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3章

30 敗者の苦悩 ②

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「どうするんだい? 呪いのこと」

 目を合わせずに投げられた質問に、しばらく沈黙を続けてから、小さい声で答えた。

「いつかは……言わなければいけないと思っている」
「いつか……ねぇ。嫌われることが、怖い?」

 顔を覗き込まれるように言われ、今度はルディオが視線を逸らした。

「怖くないと言えば、嘘になる。だが弟たちを見ていると……もしかしたらと、希望を持ちそうになる」

 ふたりの弟はすでに結婚している。
 もちろんふたりとも呪いを受け継いでいるが、相手の女性は全てを受け入れてくれているそうだ。

「弟君が羨ましい?」
「……そう、なのかもしれない」

 そうだ。これは、羨望だ。
 呪いを受け入れてくれる妃を見つけた、弟ふたりに対する。

 自分にもそんな人が見つかればいいと、漠然と思っていた。
 そしていまは――それが彼女シェラであったらいいと。
 そう、願ってしまうのだ。

 だが、自分が抱えているもの――呪いの発動条件は、弟ふたりに比べると重たすぎる。

 視線を落とし、小さく息を吐きながら呟くように言った。

「……呪いの解き方が、わかればな」

 解呪の方法は、伝わっていない。
 知っていれば、とっくに試している。
 解けないからこそ、代々受け継がれているのだ。

「ヴェータの起源的に何か情報があるかと思ったけど、収穫はなかったねぇ」
「さすがに誰でも見られるような場所に、重要な資料は置かないだろうな」

 ヴェータはその昔、かなり力の強い魔術師が興した国だと言われている。魔術師自体が根絶したいま、その面影は全くないが。

 調べていくうちに、呪いと言われているものが魔法の一種であることまではわかった。
 恐らくだが、アレストリア王家に伝わるこの呪いも、古くは魔法と同種のものだったのだろう。

 そのため、ヴェータに何か資料が残っていないかと、確認の意味でもあの国に出向いたのだ。

 滞在中、王城内の図書室には入ることを許可されたが、目ぼしい資料はなかった。
 ヴェータも昔とはだいぶ体制が変わっているようだし、過去のものは捨ててしまったか、一般に見られない場所に秘匿されているのだろう。
 国の内情を知られないためには、当たり前のことだ。

「あとは……あれを読めるような人が生きていれば、何かわかるかもしれないけれど」

 アレストリアには、ひとつの魔術書が存在している。それには呪いについての何かが記されているらしい。

「魔法が使えない限り、無理だろうな。世界のどこかには、いまだに魔力を扱える者が隠れ住んでいるとは聞くが、そういった者が自ら表に出てくることはまずないだろう」

 魔術書というのは、魔力を扱える者にしか読むことができないと言われている。
 力を持たない者が開いたところで、ただの白紙の本にしか見えないのだ。

「解呪の方法が見つかったとしても、それが現代で実行できるかもわからないしねぇ」
「そうだな……」

 何度目かもわからない溜め息をついたとき、会議室の扉が開かれた。

「あれ、二人とも早いね」

 扉の向こうから現れた人物は部屋の中を見渡して、奥の席に座っていたルディオたちに声をかけた。

「シュニー殿下も、いつもよりは早めだねぇ」
「ジェフの小言がうるさくて、逃げてきた」

 気だるげに頷きながらルディオの隣に腰を下ろしたのは、この国の第三王子であるシュニーだ。
 癖のある白い髪に水色の瞳を持つ彼は、ルディオと同じ第一王妃から産まれた兄弟である。

 シュニーは近ごろ妻を溺愛するあまりに、従者であるジェフからの小言が増えた、とよく愚痴をもらしていた。彼の溺愛ぶりは、いまや他国にまで知れ渡るほどだ。

 そんな弟をじっと見つめて、ルディオは無意識に言葉を投げる。

「おまえ、よく一年も耐えたな」
「え?……あぁ、まあね」

 兄の言葉に一瞬呆けた顔をするもすぐに察したようで、シュニーは苦笑を浮かべた。

 この弟も今のルディオと同じで、約一年の婚約期間を経験している。その間はもちろん、妻となる女性と深い触れ合いはしなかったらしい。
 当時は当たり前だと呑気に横から見ていたが、実際同じ状況に置かれると、弟がどれだけ苦労をしていたかが分かる。

「兄さんなんて、長くてあと四か月程度でしょう? 僕の半分以下じゃないか」

 ルディオとシェラの結婚式は、四ヶ月後の春の終わりに行われることになった。
 本当はもう少し早めたかったのだが、なにぶんルディオ本人が忙しくなかなか準備に時間を割けないため、これより早く行うのは難しかったのだ。

「最近はベッドに攻め込まれているらしいよ?」

 現状を暴露したハランシュカに、シュニーは小さく吹き出す。

「ぷっ、それ本当? 兄さんが部屋に入れてることも驚きだけど、ベッドにまで? やるね、その娘」

 意外だという顔をしながらも、くすくすと面白そうに笑う。

 部屋に忍び込んでいたことを彼女に知られたのが三日前、それから毎晩シェラはルディオのベッドで寝ている。

 追い返すわけにもいかず仕方なく隣で横になると、彼女は人の気配に一瞬起きて、寝ぼけ眼でこういうのだ。

『おかえりなさいませ……ルディオさま』

 それからふにゃりと笑ってルディオの腕に擦り寄り、そのまま再び眠りにつく。
 その一連の動作の可愛いことと言ったらなかった。

 はっきり言って、そのあと何もしなかった自分を褒めたい。
 このままでは自制心が崩壊するのも、時間の問題である。

「あの娘、兄さんの好みど真ん中だもんなぁ」
「うんうん、昔からああいうお人形みたいな可愛らしい娘が好きだよねぇ」
「……言うな」

 二人は頷き合いながら、じみじみと話す。
 反論しようにも事実であるが故に、返す言葉もなかった。

「そういえば、まだ呪いのことは知らないんだっけ?」
「……ああ」

 思い出したように、シュニーが問いかけた。

「早めに解決しないと、余計につらくなるかもよ?」
「わかっている……」

 それは自分が一番理解している。
 もう完全に、引き返せないところまで来てしまった。

 隠し通すと言う選択肢がないわけではない。だが、彼女にのめり込むほどに、知られないようにすることは難しいだろう。
 現にいま必死で堰き止めているものが、いつあふれ出してしまうかわからない。

「まあ、いざと言うときは僕とロイ兄さんが骨を拾うから」
「縁起でもないことを言うんじゃない」
「冗談だよ」

 そういってシュニーは肩を竦めた。
 言葉は悪いが、弟なりに背中を押そうとしてくれているのはわかる。

 背もたれに体重を預け、天井を見上げた。
 今日の会議も集中できなそうだと思いながら、ただ一人の顔を思い浮かべていた。

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