婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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36.港の魔女

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 前回ルーティスと訪れた港を見下ろせる丘の上の広場にやってくると、コルトは無くしたものを発見する魔術を発動した。うっすらとだが自分の中から魔力が流れ出る感覚がする。抜け出た魔力は港よりも先の、海原の方へ向かっていくのを感じた。すでに夜も更けっているが月と星々のお陰で思ったよりも明るく視界が開けており、魔力の先には船のようなシルエットがあるのが見えた。

「あちらの方角にエリックの財布があると思います」

 コルトは魔力が導く方を指差す。

「詳細はもっと近寄らないと分からないですが」
「今はおおよその位置だけわかれば十分よ。予想通りね。……ルーティス様に伝えてきて」
「承知しました」

 イヴェルザはコルトの言葉を聞くと近くに控えていた辺境騎士団の騎士へ指示を出す。
 コルトとイヴェルザは護衛と伝令役である騎士二人と、イヴェルザの右腕だという若い魔術師と共に行動していた。
 右腕だと言う魔術師はコルトの姉弟子になるのかと思ったが、彼女の師匠はイヴェルザではなく港の魔女と呼ばれるエルメダとのこと。
 そのエルメダに会うために今度は露店が並んでいた市場から少し離れた住宅街へ向かう。陽気な声と明かりが漏れる飲み屋や宿の看板など並ぶ通りである。以前コルトが荷車を押して歩いていたあたりだ。そこを抜けて角を曲がると、まだ売れ残りがあるのだろうパン屋などの明かりはついていたが、ほとんどの店はしまっていた。
 港地区の店じまいは少し早いのだろう。中心地の大通りならまだ開いている店が多い時間だ。もしかしたら港地区は早朝から店を開けているのかもしれない。
 コルトはそんなことを思いながら、すでに明かりが落ちた商店街をイヴェルザのあとに続いて歩く。

「この辺りが港の住人が買い物をするエリアよ。市場も使うけど、あちらは観光客用の店や、海外から来た商人用の貸し店舗といった店が多いの」
「そうだったんですね。賑わっていたから皆さん市場で買い物するのかと思ってました」
「市場だけで済ます人もいなくはないけどね。……着いたわ、ここよ」

 商店街の中の暗い路地へと曲がると、うっそうと蔦に絡まれた家の前で立ち止まった。よく見れば扉にひっそりと魔道具を扱う店と分かるプレートが掲げてある。扉の横の窓から中をのぞけば真っ暗闇で人がいる気配はない。
 だがイヴェルザはそんな事お構い無しに扉を開けた。
 先頭を歩くイヴェルザが一歩店に踏み込むと、すぐ近くにあったランプに火が灯る。

「!? これって」

 ランドリア家の工房と同じく自動で明かりがつく魔道具だろう。思わず声を発したコルトに部屋の奥から出てきた人影が声をかけた。

「なんだい、兄ちゃん無事だったか。そりゃあよかった」
「久しぶりね、エルメダ」
「!!!? 屑魔石の……!」
「フォッフォ、いつまた買いに来てくれるかと待っとったが、こっちの仕事のお客になってくれるってならそれも悪くない」

 屑魔石屋の老魔女は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているコルトを見て楽しそうに笑う。その様子にイヴェルザがあきれ顔になった。

「あら顔見知りだったのね。コルト、こちらがエルメダよ。色々と物知りなの」
「えっと、コルトです」

 これは一体どういうことなんだろうとコルトは思いつつも、紹介されれば律儀にエルメダにお辞儀をする。

「エルメダだよ。それで、錬金術師をどこで見たかってのを聞きに来たんだろう?」
「話が早くて助かるわ」
「孫が見張ってる船の上でその兄ちゃんを見たって言ってたのさ。まぁ結局は見間違いだったわけだけど」

 エルメダはそう言うとコルトを指差す。

「エランドゥーダの大型船ね? それはいつ頃かしら?」

 イヴェルザの問いかけに老魔女はゆっくりと頷き、イヴェルザへ手を差し伸べた。対価を要求されることは想定済みだったのだろう、イヴェルザは小さな巾着をエルメダへと渡す。エルメダは笑うと中を見ることなくそれを自分の懐へ入れた。

「三日前の夜さね。闇夜に紛れて荷物を運び込むことが多いらしくてね。その一つだったようだよ」
「タイミング的にもエリックで間違いなさそうね。助かったわエルメダ。これからも頼むわね」
「フォッフォ。ワタシゃ気前のいい男が好きさね」
「ルーティス様に伝えておくわ。コルト、大丈夫?」

 イヴェルザとエルメダの会話に思わず呆然としていたコルトが我に返る。

(もしかして俺が錬金術師だとわかってたからルーティス様に引き合わせた?? いやでも、竜の呪いの事をエルメダが知ってるとは限らないから、ティスがルーティス様だってことは知らないかもしれない)

 気にはなったが、ここには護衛でついてきてくれている騎士と魔術師もいる。迂闊にティスの話題を出すべきではない。

「だい、じょうぶです」

 コルトはそう判断すると疑問を飲み込んで何度もうなずいた。

「そう、それならいいのだけど。先程の魔術の結果もあるし、船の中にエリックがいるのは間違いなさそうね」
「はい」

(そうだ、とにかく今はエリックを助けることだけ考えよう)

「わざわざ連れ去っている理由がわからないけど、船に乗せたのには何かしら意味があるはずよ。きっとまだ無事でいるわ」
「だと、いいんですけど……」
「それはどうかのう。錬金術師ならいざ知らず価値がないなら生かしておいてもしょうがないと、魔獣の餌になっとるかもしれないねえ」
「エルメダ!」

 不安を煽るようなことを言うエルメダをイヴェルザが遮る。コルトは無意識に両手を強く握りこむと俯いた。

(……エルメダの言うことはもっともだと思う。だけど、βの男だって労働力としては優秀だし、Ωじゃないからってだけですぐに処分対象にはならないはずだ)
 
 コルトはルーティスの「何もわからない状態なら無事を信じろ」という言葉を思い出す。

(そうだよ。エリックだって今まさに脱出のチャンスを狙っているかもしれない。俺がここで諦めてどうする)

 コルトは顔を上げるとイヴェルザとエルメダをしっかりと見つめる。

「エリックはそんな簡単にやられるような男ではないので大丈夫です」
「そうかい」

 コルトが言い切るとエルメダは目を細めて小さく頷いた。

「それで? わざわざワタシの弟子を連れてきてるってんだから、他にも用があるんだろう?」
「ええ、いくつか用意したい魔道具があって。リダなら店のことも分かっているから探すのも早いでしょう?」
「ここはワタシの店だってのに全く。持ってく前にちゃんと見せるんだよ」
「わかってるわよ。リダ、頼めるかしら」
「はい、イヴェルザさま。すぐに用意いたしますね!」

 イヴェルザの右腕でもある魔術師リダは、勝手知ってる我が家のごとくあちこちの棚を手際よく漁っていく。
 よくよく見れば壁一面の棚には回復薬だろう薬瓶や、何に使うのかわからないグラスや植木など、色々なものがところ狭しと並んでいる。その一部に知識書が積み上げられているのが見えた。

(見たことのない魔道具がいっぱいある……工房にはない知識書もあったりするのかな)

 思わず店の中に魅入ってしまっていたコルトにイヴェルザが苦笑する。

「また今度買い物に来ればいいわ」
「!! そうですね」
「そりゃいいね。ワタシゃ気前のいい男が好きさね。常連になってくれりゃあオマケもするよ」
「その前に、ぼったくらないであげてちょうだいね」

(あ! そう言えばそうだった! 屑魔石、相場よりも高めに売りつけられてたんだった……)

 イヴェルザに忠告されてもどこ吹く風と笑っているエルメダにカモにされないよう、今後は十分に気をつけようとコルトは心の中で誓った。

 無事に必要なものを買い揃えたコルトたちは港地区にもある騎士団の詰め所へ向かう。ちなみにイヴェルザは魔道具を買う時に何度もエルメダに値切り交渉を行ない、コルトは商品を言い値で買わなくてもいいんだということを学んだ。
 詰め所にはすでにルーティスとケヴィンが待機していた。
 
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