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41.君の作った回復薬を飲みたい
しおりを挟む「コルト!! くそっ!」
海に沈んでいくクケーの足にはじかれてコルトの体が宙に浮く。
ルーティスは考えるよりも早く走りだしていた。
(あ、やばい。海に落ちる)
いやむしろ下手に甲板に落ちるよりは海の方がマシなんだろうか? コルトはそんなことを思いながら自分の体が落下していくのを感じる。柵をどうにかつかめないかと伸ばした手が掴んだのは、走りこんできたルーティスの手だった。正確にはルーティスがコルトの伸ばされた腕をつかみ自分に引き寄せ抱きしめると、そのまま海へと落下したのだ。
ルーティスに守られての着水だったが思った以上の衝撃にコルトの意識が遠のく。だが水の中で蠢く幾つもの影に本能的な恐怖が浮かび意識が戻った。何とも言えない魔力が渦巻いている。
(魔獣? 怒ってるのか? なにか魔術をつかう準備をしてる? とにかく逃げないと!!)
「……ぶはぁ!」
「おいっ! しっかりしろコルト! 怪我はないか?」
「大丈夫です、それよりも海の中に!」
「ああ、深海に棲む魔獣だな。この上に乗れ」
ルーティスも海の中の異様さに気付いたのか、近くを漂っていた甲板の一部だったのだろう木の板にコルトを乗せる。コルトは怪我はないと言ったが腕を負傷したようで両腕とも上手く動かすことが出来なかった。
「とりあえず回復薬を飲んでおけ」
「はい、ルーティス様は……?」
「私は下の奴らを少し減らしてくる」
「え?」
戸惑うコルトを置き去りにルーティスは迷うことなく再び海の中へ消えていった。体が濡れたせいか風が冷たくコルトは身震いする。いや、身震いの原因はそれだけではないだろう。
(深海の魔獣って言ってた。あいつらもクケーと同じく変な魔力に引き寄せられて、ここまであがってきたのかもしれない)
そしてクケー同様に異様に殺気立っている。
歴戦の英雄であるルーティスなら水中戦も得意なのかもしれないが、さすがに魔剣を持っていたとしてもあの数を相手にするのは厳しいだろう。
コルトは言われた通り回復薬を飲むと、ウエストポーチの中をあさる。腕が痛みで思うように動かないが深呼吸をして慌てないように取り出したのは、羽根ペンのような形の照明用の魔道具だ。深海の生き物は暗闇で生きているため光に弱いモノもいるという。今ルーティスが相手にしている大きな影の魔獣がそうなのかはわからないが、有利になる可能性があるならやる方がいいに決まっている。
コルトが魔道具に魔力を流し込むと羽根の部分が淡く光りだす。無事に起動したのを確認すれば海へ近づけた。
「っ!!!?」
暗くてよく見えていなかったが、明かりをかざせば水面には船の残骸と、赤いシミのようなものが広範囲に広がっている。ドクドクと異様なほどコルトの鼓動が早くなった。
(だいじょうぶ……絶対にルーティス様なら大丈夫)
無謀な策をルーティスはとったりしないだろう。わかってはいるが怖いものは怖い。
コルトの人生は妥協と諦めの連続だった。何かを期待することがどんどん怖くなった。だけど、ルーティスのことは信じていいんだって思うことが出来る。いや、ルーティスのことだけでなく、色々なことに対して今は良い方に期待していいんだって思うことが出来た。コルトは痛む腕を伸ばして海面にさらに明かりを近づける。信じているコルトの思いがルーティスにも伝わりますように。無事でありますように。そしてあわよくばこの光が役に立ちますように。そう強く願えば羽根ペンが一層明るく輝いた気がした。
一瞬光に目をとられたコルトだったが、明かりを目指すようにすごいスピードで海の中を近寄ってくる影があった。思わず警戒したコルトだったが、近寄る影に光が届けば銀色の髪が反射して見えたのでほっと息を吐く。
「ルーティス様!!」
「コルト……助かった。他にも明かりはあるか?」
「え、あ、はい。照明弾とかもありますけど……」
「ならそいつを沈めてくれ。血の匂いで他の魔獣が寄ってきても面倒だ」
「わかりました」
海から顔を出したルーティスは濡れた髪をかき上げながらコルトに指示を出す。無事な姿に気が抜けかけたがコルトは己を律すると、指示された通り照明弾を発動させて海へ投げ入れた。これは誰でも使えるように作られた魔道具で魔力は必要としない。強い光が水中に落ちていき、それを避けるように影が遠ざかっていくのが見える。
「あ、ルーティス様も回復薬を飲んでください」
「助かる」
コルトはウエストポーチから回復薬を取り出すとルーティスへ手渡す。ルーティスは片手で蓋を開けるとそれを呷るように一気に飲み干した。
(あれ?)
思わずルーティスの一挙手一投足に魅入ってしまっていたコルトだったが、自分の乗っている木の板が随分と船から遠ざかっていることに気付いた。周りの木片も同じように流されており、夜闇の視界の悪さのせいで気づくのが遅れた。魔獣だらけのあの場所にいるよりはましなのかもしれないが、このまま流されたら戻れなくなるんじゃないだろうか?
「あの! ルーティス様、船から離れてしまっています」
「ああ、そうだな……っ!」
コルトの指摘にルーティスが先程までいた大型船を見たその瞬間、海の中から幾つもイカの足が船にまとわりつくのが見えた。
「クケー!!?? なんで、倒したはずなのにっ」
「あれは別の個体だな。私たちが相手にしたものよりもはるかに小さい。あのくらいなら船に連れてきた者たちに任せておけば問題ないだろう。ケヴィンも狩りたいだろうし、騎士団の船もそろそろ合流するはずだ。心配はない」
「そう、ですか。大丈夫なら良いんですけど」
「ああ」
コルトとルーティスが新たに現れたクケーの様子を見ている間にも木の板は船から離れていく。
「……戻ると戦闘に巻き込まれる危険があるな」
「船を避けて港を目指すのはどうでしょうか。ルーティス様お一人なら無理なく泳ぎ切れるかと」
回復薬は飲んだものの腕はまだ完全に治っていない。コルトも泳げはするが、この沖合いから夜の海を魔獣を避けて泳ぐ自信はなかった。だからこそ、自分を置いて行ってもらうという確実な提案をしたつもりだったのに。
コルトはゾクリと、周りの空気が凍ったのではないかと思うほどの威圧を感じる。
ゆっくりと船から視線を移したルーティスの新緑色の瞳がコルトを射抜いた。
「冗談でもそういうことを言うな」
大声ではないのにやけにはっきりとルーティスの声がコルトの耳に届く。コルトの背筋に冷たいものが流れた。
「も、もうしわけありません」
無難な提案だと思った。いやむしろ最善の提案だろう。しかしなぜかルーティスの怒りを買ってしまったようだ。
(どうしよう、怒らせた? いや、でもこれで見捨ててもらった方が……)
明らかに青ざめたコルトの様子にルーティスは大きなため息をつく。
「私こそキツく言ってすまない。だが私がこの状態で怪我人を見捨てていくと思われているのは心外だ。その認識は改めてくれ」
「……はい」
(そうだった。ルーティス様はその辺の貴族やαとは違うんだ。こういう時に邪魔だからと安易に切り捨てたりしない……)
「本当にすみませんでした」
コルトは目から鱗が落ちたような感覚になりながらルーティスに今度は心から謝罪した。あまりにも自分の考えは浅はかで、ルーティスを見くびったものであったと実感したからだ。怯えた表情からいつもの穏やかな表情に変わったコルトを見てルーティスも雰囲気を和らげる。
「わかってくれたのならいい。……港には戻らず、このまま海流にのって先にある岬へ行く。海の中より外の方が冷えるから、コルトは適宜回復薬を飲んで寒さをしのいでくれ」
「はい。数はまだあるのでルーティス様もちゃんと飲んでくださいね。イヴェルザさん製の物を渡しますから」
「……コルトが作ったものはないのか?」
「ありますけど」
それは自分で飲むつもりだったコルトは首をかしげる。回復効果はイヴェルザのお墨付きなので問題ないはずだが、なんとなく素人に毛が生えたレベルの自分が作ったものより、ベテラン魔術師が作った薬の方が効くような気がするのだ。
「私はコルトが作った薬がいい。…………その方が元気になれる気がする」
波音のせいでルーティスが後半なんと言ったのかコルトはうまく聞き取れなかったが、わざわざコルトが作ったものでいいと言ってくれているのだ、断る理由もないだろう。
(この後も何があるかわからないし、確かに俺の薬から消費していく方がいいかも。そこまで考えるなんて、さすがルーティス様だ)
コルトの見当違いな推察でルーティスの株は上がる。しかし、まさか自分の発言をそんな風に受け取られているとは思いもしないルーティスだった。
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