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14 ヘレン視点
しおりを挟む娼婦の朝が遅いのは夜遅くまで客の相手をして身体が疲れているからだ。
「ヘレン、さっさと起きて大部屋に移ってくれないか」
まだ夢の中にいるあたしを叩き起こしたのはこのキサラギ館のまとめ役の男だった。眠たい目を擦りながら突然の報告に頭がついていけない。
「は?大部屋?」
ちなみに今あたしは娼館の個室部屋を与えられている。
待ってよ、あたしが大部屋?
え、売れてないブス達と同じ部屋で寝泊まりしろって?
ぼぉっとしていればテキパキと男達が私物を部屋から移動させていく。
「今朝館主様から通達があった。稼げない娼婦に個室なんて勿体ないってな」
「っ!」
ニヤニヤと見下したような顔をする男をキッと睨み付ける。何よ、揃いも揃ってあたしを馬鹿にして!
とは言ってもここ最近のあたしは調子が悪い。
それまで毎日指名が入り寝る暇もなかった日常が、今や夕方までぐっすり寝れる生活に変わっていた。
その原因は大きく分けて二つ。
一つ目は贔屓客だったムバール子爵家の一人息子に悪評を流されてから一向に客がつかなくなった。
「あの女は金だけ搾り取る厄病神だ!」とか「あの女と寝れば家が潰れる」とかかなり悪質な嫌がらせ。そんな子供騙しに誰が引っ掛かるかと思ってたけど、それから私の所へ来る客は確実に少なくなった。
そして二つ目は、最高のパトロンを失ったこと。
ジュライア=プレジット伯爵は若くて見た目もそこそこカッコいい。そんな人が毎日のように私に会いに来てプレゼントをくれる。しまいには結婚しようとまで言ってくれたのに……
「何で来ないのよ…っ!」
毎日会っていたのが週1回になり、月に1回……今はもう数ヶ月も姿を見ていない。
当然No.1だったプライドもありあたしから彼に会いに行く事はなかった。でも、流石にもうここには来ないのかも。
何故なら、彼にはあの女がいるから。
「久しぶりですね、旦那様が会いに来て下さるなんてぇ」
今日の客は行商の主人。
貴族よりは金払いは良くないが生きていくには相手にしないといけない。特に厳しい今でこそ。
「ああ、お前近頃変な噂が立ってるみたいじゃねぇか」
「ふふっそんなのは噂ですよぉ?それは旦那がよく分かってるじゃないですかぁ」
「そうだな、お前が人一倍金がかかるってのは知ってる」
嫌味たっぷりで言う男に愛想笑いをし続ける。
コイツは嫌い、下品で性格が悪くて金払いが悪いなんて昔の私だったら適当な理由をつけて断ってたのに。
座りながら酒を飲む男の膝の上の乗り着ていた服を肩から脱ぐ。目の前に晒されたあたしの肌に男はこれでもかっていう位顔を埋める。
「噂と言えば、最近じゃ面白い話もあるなぁ」
「んんっ……なんですかぁ?」
「ほら、プレジット家の女領主だよ」
プレジット、その名前を聞いてピタリと動きが止まる。
「巷じゃ有名だよ、仕事も出来て頭が良い。その上とんでもなくいい女だってなぁ」
「……もぉ、旦那はヘレンよりその女がいいのぉ?」
身体を密着させれば下品な顔つきで身体を弄ってくる。
そうよ、どんなに頭が良くても所詮面白味もない女。あの夜だって偉そうにしてたけど、こうして男達から求められるのはあたしなんだから。
ガタッとその場に押し倒され、汗ばんだ男の肌が触れる。
気持ち悪い、でも私にはこれしか……。
「でもよぉ……お前と違って身持ちの硬い美人っつーのも一度お願いしたいもんだな」
そう言って男は強引に私の身体を揺さぶった。
あの瞬間、私のプライドを粉々にされた気分だった。
こんな男にすら、あの女……クロエ=プレジットの話をしながら乱暴に抱かれるあたし。
何であんな女なんかに!
……ジュライア様はあたしを選んでくれた。
彼は言った。
あの女と結婚したのも、あたしが奉公が終わり自由になるまでの繋ぎだって。絶対に離縁し、あたしを伯爵家の妻として迎えてくれるって。
記憶の中のジュライア様は輝かしい笑顔であたしに笑いかける。最初はただの上客の一人だった、でもどうしてもあたしと添い遂げたいというならそれでも良いだろう。
伯爵夫人……まぁそれで手を打ってあげようかしら。
「ふふっ、急に会いに行ったら驚くかな」
「あ?何だよ独り言か?」
「ううん、何でもないですぅ」
こんな生活あともうちょっとで終わる。
未来の伯爵夫人の生活を想像しながら、あたしはそっと男の首に腕を回した。
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