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35.秘密
しおりを挟む部屋を出ていくイヴェルザとコルトを見送ってから、ケヴィンは声を発した。
「すごいとは聞いていましたが、本当に魔術の才能があるんですねコルトさん」
「ああ、学び始めだからか本人はよくわかっていないみたいだがな。イヴェルザの話だと魔力の扱いに相当長けているらしい。Ωだからというのもあるが天性の才能だろうと」
「感受性の高い方が魔術に長けていると聞いたことがありますが……思ったよりも今回の話も冷静に聞いていただけて安心しました。どうせなら全部話してしまってもよかったのでは?」
ケヴィンの探るような視線にルーティスは重々しく首を横に振る。
「不用意に追い詰める必要はない」
「それもそうですね」
ルーティスとケヴィンが意図してコルトに伝えなかった情報がある。
エリックの誘拐に関して二人は「コルトと間違えた」と説明したが実際は少し違う。エリックはコルトと思い込まされて攫われたのだ。
エリックを攫った傭兵を拷問にかけて自白させたところ、盗んだ財布の中から大きな宝石のピアスが片方だけ出てきたという。それが攫った決め手になったのだと言った。なんでも依頼人から目印としてそのピアスの持ち主を攫うように指示を受けていたとのこと。つかまっている男はピアスを持っていなかったが、この状態で嘘はつかないだろう。
「コルトさんとエリックさん、似てるとは思ったんですよね」
「ファリシアンなら十分やりかねないからな。あいつは本気でコルトを愛している」
だからこそあえて手放してルーティスの元に送ったのだろう。辺境は遠いし、曲がりなりにもルーティスは知名度のある高位貴族だ。おいそれと手を出す馬鹿は居ない。だが実際には手を出してきた者がいる。南の英雄に喧嘩を売るなどよほど今の地位に未練がないのだろう。ルーティスは相手の浅はかさに口角を上げて笑みを作る。
それにしても、とルーティスは人畜無害そうな甥の姿を思い出した。薄々察してはいたが、まさか本当にコルトの身代わりとしてエリックを用意していたとは思わなかった。
しかもコルトが狙われる可能性を考えて、あたかもエリックがコルトであることを証明するような物証まで用意していたのだ。きっと王都ではさぞ大げさに、コルトとピアスを片方ずつ持っていたなどと吹聴しているのだろう。なんとなく「コルトは私の婚約者なんだが?」と言いに行きたくなったルーティスだが、さすがに大人げがないので思うだけに留める。
ファリシアンが自慢しているだろうコルトとの愛の証明をエリックがしっかりと所持していたことから考えると、エリックは自分の役目を理解しているにちがいない。コルトとずっと似たような待遇で行動させられていたのも、こういう時のためだったのだろう。
最初からエリックは自分の役目を理解して、コルトのそばに居たのだ。見上げた忠義心である。実際今も下手に騒ぐこともなく、黒髪の男のΩとして振る舞っているはずだ。そのおかげでコルトは無事のままでいる。
たとえエリックの本当の役目をコルトが知ることになったとしても、それは少なくとも今ではないだろうとルーティスは考えた。
「エリックも知られたくないだろうし、ファリシアンだって自分が裏で手をまわしてコルトを守っていることは知られたくないだろう。私たちから今言うことではない」
「そうかもしれませんけど、コルトさんの性格を考えるとエリックさんとの関係はさておき、エリックさんをコルトさんの身代わりに仕立ててたって知ったならファリシアン様の心象は悪くなると思いますけどね」
「……そんなことはわからないじゃないか。コルトは義理堅いし」
もしかしたら、そこまで自分を愛していたのかと感動するかもしれない。
ルーティスの無自覚な呟きにケヴィンは思わず苦笑する。
「まあ、コルトさんのティスを見る目は本当に優しいですからね。ファリシアン様の真意に気付いたら、たしかに王都に帰ってしまうかもしれません。そうなったらティスは本当に独り身のまま生きていくことになりますよね。こんなに相性のいいお相手、二度と現れないと思いますし、実際ティスも満更ではないんでしょう?」
ケヴィンがニコニコとした顔で饒舌に話し始めたが、ルーティスは低い声でそれを制止した。
「……無駄口はいらない。仕事に戻れ。兵の人選はお前に任せる」
睨むようにケヴィンを見据えたルーティスに、ケヴィンはにっこり微笑むと、それ以上余計なことは言わずに「承知しました」と部屋を後にした。
「別に、私の都合だけではない」
コルトが子ども姿のルーティスにファリシアンの姿を重ねているのは時々感じていた。懐かしそうに見つめてくる黒曜石のような瞳が何とも言えない哀愁を漂わせていて、笑顔にしたいと何度も思ったことがある。
そもそもルーティスはファリシアンが本当にコルトを手放すとは思っていなかった。王都に行ったときにいつもいつも、それはもう本当に毎回「ボクの婚約者、可愛いでしょう?」「何があっても前向きで、彼と一緒だとボクも頑張ろうって思えるんだ」「叔父上は近寄ったらだめだからね、絶対気に入っちゃうもの」と自慢と牽制を繰り返していたのだ。だからコルトがトラジェント侯爵からの書状を置いて姿を消した後、てっきり王都に戻ったんだと思ってしまった。
義兄である腹黒侯爵に似た甥は、優しい顔の下で平然と人を欺ける男に成長していた。
だから、新しい婚約者にバレぬよう工作をして、コルトを手元に呼び戻して愛人にでもするのだと思っていたが。
「……まあ、そうだな、そんなこと出来ない気持ちはわかる」
何度も離縁を繰り返すその経歴だけを見ればどれだけ問題のあるΩなのかと身構えてしまうが、コルト自身は素直な性格だし善良で守りたくなる人物だ。
さすがのファリシアンでも自分の欲だけでコルトを束縛するのはあまりにも心苦しくて出来なかったのだろう。
ファリシアンは強い男が好きだと言いコルトに鍛錬を要求したというが、それも違う。ただ単に、コルトが侮られないよう、力を身に着けさせただけだ。自分の好みの男になれと、幼い我儘な令息を装って。そこまでして大切にしていたコルトを日陰者にはできなかった。それだけ本気で愛して大切にしているのだ。手放すのはファリシアンも苦渋の選択だっただろう。だけど、コルトが変わらず前を向いていけるよう辺境へ送り出した。
そうしなければならない理由と想いを、ルーティスは尊重すべきだと思ったのだ。
それに、自分と共に自由に生きていると思っていたエリックが、身代わりとしての任務を未だ遂行していたと知ればコルトが悲しむのは目に見えている。しかも今はまだエリックの安否も分からない。こんな状態で伝えたらコルトが責任を感じるだけだ。
だから身代わりのことはコルトには伝えない、そう決断した。
「さて、連れて行く兵はケヴィンに任せておけば問題ないだろう。私も辺境伯としての仕事の準備をしておくか」
迅速に行動を起こせるように自分が今なすべきことをしよう。ずっとそうやって生きてきた。どんなことがあろうとも、目の前のやるべきことをする。それがランドリア辺境拍としての使命だ。
ルーティスは窓の外を見る。すでに暗闇で外の景色は見えないが、ルーティスにとっては都合のいい時間だった。
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