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53.君と築くしあわせな未来のために
しおりを挟むコルトは今まで住んでいた家に戻ることはなく、そのままランドリア辺境伯邸へと移り住むことになった。エリックは借家に戻ろうとしたのだが、コルトとなぜかケヴィンの勧めによって辺境伯邸内にある使用人用の部屋に住むことになった。もちろんルーティスも許可している。エリックには辺境騎士団への誘いもあったが、今の環境が好きなのでと断っていた。
辺境伯邸の住人たちは二人を大いに歓迎してくれた。コルトは「辺境に来て良かった」と、沸き上がってくる幸せを毎日しみじみと噛み締めるのだった。
子どもになるという時間のロスがなくなったルーティスの毎日はとても充実していた。体力があるから睡眠も少なくて済み、夜間に余暇が多く取れるようになった。だからというわけではないが、ほぼ毎日コルトとイチャイチャしている。だいたい盛り上がってことに及んでしまうのだが、昨日などは「このままじゃ子どもが出来ちゃう」とコルトに潤んだ瞳で言われてしまい、余計に興奮して寝かせてあげられなかった。コルトのフェロモンを感じるとルーティスは心が穏やかになり、全てのしがらみから解放されて己の欲を自由に吐き出すことが出来た。今までコルトを相手にしたαがなぜ熟睡できたのか、ルーティスには全く理解ができない。昨夜のコルトも隅から隅まで魅力的だった。
子どもか……たとえコルトのお腹が大きくなろうと可愛いさも美しさも増すばかりで、聡明さは変わらず非の打ち所はないだろう。まあ母子共に何かあっては困るから、懐妊したなら安定するまで式などはずらそう。なんなら子どもが生まれた後だっていい。すでにコルトは正式にランドリア辺境伯家に嫁入りしているのだ。
「いや、しかし周りをけん制するためにもお披露目は早めに行うべきか……」
「ルーティス様。オレの報告聞いてました?」
騎士団詰所の団長室にやってきて書類の山を確認していたルーティスは、ついうっかり可愛い妻との逢瀬や今後の生活のことを考えてしまう。
それこそ数年ぶりに朝から詰所に出勤しているというのに、色ボケうわの空では他の団員に示しがつかないと、ケヴィンは皿のように薄い目で軽蔑するようにルーティスを見た。
「羨ましいからとそんな顔をするな、ケヴィン。森の魔獣に異常がないことはわかった。この件も含めて、シルジ伯爵がすべての責任をとって終わりそうだな」
「ええ、そのようですね。実際、エランドゥーダから来た危険な組織を匿っていたのはシルジ伯爵なので仕方ないでしょう」
「国への忠誠が仇となったな」
「それはどうであれ、ランドリア辺境伯家に害をなしたのです。妥当な処分ですよ」
港町での魔獣騒動は、公式にはなぜか突然現れたクケーが大暴れしたということになっている。被害もエランドゥーダ国の大型船だけだったこともあり、討伐後の焼きイカ、もとい焼きクケー大会は大いに盛りあがっていた。
シルジ伯爵はエランドゥーダ国の中でも熱狂的な、竜を神と崇める者たちと手を組み、大型船の技術を使った兵器の開発を行なっていた。理由はランドリア辺境伯家に頼らないため……そこに嘘はなく、いつまでも独り身であるルーティスの今後に憂いを抱き、暴挙に出たという側面もある。そしてエランドゥーダから技術提供を受ける見返りに白き竜王への生贄である、両性具有の男を引き渡す約束をしていた。
この件にも裏があり、シルジ伯爵がコルトを狙うに至った理由はミラ王女からの内密のお願いである。王女は邪魔な恋敵を辺境へと追いやり新たな婚約者を強制的にあてがうだけでなく、その存在自体を完全に亡き者にしたかったようだ。エリックを攫った者たちに直接指示をしたのはミラ王女ではなかったが、ファリシアンの調べで依頼の大元は王女だったという裏は取れている。
エランドゥーダ国の竜を神と崇める者たちは、そもそもルーティスが火竜を殺したことに大きな危機感と嫌悪感、そして憎悪をもっていた。その事を未来の義姉となるエランドゥーダ国の王女から聞いたミラ姫は彼らを利用することにし、シルジ伯爵に辺境伯の新しい婚約者をエランドゥーダに引き渡すよう指示したのだ。その結果、今回の誘拐事件とクケーの暴走に発展した。
一連の騒動はエランドゥーダの国としての侵略行為ではなく、一部の古くからいる竜王信仰者がルーティスに恨みを持ち、報復として魔獣を不用意にランドリアへ連れ込み、尚且つ竜王の怒りを鎮めるため男のΩの生贄を欲した、というのが真相である。それを実際に手助けしたのがシルジ伯爵であり、情報を繋いだのがミラ王女である。恋に溺れた小娘の浅はかな考えに諌めるべき立場の大人まで乗っかった。あまりにも愚かで身勝手な行動だ。その責任は大きい。
「ファリシアン様からも余計なことはしないように釘を差されたのでしょう?」
「ああ。『あとはボクに任せて』だそうだ」
ルーティスには人畜無害そうな笑顔を浮かべつつ、真っ黒な腹で笑う甥の姿が目に浮かぶ。せっかくミラ王女の魔の手が届かないようコルトをルーティスのもとへ送り出したというのにこの結果だ。ルーティスへの怒りもあるだろうが、ミラ王女の動きを制御出来なかった己の不甲斐なさに腹を立てていることだろう。
ミラ王女の今後が少しばかり心配にはなるが自業自得だ。ファリシアンに任せておけば以後ミラ王女がコルトに何かしでかすことはないだろう。それだけで取りあえずは十分だ。
エランドゥーダ国王女の輿入れも予定されているし、彼の国との確執は起こすべきじゃない。それは王都にいるこの国の上層部も、辺境を預かるルーティスも同意見である。
エランドゥーダとミラ王女の存在は完全に隠蔽され、シルジ伯爵の失脚理由は他国と共謀したことでなく、ランドリア辺境伯の暗殺を企てたというものとなった。伯爵家を失脚させるにはその位の罪が必要になる。シルジ伯爵が一人で罪を被ることに正直ルーティスは納得しているわけではないが、国王からも無言の圧をかけられてしまっているので致し方ない。
シルジ伯爵家は取り潰しとなり、伯の家族は王都にいる親戚筋へ身を寄せることになった。家族の生活は保障されるとのことなのでまだ救いはあるのだろう。
「コルトさんには何も知らせないんですね」
ケヴィンの言う「何も」というのが、エリックのことなのか、ミラ王女のことなのか、それらすべてを指すのかルーティスにはわからなかったが返事は決まっている。
「ああ。知る必要はないからな」
事実をつまびらかにすることが常に正しいとは限らない。優しいコルトがこの事を知れば、自分のせいだと心を痛めてしまうだろう。つねに被害者だったコルトがこれ以上傷つく必要はない。
ルーティスはほんの些細なことであってもコルトを守ることならば実行すると決めているのだ。
「下手に伝えてファリシアン様と復縁されても困る……っと、そろそろ終業時間ですので失礼します」
あからさまに不機嫌になり威圧を放ったルーティスに、ケヴィンは肩をすくめると急ぎ足で団長室を後にした。たしかに気付けば終業時間を過ぎている。いつの間にか窓の外も夕焼けに染まっていた。
さすがにコルトが今さらファリシアンとよりを戻すとは思っていない。そもそもコルトとルーティスは相思相愛の番だし、すでに国王が認めた結婚関係にある。そう簡単に壊れる縁ではない。大丈夫だとはわかってはいても、それでもあの腹黒い甥は侮れないのだとルーティスのαの勘が告げるのだ。だからこそ結婚の申告を急ぎ、コルトの立場を強固なものにした。
今回コルトに伝えないのは傷つけないという理由が大きいが、それを抜きにしてもすでに終わったことで、ただ本当にコルトが知る必要がないからだ。
「さて、私も帰るとするか」
きっと今日もコルトは工房に引きこもり、一日中書物に埋もれているのだろう。いや、もしかすると最近ハマっている錬成釜を使って新しい魔法薬を開発しているかもしれない。
魔術に夢中になっている姿も驚くほど可愛らしいが、それよりもルーティスを見つけたときの幸せが溢れ出るような笑顔がたまらない。魔術にのめり込むコルトを気軽に見守れなくなったことが、ルーティスが子ども化しなくなって唯一残念に思うことだ。
工房はルーティスにとって母との思い出深い場所で、良い思い出ばかりではないけれど、コルトがことごとくその思い出を塗り替えていく。それだけでなく忘れていた楽しかった思い出も引き出してくれる。
きっとこれからは、もっともっと楽しくて幸せな思い出を、コルトと共に築いていくのだろう。
「おかえりなさい、ルーティス様!」
「ああ、ただいまコルト」
笑顔で迎える愛しい番の腰を抱き寄せ、ルーティスは頬にキスを落とす。くすぐったそうにしつつもコルトもお返しとばかりにルーティスへキスをする。
コルトとルーティスは他愛もない会話や毎日の挨拶の中にも暖かい気持ちを、お互いへの愛を感じて、穏やかに微笑み合うのだった。
~ おわり ~
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