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43.巣作り
しおりを挟む「いや、待ってくれ。これは誰でも体に刻んでいる魔術印だ。なぜ私だけがこんな姿になる」
コルトの言葉にルーティスの顔が複雑そうに歪む。とても子どもがするような表情ではなかった。
ルーティスが戸惑うのも無理はないだろう。コルトだって正直頭の整理は追いついていないし、直感的にそう思っただけで魔術印が呪いの原因だという確固たる証拠はない。
「それはもっと調べてみないとわかりません。ですが、そもそもルーティス様がティスになるのは呪いではないのかもしれませ……へっくしゅ! す、すみません」
(だ、大事な話をしてる時に!!)
濡れた体に辺境地の朝の風は冷たすぎる。
思わずくしゃみをして身震いをしたコルトにルーティスは小さく息を吐くと立ち上がる。
「この海岸には海に流された者がたどり着くことが多いので避難用の小屋を作ってある。そちらへ移動しよう」
「はい……」
コルトも立ち上がるとルーティスの後に続いて砂浜を歩く。魔力はより一層ルーティスの足の魔術印に集まっているようだ。そこでコルトはあることに気付く。
「あっ……ルーティス様、待ってください!!」
「なんだ?」
呼びかけに立ち止まったルーティスの前に、コルトは背を向けてかかがむ。
「ルーティス様は靴を履いていません。俺が背負いますので乗ってください!!」
海を泳ぐうちにルーティスのサイズに合わなくなった靴は脱げていた。素足で歩いていて、何か尖ったものでも踏んでしまったら大怪我をしてしまう。それこそ釘など踏んでしまったら高熱にうなされることになるかもしれない。
大人のルーティスなら足の裏もきっと屈強だから砂浜くらい歩いても問題ないだろうが、子ども姿のルーティスの白魚のような足には厳しいはずだ。
(それにさっきよりも魔力の吸収が多くなってる……ルーティス様は自覚してないのかもしれないけど、相当体が弱っているんだ)
体は幼くなっても心は大人のままだ。三十年近く培ってきた己の肉体の感覚が抜けなくても無理はない。そもそもルーティスは大型の魔獣と激戦を繰り広げただけでなく海中でも戦闘を行い、なおかつ何時間も海を泳ぎ続け、不眠不休でここまで来ているのだ。普通の人間だったらすでに倒れている。
「そんなに遠くないから大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておく」
ルーティスは青ざめた顔で答える。普段であれば顔色が悪いと思っても相手に大丈夫と言われてしまえばコルトは諦めただろう。だが今はここで引いてはいけないと直感が告げた。
「いえ! ぜひ!! あの、えっと、そう! 実を言いますと少し寒くてですね。背中を温めてくれると嬉しいなぁって。ご迷惑かもですが、子どもって暖かいですし……」
コルトは背負う理由をどうにかひねり出す。
(う、あまりにも白々しかったか?)
咄嗟に思い付いた割にはいい内容だと思ったのだが、微妙な空気が流れた。見つめ合うこと数秒。ルーティスは諦めたように吐息をつくと、眉根を下げて笑みを浮かべ「そうか」と呟きコルトの提案を了承した。
想像よりもずっと軽いルーティスを背負って、コルトは指示されるままに避難用の小屋を目指す。子どもが暖かいなんてことはなく、ルーティスの身体は冷え切っていて一刻も早く小屋に行かなくてはとコルトは歩く速度を上げた。
避難小屋は十分も歩かずたどり着くことが出来た。
辺境騎士団が管理をしており、定期的に漂流者がいないかの確認と物資の補充点検を行っているとのこと。毛布や着替え、食料もあり、数日過ごすには充分すぎる設備が整っていた。
「俺が暖炉の準備をするのでルーティス様は先に着替えてください。あと、回復薬も」
「……ああ、わかった」
どこか覇気のない様子で答えるルーティスが心配ではあったが、まずは部屋を暖めるのが先決だろう。暖炉の薪も十分に用意されており、火打石だけでなく火をつける魔道具もおかれており至れり尽くせりだ。コルトは暖炉に火をともすと近くに毛布を持ってきてまるで鳥の巣のような寝床をつくる。その近くに水狼の魔剣も置いた。そこへ子供用の服はなかったのだろう、先程と同じようにだぼだぼのシャツに着替えたルーティスがふらふらとやってくると、コルトの準備した毛布の巣へもぐりこんだ。
(!!!!!? な、なんだろう、この達成感は!!)
決して感動に打ちひしがれている状態ではない。でも、何も言わずとも自分が用意した毛布にもぐりこむルーティスの姿が愛しくてたまらない。とても嬉しい。
思わず立ち止まってしまったコルトを新緑色の瞳が不思議そうに見上げる。
「……? ここに座ってはダメだったか?」
「い、いえ! むしろ嬉しいと言いますかっ!」
「そうか、着替えは後ろの棚に入っている。コルトも早く着替えた方がいい」
「あ、はい。そうですね……」
(うう、俺は何を舞い上がってるんだか)
本当にそんな状態ではないのに。
コルトは自責の念に駆られつつ棚にあった布で体を拭くと着替えた。濡れた服は壁と壁の間に張られたロープに引っ掻けて乾かすことにする。本当に至れり尽くせりの場所だ。コルトはさらに漁って保存用の水や雑穀、ドライフルーツを探し出すと暖炉の傍へ運ぶ。回復薬を飲んでいるので食事をしなくても問題はないが、暖かいものを口にした方が休まるだろう。コルトは暖炉わきにあった鍋でおかゆを作ることにする。せっせと動き回るコルトの背中を、ルーティスは毛布にくるまりながらぼんやりと見つめていた。
「………………私の魔術印は、ほとんど母が刻んだものだ」
「え?」
ぽつりと零れたルーティスの言葉に、コルトは鍋をかき混ぜる手を止めて振り返る。
「いや、なんでもない。呪いの解明、引き続きよろしく頼む」
「……はい」
数時間前の、それはもう頼りになる男らしルーティスの姿とは打って変わり、今目の前にいる少年は体力的に弱っているからというのもあるだろうが、酷く儚げに見えた。
できたお粥にドライフルーツを乗せ二人で食べた後、コルトもルーティスと一緒に毛布の巣へもぐりこむ。
(お腹がいっぱいになったらまた眠くなってきちゃった……。いや、駄目だ。俺は火の番をするんだ)
ルーティスも眠気に耐えられなくなってきたのだろう。いつの間にか魔剣を抱くようにしながら座ったままうつらうつらとしている。
ルーティスの話によれば今日の夜か明日の朝には迎えが来るだろうとのこと。優秀なケヴィンやイヴェルザのことだ。すぐにでもルーティスを迎えに来るに違いない。
(優秀だからっていうか、二人ともきっとルーティス様をすごく心配してるだろうから、一刻も早く会いたいんだろうな)
その気持ちはコルトもよくわかる。無事を信じてはいるが、不安なものは不安なのだ。
ぐらりと傾いたルーティスの体を抱きとめれば、そのままゆっくりと頭を膝の上に誘導する。いつものお昼寝の体勢だ。
「……こ、ると?」
「はい、ここにいますよ。少しお休みください」
「ああ……、ありがとう」
ルーティスは魔剣を抱いたまま、規則正しい寝息を立て始めた。
暖かいものを食べたおかげか回復薬が効いてきたのか、先程まで青ざめていたルーティスの頬に赤みがさしている。足の魔術印も大人しくなったようだ。
(良かった。魔力の吸収も収まってる……)
体力低下の危機的状況は達したということだろう。コルトはほっと一息つくと、ルーティスのあどけない寝顔を見つめる。
ルーティスのために呪いを解くと誓った。その気持ちは変わらない。ルーティスが悲しむことになっても、魔術印が原因であることを証明して、子ども化の魔術を必ず解く。
そしてそのうえで、これが呪いではないということも絶対に証明してみせると、コルトは自分を信用して穏やかに眠るルーティスの寝顔に誓うのだった。
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