偽姫ー身代わりの嫁入りー

水戸けい

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どうしようもないくらいに、ひとりだった。

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 どれだけ進めば、この城から抜け出せるのだろう。どれほどの距離を、進んだのだろう。

 前を見据えても、振り向いて確認しようと思っても、雨の膜がほんのわずか先の景色すらも覆い隠している。

 体が、重い。

 足が、熱い。

 指先の感覚が、冷えてなくなってきた。

 ふら、と揺れたフェリスの体が、雨の重みに耐えかねて崩れ落ちる。草の上に横になり、起き上がる気力も失って、フェリスは雨に打たれながら間近に見える草を――雨に打たれて上下に揺れる草を眺めた。

(ああ――)

 体中が凍えそうに冷たいくせに、足首だけが熱を持ち、そこだけが生きているという事を告げてくる。瞼を閉じ、このまま雨と共に溶けて液体となり、土に染み込むことが出来ればいいのにと、フェリスは望んだ。

 強い雨音に包まれたフェリスは、ひとりだった。どうしようもないくらいに、ひとりだった。

(父さん)

 戦場で、父もこのように横たわって命の終幕を迎えたのだろうか。

 体の隅々から、何かが抜け落ちていくような感覚に、フェリスは身を委ねた。

(きっとこれは、命がこぼれ出ているんだわ。そうして、私は消えてしまうのね)

 それでもいいと、思えた。

 それがいいと、思った。

 びくびくと、自分がメイドであることが知れぬように生き続けなければいけないのなら、今、この時に命が終わってもかまわない。逃げ出して、どこかに雇われる保障など、何処にもないのだから。うまく逃げおおせて、雇ってもらわれたとしても、逃げ出したフェリスを探し、つきとめられ捕らえられれば、どうなるか知れたものでは無い。雇い主が罰せられることにも、なるだろう。

(私の居場所は、無いのだから)

 王女の替え玉として送り出された国には、帰れない。

(本来は、受け入れなくとも良かったんだもの)

 人質のような形で妻として送り出された王女を、この国の王は必要としていなかった。それならば、この身が消えてしまっても困る者は誰も居ない。

(王子だって)
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