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番外編
それを人は「身から出た錆」と言う 【前編】
しおりを挟むケヴィン=カーディガル男爵はβの中ではちょっとしたヒーローである。
ランドリア辺境騎士団の副団長として有名な彼は、その見事な赤毛と戦いぶりから別名「赤鬼」とも呼ばれている。そんな彼がβに特に人気が高い理由は彼自身がβだからだ。
生まれ持って複数の才能に恵まれるαがトップに立つことは多くある。特に貴族階級ではその傾向が強い。その中で彼は実力をもって騎士団の副団長の座にのぼりつめ、ガーディガル男爵家を継いでいる。ケヴィンにはαの姉がいるにも関わらずだ。βの弟が家督を継ぐのは大変珍しい。
ケヴィンの存在はまさにβの星。実力があれば、努力すれば、βでも出世できると世に知らしめている尊い存在なのである。
「今日もお美しい。まるで湖畔に舞いおりた白鳥、春めく穏やかな風。アナタを一目見るためにここに来た甲斐があった」
「あらやだわケヴィンさん、相変わらず口が上手いんだから。言葉よりチップを弾んでちょうだい」
「ふふ、勿論ですよ」
エリックは目の前で美女と楽しげに会話するケヴィンを眺めつつ、先日救出してもらった時を思い出す。
人間相手にも魔獣相手にも鬼のように強かった。魔剣があったからとかそういうレベルではない。「副団長は剣を握ると人が変わる」と団員たちが言っていたが、まさにその通りだと思った。
言葉遣いや態度が横柄になったり乱暴になったりすることはなかったが、ただ笑顔で敵を蹂躙していく様は正直人間離れしていた。味方でよかったと心底思ったし、あまりの強さに感動もした。
しかし、誰しもなにかしら欠点は存在するのだろう。
とても貴族が行くような店ではないステージ付きの大衆酒場で本日の踊り子がテーブルに回ってくれば、ケヴィンはにっこり笑ってチップを渡していた。
ケヴィンは戦士としては優秀だが、どうにも恋愛の駆け引きに関しては素人同然らしい。明らかに脈もなく、タカリに来た相手に笑顔で応じている。
エリックはそれを横目にお勧めされた魔獣肉を食べる。今夜は「変わったモノを食べに行きましょう」とケヴィンに誘われてエリックは食事にやってきていた。言葉通りテーブルに並ぶ料理はどれもエリックが見たことのないものである。
王都でも魔獣を一部食用としていたが、ランドリア辺境領は王都の比ではなかった。そもそも魔獣の種類も数も多いからというのもあるのだろうが、「その魔獣食べられるの??」というものまで食べている。
いまエリックが食べているのも倒す時はブニョブニョしていて、とても食べれそうにないまん丸とした体に細い足がついた毒持ちの魔獣だ。それを干し肉にして毒抜きのための薬草漬けにし、それをまた燻製させてと色々手を加えたあと野菜と炒めてある。手間暇を惜しまなければこんなに美味しくなるのかとエリックは目から鱗が落ちる。
傭兵仲間からも色々と学ぶことはあるが、ケヴィンの方が知識も広く深く話も面白い。色んな場所に連れて行ってもらえるのでエリックはケヴィンと出かけるのがとても楽しかった。
目の前で誰彼構わず口説き始めるのを除けば。
口説いているケヴィンをエリックは目の前にするとモヤっとすることがある。今夜はそのモヤっとを感じる日だった。
明らかに相手がケヴィンを舐めているから苛つくんだろうか。なんとも落ち着かない。
笑顔で美女を見送ったケヴィンはエリックに向き直ると微笑んだ。
「ここは毎週末、彼女が踊るんですよ。流浪の民の舞踏なので、なかなか王都でも見られない貴重なものなんですが、変わり者の彼女はここに定住してるので手軽に楽しめるんです」
「へぇ……」
確かに年齢不詳の美女の舞は圧巻だった。たった一人で踊っているというのに迫力もあり、王都に招かれる腕前なのだと言われれば納得もできる。これでもエリックは侯爵子息に直接仕えていたので、それなりの教養や貴族の生活を学んでいた。
酒場の踊り子になんて下品な野次が飛ぶことの方が多いのだが、今日はみんな魅入ってしまっていて逆に静かなものだった。それもまた踊り子の実力なのだろう。ケヴィンが惚れるのも仕方ない。仕方ないのだが。
「どうかしましたか? あまり元気がないようですが、ここの料理はお口に合いませんでしたか?」
突然ケヴィンに覗き込まれてエリックの動きが止まった。青空のような瞳に見つめられて一瞬呼吸も止まる。
さすがというべきか、ちょっとしたエリックの心の機微に気づかれたようだ。
「いえ、そんなことはありません。マンマルを食べるなんてびっくりしましたけど、美味しいです」
「そうですか。それなら良かったです」
エリックが慌てて答えれば、ケヴィンは青い目を細めてにっこりと微笑む。
「そういえば話は変わるのですが、エリックさんに確認したいことがありまして」
「? なんでしょうか?」
突然の申し出にエリックは首をかしげる。ケヴィンはエリックの素直な動作に笑みを深めると、懐からなんの特徴もないよくある革製の巾着を取り出した。
「こちら、エリックさんのお財布で間違いないでしょうか」
そういってケヴィンが取り出したのは以前エリックが紛失した巾着袋に見えた。
財布にしていた革の巾着は特に変哲のないものだ。見ただけでエリックのものだと判断するのは不可能だろう。実際エリックも「自分のモノに似てるな」くらいしか思えない。
そうなると、ケヴィンがエリックの物だと判断できた理由は限られてくる。
落としたと思っていたが、実際は盗まれていたのだろう。それもエリックの持ち物だと認識したうえで盗まれている。そしてその犯人はケヴィンたちによって捕獲され、口を割らされているに違いない。
コルトの代わりに誘拐された時「もしかしたら」とは思ったが、エリックの予想は間違っていなかったようだ。
エリックの財布は盗まれて、中に入れてあったファリシアンからの預かり物を見られたのだろう。きっとそれがエリックを誘拐する決め手となったのだ。
多分、ケヴィンはそのことにも気づいている。
ごくりとエリックは唾をのんだ。
別に自分は悪いことはしていない。知られて困ることもない。しかしなんというかケヴィンからは居も知れぬ威圧のようなものを感じてしまう。
蛇に睨まれた蛙のようにエリックの動きはぎこちなくなった。
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