月の輝く夜に出会った弟子

睡眠第一

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2.月の輝く夜に(2)

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 深手を負って、高い熱を出す宋桂影そうけいえいを自宅へ連れ帰ると、陸湖月りくこげつはそれから4日間に渡って昼夜を問わず、熱心に看病を続けた。

 宋桂影そうけいえい陸湖月りくこげつの居宅へやって来て、5日目を迎えた。
 やっと口をきける状態まで回復した宋桂影そうけいえいだったが、ひどい不快感に体中が包まれ、気分は最悪だった。吐き気を我慢することができず、枕元に用意された小さな桶に、彼はえずきながら吐瀉物を吐き出した。

 煎じ薬を持って来た陸湖月りくこげつはいったん台座の上に用意した煎じ薬を放置して、すぐに宋桂影そうけいえいの元に駆け寄り、汚れた口元を濡れ手巾で綺麗に拭ってやると、異臭を放つ桶の中身を片付けるためその場を離れた。
 そして再び宋桂影そうけいえいの前に現れると、用意した煎じ薬をいつものように口に含ませた。
 あまりの苦さに、宋桂影そうけいえいは反射的に涙を流した。彼の舌は痺れ、不愉快な苦味が口の中にしつこく残っていた。

 陸湖月りくこげつは、宋桂影そうけいえいの顔を流れる冷や汗を拭いてやりながら尋ねた。

「君、名前は?歳はいくつだ?」

 会話をする気の無かった宋桂影そうけいえいは、問いかけを頭から無視した。

「傷も塞がったんだから、そろそろ口をきけるだろう?君、名前と年齢くらい俺に教えな」

 ぼそっとした言い方で、宋桂影そうけいえいは答えた。

「ーー宋桂影そうけいえい。歳は、14」

「俺の名は、陸湖月りくこげつだ。苦い薬を飲んで偉いぞ、君は我慢強いな」

 その子供をあやすような口調に腹を立てた宋桂影そうけいえいは、キッと陸湖月を睨み、身構えた。

「俺はもう14だ、そんな口調を俺にするなっ!」

 反発を気にしない陸湖月りくこげつは、宋桂影そうけいえいの頭部をよしよしと撫でた。

「ははっ、ようやく会話ができるまで回復したか。良かった、治療した甲斐があったってもんだ」

 むしゃくしゃする宋桂影そうけいえいは、頭部に置かれた手を感情的に振り払った。

「やめろっ!」

 陸湖月は、小首をかしげた。

「なれなれしいって、頭に来たのか?別に良いだろう頭くらい撫でたって、減るもんじゃないし」

 噛み付く言い方で、宋桂影は問いかけた。

「俺に気安く触れるなっ!ーーどうして俺を助けたりしたんだよ、理由を言えよっ」

「口の利き方が、なってないな君は。俺は君の命の恩人だぞ、どうして敵意のある言い方をされなきゃならないんだ?」

 何もかもを拒絶する凍えた眼差しを、宋桂影は陸湖月に向けた。

「俺は助けてくれなんて、あんたに頼んでいないっ!全部勝手にあんたがしたことだろっ」

「そうだ、俺はお節介だからな、体が勝手に動いて君を助けていたんだ。君、倦怠感がひどいだろ、無理はしないで今日もゆっくり布団の中で休んでなさい。寝ることで、体調はマシになるから」

 汗をかきながら布団から出ると、宋桂影は陸湖月に向かって啖呵を切った。

「俺は、誰の世話にもならずに生きていけるんだ。余計なお節介は要らない、看病も必要ないっ!!」

 ふらつく宋桂影の体を背後から支えてやりながら、陸湖月はゆっくりと尋ねた。

「どこへ行こうっていうんだ、そんな足取りも覚束ない体で?」

「放せよっ、俺に構うなっ」

 軽々と宋桂影を抱き抱えると、陸湖月は敷きっ放しの布団まで、宋桂影を運んだ。その運ぶ最中、怯えた眼差しの宋桂影と目が合った陸湖月は、温和な微笑みを返した。

「君が独立心が強いのはよーくわかったから、ここで大人しく寝てろ。言うことをきかないって反抗するんなら、特別にもっと不味まずい煎じ薬を飲ませるぞ?」

「俺は、人の世話になるのは大っ嫌いなんだ!誰の世話にも俺はなりたくないんだっ」

「そんなこと言ったって、時には誰かの手を借りなきゃならない時があるだろう?まして君はまだ子供なんだ、面倒を見る大人の手が必要じゃないか」

「うるさい、俺は子供じゃない。一人で生きていけるんだ!!」

 吹き晒しの路上で生活をした経験のある宋桂影は、首尾よくスリや置引きといった犯罪をすることに、慣れていた。そのため身一つで路上に戻っても、とりあえずは生き延びることはできた。

「俺の話を聞きなさい。君が負ったその腹部の傷は、範囲が広くて出血もひどく、普通の手当を施しただけではおそらく命を落としてしまうから、止むを得ずに魔界に生息する肉食植物を俺は治療に使った。それだから、副作用でどんな症状が現れるのか、経過を見る必要があるんだ。当分の間は、俺のそばを離れずに暮らしなさい」

「何だよそれ!ふざけんなっ!」

「宋桂影。君を俺の元に引き止めるのは、症状の経過を見るためと、あとは君はこれから生きていくために、霊力の使い方を学ぶ必要があるからだ。
 霊力を持った人間は、それだけで魔物の獲物になりやすい。道士の端くれである俺は君に、自分の身を守るための護身術だけでも覚えさせたい」

 宋桂影の反発は、続いた。

「子供だからって、そんな作り話にだまされるかと思ったか!何が魔界の植物だ、霊力だ、道士だってインチキな話をし続けて、俺を見くびるなよこの詐欺師!」

 想像以上の反発に、陸湖月りくこげつは苦笑した。
 だが、宋桂影の置かれた立場を思うと、こういう拒絶反応をするのも当然のことだと思い、諌める言葉を口にすることなく淡々と受け入れた。

「そうだよな、信じ難い話だもんな。まして君は体調が悪い中こんな話を聞いたんだ、頭に来るのは当たり前の反応だよな。ーーところでだが、君は、俺がどうして魔界の植物を入手できたと思う?」

「それは……奪ったんだろう。あんた道士なんだろう、なら変な力が使えるから、魔物を返り討ちにだってできるもんな」

「奪っちゃいないって、正規の取引をして手に入れたんだ。俺のご先祖も道士だったんだが、その昔、魔物と二重取引をして退治する芝居をすると、安全な土地まで逃してやったんだよ。その子孫が、有事の時に役に立つから買わないかと俺に取引を持ちかけて来たのが、君に使った魔界の肉食植物だったんだ」

 嘲笑あざわらいながら、宋桂影は言った。

「あんたのご先祖って、すごく最低なやつなんだな。魔物の手助けをしてやるなんて、それでよく道士を名乗ることができたな。面の皮が、厚すぎる」

「魔物だからって、十把一絡げに悪だと決めつけらるのか?人は、全てが善良か?そうじゃないだろう、心根の優しい者もいれば、悪質な者もいる、それと同じで魔物だって悪いやつもいれば善良なものもいる」

 興味を覚えて、宋桂影は尋ねた。

「あんた、一体何派の道士なんだ?魔物の味方をするってことは、太白(金星)派か、辰星しんせい(水星)派か?」

「一応、鎮星(土星)派だ。いや、だったと過去形で言うべきかもしれないな」
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