婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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25.隠された場所

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「今日は何をしているんだ?」

 最近日課となった昼下がり。コルトとお茶休憩をすべく工房へやってきたルーティスはいつもよりも雑然とした室内に思わず声をかけた。
 中央の作業台の上には大量の紙と参考にしているのだろう本が積み上げられており、普段なら見えている魔女窯など向こう側の壁が見えない。今は子どもの姿だからというのもあるだろうが、もはや壁だ。二階を見上げれば一部の本棚がごっそりと空いている。これを運ぶのも重労働だっただろう。
 そんな山積みの資料の間から、ひょこりと黒髪が飛び出した。

「ああこれは、その、あれもこれもと持ってきたらいつの間にかこんなになってしまって」

 朝からの数時間でここまで山積みにするのはなかなかのものだ。内容を把握しているというのならさらにすごい能力だろう。うちの内政で働いてくれたらケヴィンあたりが泣いて喜びそうだな、とルーティスは漠然と思った。
 そもそもコルトは有力侯爵家が嫁に認め、英雄と呼ばれる辺境伯に王命で婚約を結ばされるほど優秀な人材なのである。たぶん本人は全く自覚していないが、今までの婚姻歴を思えば仕方がないのかもしれない。

「今日は御守りの図案を考えてまして、どうせならもっと効果の高いものをと色々見ていたんです」

 コルトはそういうとお茶の準備を進めていたジェイクを手伝い始める。

「御守り?」
「はい。ハンカチとか持ち物に魔法陣を刺繍する、簡易な魔道具ですね」
「いや、さすがにそれは知っているが」

 魔法陣やハンカチなどの質はもちろん違うが、平民も貴族も用意することが出来る女性から男性への定番の贈り物である。コルトはΩなのでもらったことはないが、ルーティスは大量にもらってるんだろうなと思いながらコルトは不思議そうに見上げてくる可愛らしい新緑色の瞳を見つめ返した。
 お茶の支度を終えてジェイクが退出すると、コルトたちはソファーに当たり前のように横並びで座る。本日は紅茶ではなくホットミルクらしい。柔らかい香りにコルトもほっと息をつく。

「エリックとケヴィンさんに頼まれたので色々と考えてまして。前はよく身体強化の魔法陣を縫ってたんですけどせっかくなので二人の役に立つものがいいと思って」
「……ふぅん、ケヴィンに」

 思ったよりも低い声の相槌あいづちにルーティスを見れば両手でカップを持ち、心なしか不機嫌そうにミルクを飲んでいた。

(はっ! もしかして呪いの研究をサボって何をしてるんだって思われてる?)

「あのっ、昨日エリックが財布をなくしてしまって、それで財布自体に紛失防止の魔術とかかけられたらと思って……」

 矢継ぎ早に説明するも、これはなんの弁解にもなってないなと気づいたコルトは余計に慌てる。そんなコルトを横目で見つつ、ホットミルクを一口飲んだルーティスはよいしょとソファーから立ち上がった。
 そのまま魔女窯の方へ向かいコルトを呼び寄せる。
 訳がわからず言われるままにルーティスの隣に立ったコルトは一瞬我が目を疑った。 

「あれ? こんなところに机なんてあったっけ?」

 入口からは魔女窯が邪魔で見えない位置に、小さな書き物机が置かれていた。机の上には立派な表紙の本が数冊綺麗に並べられている。
 首を傾げるコルトの横でルーティスは机の上から本を手に取るとコルトに渡した。

「机自体はずっとここにある。どうやら意識しないと見えないようになっているらしい。私も母がここに座っている姿を見ていなければ気づかなかったと思う」
「へぇーすごい」

 コルトは手渡された本を持ったまま床に膝をつくと書き物机を観察する。裏側をのぞき込めば机にも椅子にもいくつか魔法陣が描かれていた。

「なるほど、これは隠蔽の魔法陣かな」
「見てわかるものなのか?」
「まだ勉強中なので、何となくですが」

(あとで書き写して調べてみよう。知っていれば認識できるというのはどういう効果なんだろうか……)

 思わず思考の海に沈みかけたコルトはルーティスの小さな咳払いで我に返る。そういえばこの本はなんだろう? と今更ながら手に持っている本を見る。
 膝をついていると少しルーティスを見上げる形になるが、見下ろしているよりは落ち着く気がしてコルトはそのまま話をすることにした。 

「あの、これは……」
「開けてみてくれ」

 ルーティスの指示に従うべくコルトは手の中の本に視線を移す。金糸で装飾された美しい表紙のその本には鍵穴のある留め具がついており、鍵がかかるようになっているようだ。だがコルトが留め具に触れると簡単にはずれ、本の中を見ることができた。

(これ、本じゃない)

「それは前ランドリア辺境伯夫人の魔術研究ノートだ」
「なっ!!」

(なんて貴重なものを!!)

 前ランドリア辺境伯夫人のものということはルーティスの母親のものということだろう。確かに栞が挟まれている箇所には魔法陣が無数に書き込まれている。
 だけど、その他のページは日付とルーティスやトラジェント侯爵夫人ルーティスの姉の名前が見て取れることから、日記も兼ねていたのではないかと推測される。

「まあ、見ての通り半分は子育て日記らしいがな」
「なぜこれを俺に?」

 戸惑うコルトの手からルーティスは母の日記を受け取るとパラパラと中を眺めてから閉じ、留め具を閉める。再びそれを開けようとするが、留め具は開かなかった。

「そんなに硬くなかったですよ? ほら、開きました」

 ルーティスからコルトが受け取り留め具を外せば簡単に日記は開く。

「私が非力なわけではなくて、それは魔術が使えないと開かない仕組みになっているらしい」
「えっ!!」

(す、すごい……!!)

 この工房、凄すぎる。目を見開き感動するコルトの姿にルーティスは苦笑する。

「その日記のはじめの方に、無くしたものを発見する魔術の記載があるはずだ。他にも役に立ちそうなものもあるだろうから、勝手に見ていいぞ」
「ええっ! そんな大事なものを?!」

(本当にいいんだろうか……人様の日記でもあるし)

「ああ、イヴェルザも一通り読んでるしな。ただ最期の方はあまり魔術に関する記載はないらしい。栞がついているところを参考にするといいんじゃないか」
「ありがとうございます!! 大事に使わせてもらいます!」
「ああ、役立ててくれ」

 日記を持ったまま小躍りしそうなコルトにルーティスは苦笑する。表情はわかりにくいとファリシアンからは聞いていたが、なかなかどうして、会ってからずっと百面相しているではないか。自分には気を使ってないということなんだろうとルーティスは理解しつつ、無理してつくろわれるよりはマシだなと思った。

「それを貸す交換条件だが」
「へ?」
「ただで見せるとは言ってないだろ」
「え、ええ……そ、そうですね」

 笑顔から一転、怯えた表情になったコルトにルーティスはニヤリと口角を上げて子どもには似合わない笑顔を浮かべた。

「明日、港へ行く。護衛として一日付き合ってもらう」

 何を言われるのかとハラハラしていたが、無理難題でなかったことにコルトは胸を撫で下ろす。

「わかりました。任せてください」
「ああ。あと、ケヴィンに御守りは作らなくていい」
「え」
「あいつも体に魔術印まじゅついんを刻んでる。御守りなんて必要ないだろう」
「マジュツイン? ですか?」
「そうか、王都の方ではやらないのか。直接体に魔法陣を描くのが魔術印だ」

 そういうとルーティスは長袖を肩までたくし上げる。二の腕部分に小さな模様が三つほど描かれていた。

「解毒の魔術用の魔法陣ですか? え? 体に直接??」

(そんな魔術の使い方、聞いたことない!)

 食い入るように見つめるコルトにルーティスは思わず苦笑する。

「ランドリア辺境騎士団ではよく使っている魔術の一つだ。御守りのように身につけるものだと戦闘中に落としやすいから、いつの頃からか直接肌に刻むことにしたらしい」
「なるほど」
「ここの他にも数カ所、見えにくい場所に魔術印は刻んである。私が一命を取り留めたのはこれのお陰もある」
「へぇー是非他の魔術印も見せていただけ……」

 興味深く観察していたコルトが視線をあげれば、目を細くしてなんとも言えない顔をした少年と目が合った。

「人に見せられるような場所にはない魔術印もあるが、それも見るか?」

 人には見せられない場所? と真剣に考えたコルトは一気に赤面する。大人ルーティスの立派な肉体の際どい部分に魔法陣が描かれているのを想像してしまったからだ。

「は? いえ! すみません!! 見せてもらえるところだけで十分です! というか、とりあえず今はこちらだけで十分です。ありがとうございました!!」

 慌てたようにコルトは言うと、そそくさとルーティスの袖を直してしっかりと手首のボタンも留める。
 真っ赤になって狼狽うろたえる姿に、思わずルーティスは声を出して笑った。
 
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