、本題に入りましょうか。コルトさんはオレに何か聞きたいことがあるんですよね?」
辺境地の気候や最近のラーシムの様子など、三人でたわいもない会話をしつつ食事を終えたところでケヴィンがコルトに問いかける。
(あ、なるほど。マリーさんが帰ったのはそういうことか)
このお店にはルーティスもたまに訪れるといっていたが、もしかしたらこうやって人に聞かれたくない話をする時に使っているのかもしれない。貴族の密談というのは高級店ばかりをイメージしていたが、ケヴィンは違うのだろう。男爵というのは貴族の階級では下位になるとはいえ平民ではないし、辺境伯代理の肩書も持っている高官だ。もっと偉ぶってもいいのになんとも庶民的で親しみやすい。先程のマリーとのやり取りからも人柄の良さが伺えた。
王都で見たランドリア辺境領の人たちは殺伐としていて怖い印象を受けたが、全然違ったんだなとコルトは今更ながらしみじみと実感する。
「お気を使わせてすみません。火竜のことを詳しく聞きたくて、ケヴィンさんも直接戦ったんですよね?」
お腹も満たされお酒も入りほんわかした気持ちでコルトは聞きつつ、メモを鞄から取り出すとしっかりと手元に準備した。その用意周到な様子にエリックとケヴィンは思わず顔を合わせて笑う。
「そんなことでしたか。そういえば今は魔獣を知らべているんでしたね。オレに興味を持ってもらえたのかと思ったんですが、あ、良ければまずオレのプロフィールからお話を」
「ええと、今日はもう遅いですしそれはまたの機会にお願いします」
「そうですか。では次の食事の約束もしていただけたということで。火竜の話でしたね。何でも聞いてください」
コルトに話の腰を折られたケヴィンは少し残念そうな表情になったものの、すぐに元気を取り戻しコルトの質問ににこやかに答えてくれた。
辺境騎士団が二年前倒したのは体長十五メートル、一対の翼をもつ赤い鱗の竜だった。竜は鱗の色で住む地域や耐性が決まっており、赤い鱗の竜は火や熱に強く火山を根城にする。それゆえ火竜と呼ばれている。
「すっごい!! ってことはつまり、最終的には辺境伯とケヴィン様だけが戦ったってことですか?」
最初こそコルトがケヴィンに聞き取りをする形で話を進めていたが、いつの間にか会話に参加していたエリックが今や大興奮で質問攻めをしている。気付けばケヴィン様呼びになっており、羨望の瞳で見つめていた。
「厳密に言うと、オレと団長の魔剣しか竜の皮膚を貫けなかったってだけですね。戦闘自体は援護もしてもらっていましたし、二人だけではとても倒せる相手ではありませんよ」
エリックの視線に満更でもない様子でケヴィンが前髪をかきあげながら答える。
(竜の皮は硬い。弱点属性の魔剣が必要。火竜討伐に効果があったのは「水狼の魔剣」と「氷結の魔剣」、どちらもランドリア辺境騎士団所有……と。魔剣と竜の鱗も実物を見てみたいな)
コルトはエリックが聞き出した情報をメモに書き留めていく。
「爪としっぽの攻撃が厄介でしたね」
「え? 口から吐く炎のほうが脅威じゃないんですか?」
「あれは予備動作のようなものがあって、正面にしか吐けないという特徴があるので、わかっていれば避けるのは簡単ですよ」
「すごい!! おれなんて大火炎トカゲのブレスでも避けられないのに」
「ああ、それはむしろ避けずに盾かマントで受けた方がいいですね。そのあと一直線に突っ込んでくる習性があるので叩き落してとどめを刺すと効率がいいです」
「なるほどっ!」
いつの間にやら二人の会話は火竜の話から他の魔獣へと移行していた。傭兵団で魔獣退治をするようになったエリックにとってケヴィンの助言は有意義なものだろう。
意気投合したのか楽しそうな二人の会話に水を指すのは気が引けたが、このままだと朝まで続きそうである。
コルトはおずおずと会話の軌道修正をすることにした。
「あの、ブレスの予備動作のこと詳しく教えてもらってもいいでしょうか?」
「ああそうでしたね。どの魔獣もですがブレスの前には頬が空気を含んだように膨らむんですよ。炎の強さによって頬を膨らます時間が異なっていて、竜の場合は数秒かかります」
「数秒で避けられるんですか?!」
思わず驚いた声を出すエリックにケヴィンがにっこりと微笑む。
「避けられるかどうかという話ではなく避けるんです。そうでないと死にますから。……と、格好良くいってますが、実はその頬が膨らむ前に魔力が集まるので、魔術師からブレスがくると教えてもらえるんですけどね」
種明かしのように笑顔で答えるケヴィンにコルトはメモを走らせる。口から吐く炎も魔術だとは思っていたが、そんなにはっきりと魔力の動きが見えるとは思わなかった。これこそ実際戦った人しか知ることのできない発見だろう。
(体内の魔力だけでなく周りからも魔力を集めるってことか。なるほど火竜は火山の魔力を得るから炎を吐いて、水竜なんかは海の魔力を得るから水を吐くのかもしれない)
コルトは思いついたことを次々とメモに残していく。
「それにしても、お二人は本当に似ていますね」
「え?」
「はい?」
話を聞けば聞くほど気になることが出てきて、あれもこれも調べなくてはとワクワクしていたコルトは隠しきれない好奇心で輝く瞳をケヴィンに向ける。
コルトの隣に座っていたエリックも魔獣討伐のエキスパートから話を聞けて、興奮冷めやらぬといった顔で正面に座るケヴィンを見た。
「なんというか見た目もですが雰囲気というか、好きなことに対する食いつきというか」
ふふふと楽しそうに笑うケヴィンに思わずコルトとエリックは顔を見合わせる。
「よく兄弟みたいとは言われますね」
コルトが苦笑して答えれば「そうでしょう。オレと姉より似ているかもしれません」とケヴィンは楽しそうに笑った。
「さて、もっとお話したいのですが明日もありますし今夜は解散といたしましょうか」
「突然だったのにお付き合いくださり、ありがとうございました。食事代は……」
「結構ですよ。オレが誘ったんですし」
「さすがにおれの分は払います。払わせてください!」
出会った時の雰囲気はどこへやら。エリックは明るい声で答えるとウエストポーチを漁り始める。目的の物が見つからないのか、懐やポケットなども漁りはじめたエリックが次第に青ざめた。
「?? あれ? 財布がない……? コルト様からいただいた御守りもなくなってる……」
「どこかに落としたのかな?」
「そうかもしれません」
割と几帳面で持ち物の管理などしっかりしているエリックが物を紛失するなど珍しい事だった。コルトの記憶でもエリックが忘れ物や落とし物をしたことなどない。本人も相当ショックなのだろう。悲壮感溢れるエリックの肩を落とす姿にコルトが慌てて声をかける。
「ここは俺が払うし、御守りはまた作るから気にしないでいいよ」
「すみません」
鞄から財布を出そうとするコルトをケヴィンは笑顔で制止する。
「支払いは結構ですよ。それよりも、もしよろしければオレにも御守りを作っていただけませんか?」
「それはもちろん構いませんが」
色々ケヴィンには世話になっているし、御守りでお礼になるのなら安いものだ。そんなことでいいんだろうかと首を傾げたコルトにケヴィンは幸せそうに微笑む。
「ありがとうございます! 愛しい方から手作りの御守りをもらうの夢だったんですよ!!」
(あああ……、ケヴィンさんの悪癖を忘れていた)
うっとりした青い瞳で見つめられ、一瞬で距離を詰められたコルトはケヴィンに手を握られる。
止めに入ってくれるかと期待したエリックは実害がないと悟ったからか、ただただ生暖かい目でコルトたちを見守るだけだった。
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